それはある日、選抜の練習日のことでした。





選抜主婦的井戸端会議





日曜日だったため練習は午前十時から開始され、只今の時刻は午後一時三十分ちょっと前。
さぁこれから午後の練習という時に、風祭は近くにいた真田一馬の様子がおかしいのに気づいて声をかけた。
「真田君?どうかしたの?」
しかし一馬はその声も聞こえなかったのか、ボーっと空を見上げたまま突っ立っている。
「真田君?」
どうしたんだろうと思いながら、風祭はもう一度話しかけた後、一馬と同じように空を仰いで、
「あ・・・何か雨、降りそうだね」
風祭の何気ない一言に、今まで反応を示さなかった一馬がグルリと勢いよく顔を向けた。
「お前も!?お前もそう思うか?」
「う、うん」
一馬の迫力に風祭は驚きながらも2・3度頷く。
すると一馬は盛大なため息をついて肩を落とし、グッタリとその場にしゃがみ込んでしまった。
「さ、真田君?」
風祭がオロオロしながら声をかけると、一馬はものすごく悔しそうに呟いた。
「洗濯・・・・・・」



「洗濯干してきちまった・・・・・・!」



「え・・・?」
風祭は一馬が何を言ったのか信じられず、つい聞き返してしまった。
けれど一馬はそれに答える事無く、一人で言い訳を並べ始める。
「だって今朝の天気予報では降水確率30%だって言ってたから!ここ最近天気悪くて洗濯もろくに干せなかったしいいチャンスだと思ったのに!ちくしょー!もうゼッテーあの番組の天気予報だけは信じねぇぞ・・・!」
風祭は呆気に取られているが、一馬は構わずに一方的に話し続ける。
「第一うちに乾燥機が無いのが悪いんだよ! 母さんに買え買えって何度も言ってんのに買いやがらねぇし! あーもぉ今年の誕生日プレゼントはマジで乾燥機にして貰おうかな・・・」
そこまで言うと、一馬はガクリと首を落としてうな垂れてしまった。
「えっと・・・・・・」
風祭は勢いよく言われた言葉を思い出しながら、一馬と同じようにその場にしゃがみ込む。
ぱさぱさと揺れる黒髪に向かって話しかける。
「真田君って・・・自分で洗濯とか干したりするの?」
今時の男子中学生はそんなことを殆どしないだろうし、真田もそうだろうと風祭は何となく思っていた。
けれど一馬は少しだけ顔を上げて、長めの前髪の間から風祭をチラッと見て視線を逸らす。
「・・・悪いかよ」
「あ、ううん!全然悪くなんかないよ!」
ただ少し意外だったから、と素直に言った風祭に、一馬は本格的に校庭に座り込んで口を開く。
「・・・うちは母さんが働いてるから。だから、家事は俺の仕事なんだよ」
そう言った一馬に風祭は驚いて目を何度か瞬かせた。
「じゃあ、真田君って料理とか掃除とかも出来るんだ」
大きな目でじっと見られて、一馬は居心地悪そうに答えを返す。
「まぁ一応・・・」
「あ、それじゃあね、一つ聞きたいことがあるんだけど、・・・いいかな?」
「? 何だよ?」
警戒心を少し漂わせながらも、一馬は風祭に先を言うよう促した。
風祭はありがとう、と言って校庭に腰を落として、質問を口にする。



「あのね、煮物なんだけど、どうやればもっとちゃんと甘くなるのかな?」



「・・・・・・はぁ?」
一馬が端正な眉を盛大に顰めて声を上げた。
「砂糖じゃうまく味が染み込まなくって、どうしたらいいのかなあって思ってたんだけど・・・」
変な質問をしてしまったかな、と風祭が困ったように表情を変えた。
けれど一馬はふむ、と顎に手をあててしばらく考え込んだ後、
「・・・酒が、いいと思う」
「え?」
パチクリと目を見開いて風祭が聞き返す。
「砂糖と醤油、酒は入れてるんだろ?それで甘さが足りないなら、砂糖よりも日本酒の方がいいと思うぜ。でも入れすぎるとキツクなるから気をつけろよ。
あと、煮崩れにも気をつけた方がいい」
「そっかぁ・・・。日本酒かぁ・・・」
初めて知ったというように、風祭が驚きながらも納得して頷きを繰り返す。
「ありがとう、真田君」
「別にいいけど・・・。お前も料理とかしたりするのか?」
「うん。僕、兄貴のマンションに居候してるから。家事は兄貴と半々でやってるんだ」
「へー・・・」
お互いに共通する新たな事実を知り、二人は互いを見合ってヘラッと笑い合った。
そこへ現れた大きな人影。
「真田に風祭?そんなところに座り込んで何してるんだ?」
二人は弾かれたように上を向き、その人物の名を呼んだ。



「「渋沢(先輩)」」



「なぁ若菜・・・。あいつらさっきから何話してるんだ?」
「さぁねぇ。にしても一馬にしては珍しいじゃん。あんなに自分から話に参加してるなんてさ」
「しかも風祭と渋沢相手にね・・・」
「何?英士も水野も嫉妬してんの?いやだねぇ、男の嫉妬は醜いよキミタチ」
「若菜!何言って・・・!」
「馬鹿なこと言うのも程々にしておきなよ、結人?」
「はいはーい。分かってますっての」



「・・・玉子焼きといえば、弁当用のオムレツはお玉で作るとうまく出来るよな」
「えっ?そうなの?真田君」
「あぁ。お玉をこうして火に直接かざして、フォークで混ぜるんだよ」
「確かに、それだと弁当に丁度いいサイズのオムレツになるな」
「僕も今度やってみよう。あ、そういえば、チキンオムライスにかけるケチャップに林檎ジャムを混ぜると、結構おいしいよ?」
「林檎ジャム?」
「はい。中のチキンライスのケチャップの量を少し少なめにしておくんです。そうするとちょっと甘くなっておいしいですよ」
「へー・・・。俺もやってみようかな」
「じゃあ今日の練習の帰りに買い物でもしていくか?たしか今日は駅前のスーパーが特売日だったはずだが」
「それ、目玉商品は?」
「醤油が一本198円。一人につき二本までだったかな?」
「醤油ならあって困るものじゃないですよね。日持ちもするし」
「英士と結人にも手伝わせよう・・・」
「僕も水野君に頼んでみようかな」
「俺も藤代と間宮に手伝ってもらうか」



そんなこんなで過ぎていく彼らの日常。
フィールドではサッカー選手な彼らも、一歩外に出ればいたって普通の中学生だった。
ほんの少し料理が上手で家事の出来る、普通の男子中学生だった。





2002年7月13日