「ねぇ、真田君。僕と一緒にパス練しない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいけど」





憧憬





選抜の練習中、2人組になってのパス練。その中に一つ、いつもとは違った珍しい組み合わせがいた。
杉原多紀と、真田一馬。
自分の足元に正確に、力強いスピードで返ってくるボールに杉原は口元を緩める。
「・・・・・・・・・・・・何、笑ってんだよ」
「え?あ、ごめんね」
いつも浮かべている笑顔とは違うと気づいたのか一馬がそう尋ねると、杉原は一瞬きょとんとしてから優しく謝った。それでも笑顔になるのは止まらない。
「なんかね、嬉しいなって思って」
「・・・・・・?」
杉原の言葉に一馬が眉を寄せると、杉原は一層笑みを濃くして続ける。
「こうして真田君とパス練が出来るなんて、ちょっと信じられなくて」
「・・・・・・・・・」
「真田君、僕が川崎ロッサにいたの覚えてる?」
言葉とともにボールを受け取ると、気まずそうに視線を逸らしながら一馬がパスを返した。
見ていなくても寸分の狂いもなく返ってきたそれに、杉原はやはり笑顔を浮かべる。
「・・・・・・小6までいたって英士に聞いたけど」
「うんそう。数年間だけどね、僕たちは同じチームにいたんだよ」
杉原はいつもより丁寧にボールを蹴り返す。
「そのときは真田君は、若菜君と、郭と、郭の従兄弟と四人でいたから、いつもそのメンバーでパス練をしてたんだよね」
真田も綺麗にトラップして杉原にパスを戻す。
「僕は確かにロッサにいたけど、背も小さかったし力もなかったからレギュラーになることは出来なくて。いつも君たちのパス練する姿を後ろから見ていた」
杉原と一馬の間を乱れることなく行き来するボール。
「ずっと・・・真田君とこんな風に、パス練してみたかったんだ」



インサイドのみだったパス練がコーチの指示によってアウトサイドに変わる。
「真田君は僕がロッサにいた時からFWのエースで。・・・・・・ずっと、憧れてたんだ」
丁度いい位置に返ってくるボールを同じように蹴り返す。
そんなやり取りをしてみたかった。
「あの頃から僕はMFで司令塔を目指していたから、ずっと真田君にパスを出してみたかった。僕のアシストで真田君にシュートを決めて貰いたかった」
・・・この僕のサッカー人生の中で、一番最初に認めたFW。



「僕にとって一番のFWは、ずっと真田君だったから」



「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
しばらく無言でボールのやり取りが続く。
「・・・・・・僕のパス、やりにくいかな・・・?」
ポツリと呟かれた言葉はとても小さくて、杉原の不安を形にしたようだった。
「・・・・・・・・・そんなことねぇよ」
同じように小さな声で返された言葉に杉原は勢いよく顔を上げる。
一馬は真っ直ぐボールを見ながら丁寧にトラップして。
「・・・・・・正確だし、変なクセもないし、十分やりやすいと思うけど」
「・・・・・・・・・本当?」
「・・・・・・嘘言ってどうすんだよ」
チラリと一馬が目線を上げると、杉原は信じられないという顔で一馬を凝視していた。
それでも無意識でパスを返すのはそれほどまでに練習を積んできたという証拠で。
そのことに気づいて一馬は小さく笑う。
「・・・それじゃあ、僕、真田君にパス出してもいいの?」
杉原の言葉に一馬はつい声を出して笑ってしまった。
やはりじっとこっちを見ている杉原に向かってハッキリと言う。
「いいもなにもさ、杉原はパサーで俺はストライカーなんだぜ?パサーがパスくれなきゃ俺が点決められないじゃん」
ニィっと自信ありげに笑って。
「いいパス待ってるから。最高のシュート決められそうなやつ」
「・・・・・・期待してて。郭よりもいいパス出すから」



2人して向かい合って、笑った。
真っ青な空の下で、黒白のボールを蹴りながら。
それは初めて彼らがお互いを知り得た日だった。





2002年5月29日