04.ランチは一年三組で





チャイムが鳴ると一転して学校中が騒がしくなる。それもそのはず、今は数ある休み時間の中でも最も長く、そしてエネルギー補給に勤しまなければならないランチタイムだ。購買に走る者、他のクラスへ移動する者、机をくっつけて友達同士食べ始める者。それぞれの生徒が多種多様に昼食を取り始めると、綱吉も鞄から弁当を取り出した。コンビニの袋を手に獄寺が、竹寿司という文字の描かれた風呂敷包みを手に山本が、いそいそと寄ってきてすぐにお馴染みのトリオが完成する。チェックのナフキンを解いて出てきたお弁当箱の蓋を開け、奈々の教育が染み付いている綱吉は、手を合わせて「いただきます」と挨拶をした。ちょうどその瞬間だった。
がらりと、教室の扉が開いた。ちなみに前の引き戸は笹川了平に壊されたまま、まだ新しいものが取り付けられていない。なので開いたのは後ろの戸だ。クラスメイトたちは何気なく振り向き、そして硬直した。きっかり三秒後には、今まで築いていた友達の輪を崩し、みんな黒板を向いて昼食を食べ始めるものだから、やっぱり人間慣れって大切なんだなぁ、と綱吉は思う。現れた人物はすたすたと一年三組に入ってきた。腕の通されていない袖で「風紀」の腕章がひらひらと揺れる。雲雀は綱吉の元まで来ると、彼の前の席を使っていた獄寺に顎をしゃくった。
「邪魔。どきなよ」
「あぁ!?」
「あー・・・・・・獄寺君、ごめん。雲雀さん何か用があるみたいだし」
「・・・・・・・・・・十代目がそう仰るなら」
雲雀VS獄寺という戦いは、いつも綱吉が未然に防ぐので未だ実現していない。ちなみに雲雀VS山本もまだだった。一年三組の見てみたいマジバトルの一位は獄寺VS山本らしいが、基本的に彼らは綱吉を間に挟んでいればどうにかなるので、果たして公開はいつのことになるやら。クラスメイトたちのそんな思惑を知っているのかもしれない綱吉は、前の席に座った雲雀に首を傾げる。
「雲雀さん、お昼はもう食べたんですか?」
「まだ。騒々しい中で食事なんか出来ると思う?」
「はぁ・・・」
「君は時間ないんだしさっさと食べたら?」
「はぁ。じゃあお言葉に甘えて」
すなわち雲雀の言葉は、生徒が授業で静まり返っている五時間目に昼食を取るということなのだろう。彼の出席問題については今更なので、綱吉は再度手を合わせて「いただきます」と挨拶をした。二人から机をひとつ置いた位置で、獄寺は今にも噛み付きそうな目つきで、山本はのんきに巻き寿司を食べながら彼らの様子を観察している。綱吉はとりあえず、チンゲン菜とじゃがいもとコーンの塩炒めに箸を伸ばした。美味しい。母さんの作る料理万歳。そんなことを思いながらもぐもぐと咀嚼する。
「黒曜一高って知ってる?」
「・・・・・・名前くらいは」
「うちから歩いて五分の県立。偏差値は42。運動部も強くないし特色もない、柄の悪い奴らの多い『不良校』だね。僕が入る前までは並高生がカツアゲのターゲットになってたけど今はそれもない。ただのバカ高だよ」
「・・・・・・はぁ」
「それ、何?」
「え? あぁ、玉子焼きですけど」
「ふぅん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・よければ、どうぞ」
箸の反対側で玉子焼きをつまみ、蓋に載せて差し出す。なんて勇者、とクラスメイトたちは思ったが、意外にも雲雀は親指と人差し指でひょいっと掴み、自身の口の中へと放った。静かに咀嚼する様は優美だが、意外な大雑把さを目撃し、クラスメイトたちは認識を僅かに変える。そういえば沢田が「雲雀さんって結構アバウト」って言ってたっけ、と考えながら。
「この弁当、君が作ってるの?」
「まさか。母さんですよ」
「ふぅん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・かじきまぐろの南蛮漬けです。よければ、どうぞ」
じーっと注がれる視線に綱吉が折れた。もしかして雲雀さん、俺の弁当を獲りに来た? そう思うほどの主張を帯びた視線だったのだ。小麦粉をつけて揚げ、それをピリカラの出汁に漬したかじき。それと付け合せの茄子とパプリカを蓋に載せ、またしても綱吉は差し出した。傍から見たら野生動物を餌付けしている少年以外の何者でもなかったのだが。
「じゃあツナにはこれやるよ」
「俺のパンもどうぞ!」
「あ、ありがとう」
山本から太巻きを二切れもらい、獄寺からは焼きそばパンを丸ごと手渡される。いつの間にか綱吉の握っていた箸は雲雀の手に移動しており、すでに弁当も彼の手の中だ。もぐもぐと紫ごはんを平らげながら、雲雀は会話を再開する。
「黒曜一高を仕切ってたやつがこの前卒業したんだよ。まぁ弱いし群れるし雑魚だったけど、一応学校は締めてたみたいだし、そいつもいなくなって勘違いのバカどもがまた騒ぎ出すんじゃないかと思ってたんだけど」
「はぁ」
「新たに仕切るやつが出てきたらしくてね。しかも一年」
「・・・はぁ」
「犬とニット帽とパイナップル女」
「・・・・・・はぁ」
「あれ、君の子飼いだよね」
「いいいいいいいいいえええ、まさか! 子飼いだなんてそんな!」
「じゃあ咬み殺すけど」
「子飼いですすいません!」
新たな事実発覚。綱吉の絶叫に、クラスメイトたちは心のノートにペンを走らせた。黒曜第一高校の新しい支配者三名は、沢田綱吉の知り合い。子飼いじゃないけど知り合い。沢田ってもしかして何でもあり? と彼らは赤ペンで書き込んでみる。
「今のところ害はないから放っておくけど、むかついたら咬み殺すから」
「・・・・・・はい、伝えておきます。ほんとすみません」
「君のお母さん、料理うまいね」
「はぁ。伝えておきます」
「赤ん坊は元気?」
「はぁ。相変わらずです」
「六道骸はまだ出てこないの?」
「はぁ。九代目に掛け合ってもらってるんですけど、なかなか・・・。それにあいつ何か最近、獄中暮らしが楽しくなってきたらしくて」
獄中って何、とクラスメイトたちは思った。獄って何。獄寺の獄? 獄中暮らしって獄寺の中で暮らしてるってこと? 違う意味の獄中って一つしか浮かばないんだけど、そんな知り合いもいるなんて沢田って何者。クラスメイトたちの疑問も知らず、綱吉は焼きそばパンの封を切り、端をかじる。
「先月から、骸の向かいにXANXUSが移動したんですよ。それで何か、俺の悪口に花を咲かしてるらしくて」
「馬鹿だね」
「はぁ。すみません」
もそもそと綱吉が焼きそばパンを食べている一方、雲雀は箸を下ろした。すでに弁当箱の中身は空。ご飯粒ひとつ残さずに食べきった行儀のよさを褒めるべきか、それとも完食されてしまったことを嘆くべきか。そんなことを考えている間に、雲雀はさっさと立ち上がる。
「ごちそうさま」
「おそまつさまでした」
「赤ん坊に今度コーヒー飲みにおいでよって伝えて」
「あぁ、はい、分かりました」
「群れたら咬み殺す」
「はい、分かってます」
すたすたと教室を横切っていく雲雀は、相変わらずの傍若無人さだ。けれどこれでいつも通りの昼食が取れる。クラスメイトたちがそう思っていると、ドアのところで雲雀が振り向いた。
「沢田」
「はい」
「もう少し食べないと大きくなれないよ。ただでさえ君は小さいんだから」
「・・・・・・はぁ。肝に銘じておきます」
ぽかんと綱吉が答えると、満足したのか雲雀は去っていった。うんうん、と頷き、山本はデザートらしいオレンジを一切れ、綱吉の手へと押し付ける。
「そうだな、ツナはもうちょっと食わなきゃなー」
「十代目っ! 俺、購買で何か買ってきます!」
「え!? いや、いいから獄寺君! もう昼休みも終わるし、俺もお腹いっぱいだから、ねっ!?」
「しかし十代目・・・!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ続ける三人に、クラスメイトたちは思った。何だかんだいってやっぱり沢田って雲雀さんと張れんじゃないの、と。
それは五時間目が終了した直後、風紀委員によって差し入れられた風紀委員長御用達懐石弁当によって、さらに真実味を増すのだった。





暇ですねぇ。沢田綱吉は今頃何をしてるんでしょうか。
あいつのことだからどうせまたお人好しなことでもしてんだろ。
そうですね、それでこその沢田綱吉ですからねぇ。でもそんなところを認めてるのでしょう?
・・・・・・・・・。
クフフ、まったく素直じゃありませんねぇ。

2006年11月22日(2006年12月28日再録)