【「ラスト・ゲーム」を読むにあたって】

この話は、2009年12月12日公開の映画「ONE PIECE FILM STRONG WORLD」及び入場者プレゼント「ONE PIECE 零巻」のネタバレを含みます。
これから観に行かれる予定があり、ネタバレが嫌な方は決してご覧にならないで下さい。何でも大丈夫という方のみお付き合いいただければ幸いです。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでも駄目だと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼


































勝利の宴は三日三晩続いた。白ひげ海賊団の中に大監獄インペルダウンの脱獄囚たちが加わって、その騒がしさは留まるところを知らない。仲間を取り戻し、海軍を振り切り、勝利は確かに海賊たちの頭上へと輝いた。エースは千人を超える仲間たちによってもみくちゃにされ、純粋に喜ばれ、時に叱られ、時に泣かれ、その生還を祝された。傷を負った白ひげはナースたちに手当てをされながらも、祝杯の酒を手放すことはない。調子に乗ったバギーが囚人たちを従えて杯を重ね、Mr.3はそんな影に隠れて目立たぬように、イワンコフは存在だけで他を圧しながら宴に参加している。クロコダイルとMr.1は距離を取った場所にいたが、彼らの手にも酒と少しのつまみがあった。ジンベエは涙を滲ませながら何度となく「良かった」と繰り返し、ルフィは肉を確保しながら周囲の高揚に乗って楽しんでいる。賑やかな宴は歓声や歌声を混ぜながら延々と続いた。
「そういや小僧・・・おまえがモンキー・D・ルフィなら、聞いておきてぇことがある」
「ん? にゃんだ?」
コックたちが次から次へと必死に作り出してくる料理をぺろりと平らげながら、ルフィは白ひげへを振り返る。ふたりの間には山積みにされた空の皿があり、少しばかり視界の邪魔となっていた。リスのように両頬を膨らませながら食事を食い尽くすルフィを、白ひげがジョッキを脇に置いて見下ろす。
「『金獅子』という男を知ってるか?」
「きんじし?」
「海軍はこの情報を必死に隠しているがな。『金獅子のシキ』を討ち取ったのは、おまえか?」
「ああ、シキか。それなら俺だ」
容易い頷きに、甲板は一瞬前までの喧騒を忘れて、しん、と沈黙に陥った。周囲の船では尚も宴が繰り広げられているけれども、モビー・ディック号の代わりに奪ってきた海軍の軍艦は、ルフィの返答に美酒を忘れて固まった。クロコダイルが目を見開き、エースの手からジョッキが転げ落ち、イワンコフの巨大な口が限界まで開かれる。真っ先に我を取り戻して叫んだのはバギーだった。切ってはくっつく指先で、勢いよくルフィを指差す。
「シ、シシシシシシシキだとぉ!? お、おま、おまえ麦わら! 『金獅子のシキ』を討ち取ったなんて、そんな馬鹿なことを言うんじゃねぇよ!」
「馬鹿なことじゃねぇよ。シキならちゃんと俺がぶっ飛ばした」
「ああああああ有り得ないガネ! あの『金獅子』がおまえなんかにやられるわけないガネ!」
「何だよ、3まで。俺がシキを討ち取ったら悪いのか?」
「ヒーハー! 麦わらボーイ、ヴァナタやっぱりドラゴンの息子ね! その大物っぷりが似すぎてて恐ろしキャブル!」
「何だ何だイワちゃんまで。どした?」
絶叫する周囲に、ルフィは訳が分からず戸惑いを返す。ざわりざわりと情報が伝達され、他のクルーたちも騒ぎ始めた。向けられる数多の視線に首を傾げていたルフィに、白ひげは問いを重ねる。
「小僧・・・おまえは、『金獅子』がどんな男だか知ってるのか」
「いや、知らねぇ」
「あいつはゴールド・ロジャーと肩を並べるくらいの海賊だった。ロジャーに敗れて最終的にはインペルダウンに繋がれたが、二十年前に脱獄して以来音沙汰が知れなかった」
「へぇ、そうなのか」
「懐かしいぜ・・・。あいつはロジャーしか見えてねぇ馬鹿だったが、俺とも海で会えば何百回と殺しあった。今となっちゃあ、ロジャーがいた時代の数少ねぇ生き残りだ。そんな『金獅子』を、小僧・・・・・・てめぇが討ち取ったっていうのか」
どん、と船体が割れたかのような衝撃があったが、実際にそれはない。代わりに身を震わせるような覇気が甲板を覆い、先程とは異なった意味で誰もが緊張に言葉を失う。バギーとMr.3が「ひぃ!」と悲鳴を挙げて抱き合った。もごもごと口を動かしていたルフィは、喉を大きく動かして食べ物を咀嚼し、自身を見下ろしてくる白ひげを仰ぐ。親父、と立ち上がろうとしたエースの腕をマルコが押さえつけた。
「何十年だ。何十年も、俺たちは互いを殺しあってきた。分かるか、小僧。おまえみたいな餓鬼が生まれる何十年も前からだ。『金獅子』はボケた野郎だったが、冷酷で残忍な海賊らしい海賊だった。仁義を通すところは、俺もロジャーも認めていた」
「だから何だよ。あいつは俺の仲間と、故郷の『東の海』に手を出した」
「『東の海』か・・・それもおそらく、ロジャーの生まれた海だからだろうな。『金獅子』はロジャーに執着していた。ロジャーが処刑されるのを知って自ら海軍本部に攻め入り、センゴクやガープと戦ったくらいだ。『空飛ぶ海賊』と言やあ、この海で知らねぇ奴はいねぇ、そんな男だった」
「何が言いてぇんだよ、おまえ」
「・・・餓鬼が。分からねぇのか?」
酷い音を立てて、ルフィの拳が積み重ねられていた皿の山を打ち砕いた。欠片が空中を舞って料理や甲板へと降り注ぎ、その合間でルフィと白ひげの視線がぶつかり合う。麦藁帽子を背負った姿は立ち上がり、その拳はきつく握り締められている。白ひげの巨漢を前にすれば、吹けば飛ぶような細い影だ。それでも睨み付ける目だけは炎よりも太陽よりも強くぎらつき、眼前の相手を見据える。呻るようにルフィが応える。
「シキは、俺の仲間と『東の海』に手を出した。ロジャーと肩を並べる海賊? そんなこと知らねぇよ。『金獅子』も、『世界政府』も『海軍本部』も関係ねぇ。俺はそんな名前と喧嘩してんじゃねぇんだ」
白ひげが目を細める。びり、と空気が震え、波が呼応するかのように船を揺らがせる。場を圧したルフィのそれは確かに、数百万にひとりしか持ち得ない覇気だった。
「俺の大事なもんに手ぇ出す奴は、誰であろうとぶっ飛ばす! 例えそれが海賊王であってもだ!」
満ち満ちた怒声は周囲の船にまで響いたのだろう。賑やかだった遠くの宴までが一気に消え去り、ふーふーと興奮した息を吐き出すルフィの音だけが海に響いた。ふん、とクロコダイルが葉巻を煙らせる。ごくりと誰かが唾を飲み込み、白ひげが巨体を億劫そうに立ち上げた。点滴のコードが僅かに引かれ、耳障りな音を立てる。太い腕が伸ばされ、散った皿の上を通過し、ルフィの頭上へと掲げられた。こんにゃろ、とルフィが拳を構え、今度こそエースが立ち上がろうとする。また戦いか、と誰もが身を強張らせたとき。
「―――へ?」
与えられたのは拳ではなく、手のひらだった。ルフィの黒髪を撫ぜるように、白ひげの大きな手が包み込む。ぽん、ぽん、と優しい手つきにルフィは目を瞬き、白ひげはそんな子供の様子に苦笑に近い表情を浮かべた。今度は少し乱暴に、掴むようにして頭を撫でる。
「うわっ! ちょ、やめろよ、おっさん!」
「・・・・・・同じ時を生きた奴が消えていくのは物悲しいが、これもまた当然の流れだ。まさかおまえみたいな小僧に教えられるとは思ってもいなかったがな」
「へ? な、何だぁ? どうなってんだ!?」
手のひらでルフィの頭を持ったかと思うと、白ひげはひょいとその身体ごと持ち上げて、自身の隣に座らせた。ようやく視界が開けたルフィは目を回したのか頭を左右に揺らしており、近くなった白ひげを見上げてきょとんとしている。そうするとより幼く見える面立ちに、白ひげは笑った。
「グラララララ・・・! 小僧、話を聞かせろ。『金獅子』の奴は強かっただろう?」
「お、おお。俺もゾロたちも土に埋められた」
「だろうな。あの『フワフワの実』の能力は厄介な代物だ」
「船だけじゃなくて島も浮かせられるんだもんな。すげぇんだぞ、シキの島! いろんな凶暴な動物がいてよ、面白いのなんのって! だけどあいつ、そいつらに『東の海』を襲わせてたんだ」
「馬鹿な野郎だ。ロジャーが『東の海』で処刑されたことを、そこまで根に持ってやがったのか」
「ナミも攫われたしよ。あ、ナミってのはうちの航海士だ。すげぇんだぞ、ナミに読めない天気と波はねぇ」
「なるほどな。空を飛ぶ『金獅子』の最大の敵はサイクロンだ。優秀な航海士が欲しかったんだろう」
「最初は面白いおっさんだと思ったんだけどなぁ。サニー号も空飛ばしてくれたし、親切だったしよ」
弾む会話に、白ひげの懐古とルフィの答える声に、戦闘の危機は回避されたのだと悟り、ようやく周囲は気を緩めることが出来た。エースが大仰に肩を落として座り込み、バギーとMr.3はもはや泣いている。イワンコフは意味ありげにふたりを眺めており、ジンベエはそっと息を吐き出し、他のクルーたちも安堵しながら宴へと戻っていった。まるで孫と祖父の語らいのように、白ひげとルフィは話を続けている。
「そうか、シキの奴、インペルダウンに捕まったのか。あれ? でも俺、ちょっと前に行ったけど会わなかったぞ?」
「あいつは脱獄の前科があるからな。特殊な檻にでも入れられてるんだろう」
「足を切って逃げ出したのか。すげぇなぁ、ゾロみてぇだ。だから両足が剣だったんだな」
「二十年間、世界政府を倒す計画を練っていたのか・・・。本当に、馬鹿な野郎だ」
「でも、それだけシキはロジャーのことが好きだったんだろ。悪ぃことしちまったな、俺」
「グラララ・・・! おまえが気にすることじゃねぇ。あいつは『東の海』の男に縁がなかった、それだけのことだ」
再び運ばれてきた料理で、ルフィは頬を膨らませる。ジョッキを呷って白ひげは酒を飲み干した。すぐさまナースが次の一杯を注ぎ入れるが、その間も白ひげはじっとルフィを見下ろしていた。咀嚼に合わせて、細い背中で麦藁帽子が揺れている。
「小僧。おまえ、本当に『金獅子』のことを知らねぇのか」
「だって二十年前って、俺まだ生まれてもいねぇぞ? 知ってるわけねぇじゃねぇか」
「そうか。・・・そうだな。そういうもんだ・・・・・」
呟きは小さかったため周囲には届いていなかったが、ルフィが不思議そうに見上げてくるのを、白ひげは再度頭を撫でることで遮った。宴を見回し、笑い合っている多くの仲間たちを眺める。手のひらの下では、何だよ、止めろよおっさん、と子供が身動ぎを繰り返している。





ラスト・ゲーム





空を見上げ、白ひげは酒を飲み干した。
この一杯は祝杯ではなく、同じ時代を生きた同胞へと捧ぐために。





余りにも俺の家族は変わらねぇもんだから、忘れかけていた。時は確かに流れているのだということを。
2009年12月19日