【「全部まるごと食べちゃいたい」を読むにあたって】

この話は、2009年12月12日公開の映画「ONE PIECE FILM STRONG WORLD」のネタバレを含みます。
これから観に行かれる予定があり、ネタバレが嫌な方は決してご覧にならないで下さい。何でも大丈夫という方のみお付き合いいただければ幸いです。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでも駄目だと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼


































処刑台でも叫べるわ。
世界で一番格好いいのは、あんただって!





全部まるごと食べちゃいたい





「なぁ、ナミ。金貸してくれ」
サニー号の船尾にある図書室でナミが航海日誌を記していると、ドアが開いて珍しい人物が現れた。麦藁帽子がトレードマークの我らが船長は、基本的に本を読まないため図書室を訪れることが滅多にない。雨が降れば暇潰しに床を転がっていることもあるけれども、ナミが日誌をつけている間は航海士としての責務を邪魔しないようにしているのか、ルフィがやって来ることはほとんど無かった。羽根ペンを脇に置き、ナミは書き終わった日誌を乾かすために広げる。
「いいけど、利子は三割よ」
「分かった」
「珍しいわね、あんたが借りに来るなんて。何か欲しいものでもあるの?」
「ああ、コートが欲しいんだ」
「コート?」
「黒くて長くてでっかいやつだ。ん? マントか? まぁいいや、とにかくそれを買うんだ」
「何でそんなの欲しいのよ。あんた、コートなんて着ることないじゃない」
「なくても持ってなきゃ駄目なんだ。船長ってのは黒くてでっかいコートを着るもんだからな!」
ししし、とルフィが物知り顔で笑う。何言ってんだか、と溜息を吐き出しかけたナミは、はたと気がついてしまった。そういえば随分と昔、まだ「偉大なる航路」にも入る前、立ち寄ったどこだかの港でもルフィは自らの小遣いをはたいて黒いコートを購入していた。珍しいこともあるもんだ、と今と同じ感想を抱き、ナミは手に入れてきたコートを広げるルフィを眺めていたのを思い出す。まだ少年期の身体に、あのコートは確かに大きかった。袖を通しても指先が僅かに見えるくらいだろう。肩はずり落ちるほどに大きくて、丈は膝を超えるくらいに長く、そしてやはり真っ黒なコートだった。しっかりと立った襟とボタンについた飾りが印象的で、手触りの良い生地からしても決して安くは無い代物だったはず。けれどルフィは購入しただけで満足したのか、男部屋のクローゼットの中にそれを押し込み、一度たりとも着て出歩くようなことはなかった。無駄遣いをして、と溜息を吐き出したのも覚えている。だが、あれはもしかして、今ルフィが言ったように「船長コート」だったのだろうか。ちらりと、ナミはルフィの頭上で輝く麦藁帽子を見やり、尋ねてみた。
「ねぇ、何で船長は黒いコートを着なくちゃいけないの?」
「シャンクスが着てたんだ。だから俺もコートを着てぇ!」
予想は正しかったようで、ルフィはきらきらと瞳を輝かせてここにはいない恩人を語る。「赤髪のシャンクス」たる人物がどれだけルフィの根底に根付いているのか、片時も離されることのない麦藁帽子で分かっていたはずだが、やはりナミは呆れてしまった。しかし正装の一着くらいは持っていて悪いものではない。特にルフィはまだ幼く、威厳とはかけ離れているのだから、外見くらい繕わなくてはならないときも出てくるだろう。
「だけど、あんた前のコートはどうし・・・」
問いかけの途中で、ナミの言葉は力を失う。先日のシキとの戦いで、そういえば捕らわれたナミを助けに来てくれたルフィをはじめとした仲間たちは、珍しく正装をしていなかったか。討ち入りをイメージして、みんなで銃を担いでいったの。楽しそうにそう語ったのはロビンであり、彼女の一張羅の黒いドレスとコートも戦いでぼろぼろになってしまったけれど、ナミが帰ってきたからいいのよ、とも言ってくれた。珍しくゾロも三つ揃えに近い服を着ていたし、そういえばシキを殴り飛ばしたルフィは赤いドレスシャツを纏っていた気がする。じゃあ、とナミは思い当たってしまった。おそらくルフィが昔、自分で購入した黒いコートも、シキとの戦いの際に駄目になってしまったのだろう。自分を助けに来たために。ナミの心中を申し訳なさと、相反する歓喜が渦巻いた。表情に出さないために眉根を寄せて、唇を噛む。けれどすぐに日誌を閉じて立ち上がる。
「いいわ! ルフィ、あんたのコートはあたしが買ってあげる」
「えっ!? ど、どうした、ナミ! 熱でもあんのか!? おまえが何か買ってくれるって言うなんて!」
「酷い言われようねぇ。とにかく! あんたのコートはあたしが買ってあげる。次の島で一緒に買出しに行きましょ」
「お、おお・・・。分かった・・・」
強く出れば、勢いにか、それとも別のことに驚いてか、ルフィは気圧されたように首を縦に振る。その様子を見てナミもようやく溜飲を下げ、再度椅子へと腰掛けた。あんたも座りなさい、と向かいの席を指し示せば、ルフィは恐る恐る椅子に乗る。伺ってくる様子に、失礼だと思うよりもナミは笑ってしまった。普段は頼れる船長だけれども、こういうときに彼は自分よりも年下なのだと思うのだ。
「ルフィ、あんたコートだけでいいの? スーツも駄目にしちゃったんじゃない?」
「えー、いいよ。あれ、動き辛いじゃねぇか」
「そう? 赤いシャツ、結構似合ってたのに」
「俺はコートがありゃあ、それでいい」
「ふぅん」
机に肘を突いてナミはじっとルフィを見つめる。面白いことを思いついた、と吊り上った唇に、ルフィが野性の勘を発揮したのか椅子の上で身を引いたが、ナミは逆に身を乗り出して笑いかけた。
「ねぇ、ついでだからスーツも買ってあげるわよ。もちろん値切りに値切って安くさせたやつだけど」
「・・・・おまえ、本当にナミか? ナミの振りしたボンちゃんとかねぇよな?」
「ありえないこと言わないでよ。とにかく、スーツに『船長コート』を着て、ご飯でも食べに行かない? あたしも思い切りドレスアップするから」
「スーツかー・・・あれ、窮屈だもんなぁ」
「あんたね、このあたしが付き合えって言ってんのよ? あんたは黙ってあたしと腕を組んでればいいの」
「飯もナミの奢りか?」
「仕方ないわね。払ってあげてもいいわよ」
「本当だな!? 後で払えって言っても払わねぇからな!」
「はいはい。じゃ、次の島ね。約束よ?」
小指を出してやれば、ルフィも「ししし!」と笑って同じように指を絡めてくる。ゴムのそれはやはり少年らしく少し骨ばったもので、ナミの心をはんなりと彩る。一張羅のドレスを着よう。シキが用意した、あんなお上品なものではなく、ナミがナミ自身のために店を巡って選び抜いた、取って置きの一着をクローゼットから引きずり出そう。宝石の山からネックレスとイヤリングを漁って、高いヒールの靴を履こう。大人っぽいメイクはロビンに手解きを願ったっていい。髪も艶が出るまで梳かして、そしてようやく隣に立つのが相応しいのだ。我らが戴く船長は、そんじょそこらの男などでは到底足元にも及ばないのだから。
「まぁ、あんたは自然体が一番なんでしょうけどね」
「? ナミも普通が一番だろ?」
「馬鹿。女はね、いくらだって着飾りたいもんなのよ」
特に特別だと思っている男の前ではね。心中でだけ付け足して、ナミは笑った。きっと次の島は最高に楽しくなる。そんな期待に胸を高鳴らせながら。





未来の海賊王さん、お手をどうぞ?
2009年12月27日