【「そして、僕らは終わる」を読むにあたって】

この話にはコミックス未収録分、第573話「この時代の名を『白ひげ』と呼ぶ」から、第576話「大海賊エドワード・二ューゲート」までのネタバレを含みます。
特にエースに関して巨大すぎるネタバレを含みますので、WJでリアルタイムに話を読んでおらず、コミックスの発売を心待ちにしている方は決してご覧にならないでください。何でも大丈夫という方のみお付き合いいただければ幸いです。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでも駄目だと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼


































―――言葉にならない。怒りも嘆きも、情けなさも悔しさも。寂しさも悲しみもすべてがすべてが言葉にならない。この、胸に開いた空虚。この、砕かれた心。言葉に、ならない。
『ルフィ』
兄だった。傍にいた。ずっとではないし、離れているときだって多かったけれども、それでも兄だ。兄だった。望んで兄弟になり、望んで互いの道を歩んだ。無条件でわがままを言えたし、無条件で頼ることが出来た。くしゃりと髪の毛を撫でられることが好きだったし、しょうがねぇなぁ、と眉を下げて笑う顔が好きだった。どんなに距離が離れても、気持ちはずっと傍にあった。
『ルフィ』
出会った日を忘れない。本当の意味で打ち解けた夕暮れを覚えている。迷子になって落ちた崖の下、見つけてくれたのはやはりエースだった。馬鹿野郎、と怒鳴った顔は心配しか浮かべておらず、背負う朝日が眩しすぎて泣いた。負ぶさった背は三つしか離れていないのに大きく広く、偉大だった。兄ちゃん。呼べることが誇りだった。ルフィ。呼ばれることが誇りだった。今もなお、エースのすべてを誇ることが出来る。きっと永久に。
『ルフィ』
だからこそ許せない。エースを死に追いやったすべてのものを。赤犬やティーチ、何よりも力ない己自身。許せない。許せない。全身をめぐるのはマグマだ。心を覆うのは闇だ。湧き上がるこの衝動が、何かなどもう分からない。冷静で、それでいて刹那だ。ただ、ただ、兄の姿だけが繰り返し甦る。笑う姿が太陽のようで、強くて、優しい、大好きな兄だった。
『ルフィ』
―――もう、会えない。





そして、僕らは終わる





ばんっと衝撃のように五感が戻った。耳が周囲の喧騒を捉える。イワンコフやジンベエ、海軍の声がする。鼻がすんと鳴る。土と海のにおいがする。喉を動かして唾を飲み込む。血の味が口内に広がる。抱きかかえる腕の力を強める。温度はもやは失われるばかり。目が赤黒く染まる大地を眺める。エースの血を吸い込んだそこに、小さな芽が生えようとしていた。瞬きする間に葉の数を増やし、花を咲かせ、枯らし、実をつける。ぐるぐると唐草模様のようなそれが何だか本能で分かった。同じ実はふたつと存在しない。つまり目の前のこの状況は、エースの死が現実なのだと知らしめているのだ。かっと頭に、全身に血が上った。気づけば手を伸ばし、むしり取っていた。
「ルフィ君・・・!」
「悪魔の実・・・!? まさかそれ、『メラメラの実』かよい!?」
「止めなさい、麦わらボーイ! 能力者がふたつ目の実を食べちゃ駄目よ! ヴァナタ死にたいの!?」
「―――死んでもいい」
声が掠れた。制止を振り切って、その実をもいだ。身体が跡形もなく飛び散ってもいい。そうなっても自分は死なない。ねめつける処刑台の下に赤犬がいる。高い場所でティーチが笑っている。それなのに腕の中のエースはもう、動かない。奴らを殺すまでは絶対に死なない。奴らを殺すためになら。
「悪魔にでも何でもなってやるよ・・・!」
叫んで噛り付いた実は炎のように熱い。ふたつの能力が身体の中でせめぎあい、互いを食い破らんと暴走を始める。今にも意識が弾け飛びそうになるのを必死に堪えた。兄の骸をただひたすらに抱き締めて、決意で悪魔を飼い慣らすのだ。殺してやる。今、生まれて初めて、殺意のために拳を握る。ルフィ。そう呼んで笑う兄の姿が、瞼の裏に幾度も浮かぶ。
なぁ、エース。無茶すんなって言ってくれよ。馬鹿野郎って、いつもみたいにさ。
なぁ、エース。・・・・・・兄ちゃん。





もしいつかルフィがふたつ目の実を食べるときが来るのなら、メラメラの実であってほしいと思った。ゴムと火じゃ相乗効果は得られないかもしれないけれど、それでも。
2010年3月11日