それはある部活のない日曜日のこと。



「・・・・・・・・・真田ぁ!?」
「・・・・・・・・・・・・よぉ」



彼らは駅前で意外な対面を果たした。





青空、ひとりきり





駅前の雑踏に紛れるようにベンチに腰掛けていた真田は、突然声をかけられて渋々ながらも返事を返した。
驚いたようにこちらに走ってくる人物は、はっきり言えば彼にとって好ましい人物ではなくて。
「えー真田ってばこんなとこで何やってんの!?」
ニコニコ顔で隣に座る藤代に、真田は「別に」と素っ気無く応えて、
「友達と、待ち合わせ」
「それって郭と若菜?」
悪気は無いのだろうがその一言に真田は眉を顰めた。
確かに自分たちは一緒にいることが多いけれども、だからといって。
「違う。学校のヤツ」
「えーうそ! 真田って他にも友達いたんだ!?」
本当に悪気がないのかと疑いたくなるような言葉に、真田は無表情な顔で言葉を返す。
「おまえ、もう少し相手のこと考えて話した方がいいんじゃないか?」
「え、あー・・・・・・」
自分の言った台詞を思い返して藤代が罰の悪そうな顔になる。
「・・・・・・・・・ごめん」
「今度からは気をつけろよ」
「うん、ごめん」
繰り返して謝る藤代に「気にしてない」と首を振って。
そんな真田を少し眺めてから、藤代が再び口を開く。
「何か今日の真田ってカッコイイ」
「・・・・・・バカ?」
「バカじゃないって。落ち着いた雰囲気だからさ、そう見えるのかも」
「練習以外で会うことってほとんどないからな」
お互いが知っているお互いとは少しだけ違う、休日の昼。
目の前を横切っていく人並みに、何とはなしに目を配って。
「学校のヤツって同じクラスのヤツ?」
「ああ。夏休みももう終わりだから、完全に終わる前に遊んどこうって」
「ってことはもう夏休みの宿題も終わってる?」
「一応な。・・・・・・藤代、まだ終わってねぇの?」
「う・・・・・・・・・」
「まぁ頑張れ」
人事だからと笑って言った真田に、藤代は少しだけ驚いて目を見開いた。
彼が自分に笑いかけてくれることなんて、ほとんどないから。
これもすべて夏の魔法。
普段着の私服姿が何故か目に眩しい。
「どこに遊びに行くの?」
「さぁ? たぶんカラオケとかゲーセンとかだと思うけど」
「カラオケ!? 真田ってカラオケ・・・・・・っとと」
先ほどの会話を思い出してか、藤代が慌てて口を噤む。
そんな様子に仕方なさそうに苦笑して。
「カラオケぐらい俺だって行くって」
「・・・そーなんだ」
「オマエが俺のことどう思ってるかなんて知らないけどさ。俺自身は普通の中学生だし」
藤代を振り返ってニヤッと笑って。
「カラオケにも行くし、猥談だってするんだぜ?」
パチクリと目を丸くした藤代に楽しそうに笑う。
その姿といったら。
見たことも無い、全く別人のようで、少しだけ心が焦る。
ここにいるのは誰なのか、と。
彼は本当に真田一馬なのか、と。



「サッカーだけやってればいいってわけじゃないから」



見上げた空は、高層ビルの合間を縫って青く広がる。



「好きなことをやるには、それなりに他のことも出来なくちゃ駄目なんだ」



一面の青空なんて、ここからじゃ見れない。



「やりたいことをやるには、やるために努力しなくちゃいけないんだよ」



振り返った真田を、本当に綺麗だと思った。
声も出ないくらい、綺麗だと思ったんだ。
彼に何があったのかなんて分からない。
けれど確実に何かがあったのだ。
そう近くにいられるわけでもない自分にも分かるくらいの、何かが。
そしてそれが、真田を変えた。
真夏の熱い太陽の光。
可視光線。



よくサッカーの特集に使われるような曲の電子音が聞こえ、真田は鞄から携帯電話を取り出した。
耳にあて話し出す姿を藤代は黙って見ている。
小さな電子機器を相手に話す彼の顔は、試合中からは想像も出来ないほどに穏やかで。
一分ぐらい話すと、通話ボタンを切って再び鞄に仕舞いこんだ。
「藤代」
「・・・・・・何?」
緩慢な動作で顔を上げれば、太陽の日差しが目に入って。
「俺、友達来たからもう行くから」
「分かった。またね、真田」
「ああ。また次の練習で」
そう言って立ち上がった彼は、こんなに背が高かっただろうか。
こんなに凛とした後ろ姿をしていただろうか。
彼に関するすべてがまるで初めて知るかのようで。
渡りきった信号の向こうで似たような年頃の少年たちと笑いあう姿は何よりも自然だった。
自分が知らない、彼の素顔。
それはあまりに心を乱した。



夏の盛り、8月20日。
水滴が一つ、アスファルトへと染みを作った。





2002年8月18日