甘やかしているという自覚はある。それこそ正雄に指摘されるまでもない。妹の葵や弟の保に対する以上に、甘やかしているという自覚が徹にはある。それでも徹は夏野をどろどろに、砂糖菓子なんかよりも甘く優しく、溶けるほどに甘やかしてやりたくて仕方がないのだ。思えば、夏野とて気の毒だ。自然に溢れる田舎暮らしに憧れた両親に連れられ、どことも知れないこんな村までやって来ることになってしまった。生まれ育った場所を離れて、仲の良かった友達とも別れて、まだ15歳の少年の心細さは図り知ることが出来ないだろう。加えて外場村には24時間営業のコンビニも、みんなで集まって騒ぐファミリーレストランもカラオケ店もない。それは都会の生活に慣れていた夏野にとって、例えるならば現代から50年過去に戻ったかのような不便さだろう。徹は生まれてからずっとこの村にいるためこれが当然といった感じだけれども、夏野にとっては耐えがたい苦痛に違いない。見た目からしても、夏野は外場村では浮いていた。流行の最先端の中にいるのが当たり前のような髪型、服装、自転車などに始まる小物。どれひとつとってもセンスが良いし、それらを身につけることが夏野自身ごく普通のことだと考えているようで、振る舞いにも何ら気取っている様子は見られない。都会に憧れている恵もおしゃれには気を使っていたけれども、夏野は都会で生まれ育ち、恵は外場村で生まれ育った。それは大きな差となって彼らの持つ空気に如実に現れている。これでは夏野が都会に帰りたがっているのも判る気がした。この村の生活は、夏野の今まで築いてきたものをすべて塗り替えていってしまう。夏野はそんな恐怖と戦っているように、徹には見えた。だからかもしれない。べこべこと穴の開いた自転車を引いている姿に声をかけてしまったのは。その数日後、ふてぶてしい態度で再び直せとやってきた彼の名を呼んでしまったのは。だって夏野は可愛い。徹の目に、夏野は自己を守ろうとしているただの少年にしか見えないのだ。可愛い、守ってやりたい、そう思うことの何がいけないというのだろう。こんなに可愛らしい少年に、18年生きてきて初めて出会った。
「徹、ちゃん」
ほら、今も途方に暮れたような顔をしている。強気な眉が僅かに下げられ、いつだって気を張り詰めている瞳がほの暗く左右に揺れている。確かに驚いたけれども、徹はそれを上回る嬉しさを感じていた。自分の名前には、夏野をこんなにも動揺させる力があったのか。声はまるでいたいけな子供のそれだった。初めて綴られた、名。綴った本人すら意識外のものだったのだろう。その証拠に夏野は、自分自身が信じられないかのように立ち尽くしている。今この瞬間、外場村のすべてを拒絶してきた夏野の中に、徹の存在が確かに深く刻まれたのだ。ああ、なんて愛しい。
「夏野」
自然と垂れる目尻を自覚しながら手を伸ばす。徹はもはや、夏野が己を受け入れることを知っていた。





融けゆく形





(なぁ、俺はおまえと会えたことを感謝してるよ。ありがとう、夏野。)
2008年8月10日