放課後の教室。
窓の外では部活に勤しむ生徒たちの声が聞こえるが、そこはいたって静か。
サラサラとペンを走らせる相手の姿を見つめて、虎鉄大河は一つため息をついた。
愛しい思い人、猿野天国へと向かって。





his possessions





「Na〜天国、そろそろ恋人になろうZe」
「『そろそろ』の用法が間違ってる。段階的に進んできた結果、そういう時期になりかっていることを『そろそろ』って言うんだよ。で?どうすれば俺とアンタが『そろそろ』恋人になろうなんて言えるわけ?」
一刀両断、まさにそれである。
斬り捨てられた虎鉄はそれでも天国に食い下がる。
「俺がおまえを好きだってことはちゃんと言っただRo?後はおまえの返事だけなんだYo」
「それで俺は『アンタのことは特別な意味では好きじゃない』って答えたよな」
「時が経てば想いも変わるSa」
「残念ながら今のところ変化はないな」
サラリと奈落の底へ突き落とす。
ライオンならば子を思う愛情があるが、この場合は愛情どころか情け容赦なし。
虎鉄がガクリと首を落として沈黙する。
二人の間に流れるのは規則正しいペンの走る音だけ。



「アンタさ、そろそろ部活行けば?」
天国が委員会のプリントから顔を上げることなく言い放つ。
「天国一人を置いて行けるわけないだRo」
「アンタがいても俺の仕事が減るわけじゃないし」
「俺がいても増えるわけじゃないだRo?少しでもおまえと一緒にいたいんだYo」
甘く囁くが効果なし。
分かっていたことだけれど、やはり虎鉄としては落ち込まざるを得ない。
自分は本当にこの想い人の視界に入ることは出来ないのではないかと。



それでも折角の二人きりの時間を無碍にすることは出来ず、虎鉄はじっと天国が手を動かすのを見つめる。
体育会系の部に所属しているくせに、細くて綺麗な指。
そういえば天国は腕の長さや足の長さ、全体のバランスが整っていると虎鉄は思う。
決して痩せているわけではなく、程よく引き締まっている体。
同じ男から見てもイイ男だと思うのに、どうして女はこの魅力に気づかないのか。
いや、中には気づいている者もいるのだろうが、表立って天国がモテるという話は聞いたことがない。
それが虎鉄には心底不思議だった。



「アンタ、もし俺と猪里先輩が崖にぶら下がっててどっちかしか助けられなかったら、間違いなく俺を選ぶだろ」
「そりゃ当然のことだRo。愛する者を助けて何が悪いんDa?」
「それで後から自力で這い上がってきた猪里先輩に殺されるんだよな」
・・・・・・・・・・・・確かに猪里ならそうするだろう。
虎鉄は親友の笑顔を脳裏に思い描いて身震いをした。
普段はいたって気のいい人物なのだが、恋愛においては大きく違ってくる。
彼もまた、天国のことを愛しく想っているのだから。
「じゃ、じゃあもし俺と沢松が死にそうだったら天国はどっちを助けるんDa?」
・・・・・・・・・聞かなければよいものを。



「沢松」



即答、しかも一瞬の間も置かれなかった。
虎鉄は今更ながらに聞かなければよかったと己を責める。
彼がそう答えるであろうことはちょっと考えれば判ったのに。
自分から地獄の扉を開けてしまうなんて。
「まあ、たとえアンタ以外の誰が相手でも俺は沢松を助けるから。安心しろよ」
いえ、安心できないです・・・・・・虎鉄は心の中で涙しながら応対した。
「誰も沢松以上にはなれねぇよ。アイツは他人じゃない。俺の一部だ」
いつもどおりの声音に悔しさが募る。
どうしても敵うことの出来ない存在。
自分は天国が好きなのに。
本当に本当に好きなのに。
それなのにどうして、この想いは届かない?



沈黙が教室を支配する。
自分は彼を諦めるべきなのかもしれない。
虎鉄がそう思ったとき、コトリと絶えず動いていたペンが机の上へと転がされた。
それに気づき顔を上げるとグイッと強い力で引き寄せられた。



ガタン、と机が揺れた。
学ランの胸元を掴まれ、上を向かされた状態。
目の前にある整った顔。
天国は虎鉄の驚いた表情を見て満足そうに眼を細めた。



「俺を手に入れようなんて思うなよ」



「俺は俺のものだ。誰かのものになんて絶対にならない」



ああ、それならば。
それならばやはり自分は彼を諦めるべきなのだ。
誰のものにもならないという彼の言葉が本当ならば、きっと自分は救われる。
想うだけの一方通行な行為を永遠に続けることが出来る。
そんな自分を思って虎鉄は瞳に絶望を映した。
けれど天国は彼を見て楽しそうに笑う。



「だけど、アンタが俺のものになるなら話は別だ」



虎鉄の目が見開かれる。



「俺は俺だけのものだけど、アンタが望むならアンタも俺のものにしてやってもいい」



なんて傲慢な所有宣言。



「俺は釣った魚には餌をやらないタイプだけど」



唇を歪めて最高級の微笑を浮かべて。



「どうする?大河」



赤い舌先がひらめいて虎鉄の唇を撫で上げた。
ザワッと全身を掻き立てる劣情。
彼の視界に姿を映せるのなら。
それならば。



「・・・・・・オーケィ。俺が天国のものになるYo」



微笑む天国は美しくて。
新しいオモチャを手に入れた彼は満足げに笑った。



そうして彼は所有物の一つとなる。





「Na、今日は一緒に帰ろうZe」
「無理。沢松と先約があるんだよ」
「なら沢松も一緒でいいからSa」
前の虎鉄ならば絶対に言わないであろう言葉に天国は小さく笑った。
そして思う。
この人物を所有したのは正解だった、と。
「それならいいぜ。途中までだけどな」
「Yeah!愛してるZe、天国」
「俺も沢松の次くらいには愛してるよ、大河」



交わされる言葉は天国が自分の心の中に虎鉄大河という存在を認めた証。
天国の言葉に虎鉄は心底嬉しそうに笑い、天国はそれを見て軽く笑う。
こういうのもいいかもしれない、と思いながら。



本日付で、虎鉄大河は猿野天国の所有物となった。





『プロキオン』の赤神紋華さまへ相互リンク記念
2002年8月31日