1.誕生



様々な意味で「自由人」という冠が相応しいモンキー・D・ガープが、ここ一週間、事前申告をして休暇を取っている。否、本来ならばそんな休みは認められない理由によるものなのだが、せめて言ってから休んだだけまだましだとセンゴクは思っていた。このような考え自体がガープを甘やかし、彼の素行を「自由人」にしてしまっているのは分かっているが、長年の付き合いはもはや諦めさえ引き起こしている。それに、センゴクにも気持ちは分かるのだ。未だ結婚もせず子も持たない身ではあるが、新しい家族の誕生は、やはり派手に祝うべき事柄だ。
休みに突入して七日目。どかどかどかどか、とけたたましい足音が廊下から聞こえてくる。それがまっすぐに海軍大将である自分の部屋を目指しているのが分かって、センゴクは深い溜息を吐き出した。また扉の修理費がかかる。そんなことを思った次の瞬間に、予想に違わず重厚な部屋の扉は拳によって粉砕された。
「ガープ、貴様、何度言えば分かる・・・」
「見ろ、センゴク! わしの孫じゃ!」
「産まれたばかりの赤子を抱えて走り回るな、この馬鹿者がっ!」
手の中のペンをダーツのように投げなかったのは、それこそガープが抱えている赤ん坊に当たったら、と思ったからだ。足音荒く部屋に入ってきた相手は興奮しながらも、その腕の中に小さな塊を抱いている。白い布に包まれているそれはピンク色の肌をしていて、これだけの喧騒の中でも物ともせずにぴすぴすと鼻を鳴らして眠っている。図太い赤子だ、とセンゴクは思いながらも、さすがに産まれた直後ではない様子にほっと胸を撫で下ろした。それこそガープは臍の緒を切ったばかりの赤子でさえ、嬉しさの余り高い高いをしてしまいそうな男なのだ。おくるみに包まれた赤子を見つめるガープの目尻は、皺を帯びて限界まで下げられている。
「可愛いじゃろう。男だぞ」
「おまえに似てるのか? いや、似ていないのか・・・」
「名前はルフィだ。いい名だろう!」
ほれ見ろ、とガープは赤子を、ルフィを差し出してくる。大きなごつごつとした手のひらにしっかりと支えられ、赤子は未だ夢の中だ。僅かに頭部を覆っている髪は黒く、眉も睫毛も黒くて、薄い唇はピンク色だ。頬は林檎のように赤くて、僅かに出ている指の先は爪すらとても小さく作られている。ほう、とセンゴクも観察するように赤子を覗き込んだ。
「こいつは海兵にするぞ。わしの跡を継ぐ、強く立派な海兵にするんじゃ!」
「おまえの跡を継いだら、力だけの直行型になってしまうだろうが」
「ぶわっはっはっはっ! ならセンゴク、おまえもルフィを育てりゃいいわい! そうりゃ最強の海兵になるぞ!」
ぐい、と押し付けられた塊は柔く温かく、落とすまいと慌てて抱きかかえればガープが支えていた手を離した。己の腕の中に落ちてきた赤子に、センゴクは戸惑う。ペンを持ち、作戦を練り、戦場を指揮することはいくらでもしてきたけれど、赤子を抱いた経験なんて記憶を漁っても数度しか思い出せない。それこそ一番近い過去だって、二十年以上前にガープの息子、ドラゴンを抱いたくらいだ。ぐにゃりとしたゴムのような身体が頼りなくて、センゴクは柄にもなく慌てた。抱き手が変わったことに気がついたのか、赤子がぱちりと目を開く。丸い瞳はまっすぐにセンゴクを見つめてきた。
「お、おい、ガープ! 目が開いたぞ!」
「そりゃあ開くわい。人間だからのう」
「おまえが持て! 私に抱かせるな!」
「何言っとるんじゃ。ほら、ルフィもおまえを気に入ったようだぞ。ルフィ、じいちゃんだぞー? こっちはセンゴクじいちゃんじゃ」
屈みこんでガープがでれでれと名乗れば、赤子はきゃらきゃらと笑い始める。その度に抱く身体が揺れて、センゴクは強く、我に返って優しく丁寧に抱え直す羽目になる。赤子はガープだけでなく、センゴクに向かっても笑い声を上げ、物怖じする様子はまったくない。小さな手をいっぱいに開いて動かし、「あー」だの「うー」だの鳴いている。座っていない首を手のひらで支えつつ、センゴクも知らぬうちに唇を緩めていた。
「・・・私の教育は厳しいぞ」
「ルフィはわしの孫じゃ。ちょっとのことじゃ根を上げんわい」
「素地はありそうだな。いいだろう、私とおまえで海軍を代表するような海兵に育てるか」
「白いコートが似合うぞ、きっと!」
軽く腕を揺すれば、赤子はきゃいきゃいと楽しそうに反応する。ガープの手に戻れば案の定放り投げる恐ろしい「高い高い」が実行されたが、それにも赤子は笑うだけで泣きやしない。色濃く継いでいる血統かもしれないが、やはり将来は大物になりそうな気配がひしひしとしていて、描く未来にガープもセンゴクも赤子と一緒に笑った。
この産まれたばかりの赤子の成長を想像することは、ふたりにとって酷く幸せなことだったのだ。





2.日常



センゴクの仕事は、デスクワークが主だ。指揮官の腕を買われて海軍大将の地位にまで上り詰めたのだと自覚しているし、戦場において自分が銃を握り刀を持って戦ったところでたかが知れているのも分かっている。作戦を練り、それを実行させ、成功を収めてこそセンゴクに価値は生まれるのだ。なので今日も今日とて海軍本部のあるマリンフォードにて、数多の報告を聞き、情報に目を通し、次々と先手を打っていく。入れ替わり立ち代り書類を手に部下が部屋を訪れており、現在やってきているのは中将のひとり、「黄猿」と呼ばれているボルサリーノだった。
「おやまぁ・・・センゴクさん」
「何だ、黄猿」
「こりゃあ一体どうなさったんで。確かあっしの記憶が確かなら、センゴクさんは結婚されてないはずだったかと」
これ、と黄猿の節くれだった指先が示した先、ソファーにはちょこんと赤子が鎮座している。赤子とは言ってもすでに二歳になっており、支えずともちゃんとソファーに座ることが出来ている。丸い目で黄猿を見上げている様はやはり物怖じしていなくて、これはもはや血筋だろうとセンゴクは考えていた。赤子はガープに、非常に良く似ている。
「ガープの孫だ。あいつは定期巡回に行ってるからな、私のところへ置いていった」
「へぇー・・・ガープさんのお孫さんで。そう言われると、確かに目元が似てますかねぇ」
「名前はルフィという」
「ルフィ。いい名じゃありませんか。ルフィ、ルフィ君。黄猿おじちゃんですよぉ」
猫なで声で黄猿は身を屈め、ソファー上の赤子と目線を同じ高さにする。同じ海軍内でも得体が知れないと一部で噂されている黄猿を前にしても、赤子は目をぱちりと瞬いてじっと見つめているだけだ。瞳は目の前のものに対する興味に輝いている。ルフィは滅多に泣かない赤子だった。それこそミルクやおむつのときくらいのもので、他は放り投げられる「高い高い」にも、大荒れの時化の船上でも、強面の海兵に囲まれても泣き出しはしない。むしろどんな状況でもきゃっきゃと笑い声を上げて楽しむくらいで、ガープは「こいつは大物になるわい!」と喜んでいた。伸ばされた短い腕の先、小さな手のひらを受け止めて黄猿は赤子を抱き上げた。意外にもその様は手馴れていて、書類にサインを終えたセンゴクは感心する。
「おまえが子供好きとは知らなかったな」
「ん〜・・・あっしも好きってわけじゃあないんですけどねぇ。でも、この子は可愛いと思いますよ」
「さっきは赤犬が来て、手のひらに乗せて遊んでいたぞ。青キジは次はぬいぐるみを買ってくるとか言っていたな」
「人気者じゃあないですか。そんじゃあっしは、何か美味いもんでも買ってきますかねぇ」
「歯ブラシも忘れるなよ」
「あぁ、すっかりいいおじいちゃんしてるじゃないですかぁ」
「・・・ガープが甘やかすからな、私が代わりに躾んでどうする」
はぁ、とこれ見よがしに溜息を吐いてみるが、口うるさく接しても今のところ赤子が嫌がる様子を見せないのが、センゴクを安堵させていた。これで「じぃじなんてきらい」なんて言われた日には、ガープの前だとしても滂沱しない自信はない。新しい書類に手を伸ばしていると、赤子がじたばたと黄猿の腕の中で暴れ始める。
「にきゅーにきゅー」
「・・・センゴクさん、肉が欲しいらしいですよぉ」
「野菜も同じだけ食べるならいいと言っておけ」
「はぁい、ルフィ君。黄猿おじちゃんですよぉ。べろべろばぁー」
どうやら誤魔化すことにしたらしい黄猿に、赤子は素直に騙されて「あー!」と笑い始める。戦争と正義しかないような海軍において、この赤子は可愛がられていくことだろう。ガープの孫ということは、反世界政府の革命家ドラゴンの息子ということだが、親を選べない以上子供に罪はない。まぁ、この赤子が立派な海兵になればそれだけでセンゴクにとっては十分なのだ。誇れる孫になってくれればいい。
「じぃじ、にきゅー」
「いい加減に覚えろ、ルフィ。離乳食に肉味はない」
「にきゅー!」
ぱたぱたと手足を振って訴える赤子に、センゴクは溜息を吐き出した。まったくガープにそっくりだと思いながらも、その唇は優しく綻んでいた。





3.夢



衝撃的な未来の展望を告げられたのは、赤子が子供になり、五歳の誕生日を迎えた数ヶ月後のことだった。子供はよく喋るようになり、ガープのことを「じいちゃん」と、センゴクのことを「じぃじ」と呼ぶようになった。
「じぃじ。おれ、かいぞくになる」
「・・・・・・とりあえず理由を言ってみろ、ルフィ」
「だって、じいちゃんもじぃじも、かいぞくとはあそんでるだろ。だからおれも、かいぞくになる」
「遊んでいるわけじゃないんだがな・・・」
思わず痛む頭を抱えてしまった。徐々に大きくなり、それでも相変わらずガープそっくりの豪胆さを失っていない子供は、どうやら海軍の仕事に対して大きく間違った認識をしているらしい。センゴクもガープも、断じて海賊と遊んでいるわけではないのだ。奴らを捕まえ、海の秩序を取り締まることこそが海軍のあるべき姿で、センゴクも穏やかな世界のために日々尽力しているつもりだ。まぁ、海賊船を見かければ嬉々として突っ込んでいこうとするガープに関しては、特に言い訳するつもりはないけれども。
「かいぞくばっかり、ずるい」
数年前に青キジが買い与えた肉の塊のぬいぐるみを、子供はぎゅっと抱き締めながら訴えてくる。何だって食べ物の、しかもこんなに趣味の悪いぬいぐるみを選んだのだかセンゴクは青キジの趣味を疑ったが、当の贈られた子供は目をきらきらと輝かせながら喜んでいた。どうやら骨の髄から肉が好きらしい子供は、食べられないと分かっているのに、ぬいぐるみでもやはり肉が良いらしい。顎に手をやり、センゴクはじっと恨めしげな子供の視線から顔をそらす。
「確かに最近は構ってやれていなかったな・・・」
それというのも、「偉大なる航路」の後半とされる「新世界」において、新たな動きが出始めているからだ。今から10年前に海賊王ゴール・D・ロジャーが処刑され、世界政府の目論見とは真逆に大海賊時代が始まってしまった。数多の海賊が「ひとつなぎの大秘宝」を狙って海に出てきている。雑魚ならば容易く蹴散らせるが中には腕の立つ者もいて、現在海軍が最も注視している存在が「赤髪のシャンクス」と呼ばれる男だった。海賊王の船で見習いをしていた子供が、時を経て自身の仲間を率い、かつての船長の後を追うように「偉大なる航路」でその名を知らしめ始めている。若く力と勢いがあり、頭の切れる男だ。早々にどうにかしないと、とかかりきりになっていたのが悪かったのかもしれない。子供と顔を合わせることさえ二ヶ月ぶりであることを、センゴクはすっかり失念していた。
「かいぞくばっかり、ずるい」
「待て、ルフィ。すまなかった。今度おもちゃを買ってやるから」
「いやだ。いらない。おれもかいぞくになる。かいぞくおうに、おれはなる」
だってそうすれば、じいちゃんもじぃじも、おれとあそんでくれるだろ。訴えは眩暈がしそうなくらい可愛らしく、子供の独占欲に溢れていたが、センゴクにとってはとんでもない爆弾宣言に近かった。せっかく最強の海兵にするべく育てているのに、海賊なんぞになられたりしたら堪らない。日々めまぐるしく変わりつつある「偉大なる航路」から目を離せないというのに、こうも訴えられては遊び相手をしてやりたくなって堪らないではないか。はぁ、と溜息を吐き出してセンゴクは手にしていた書類を机へ落とした。
「まったくおまえは、祖父以上の『自由人』だな・・・」
両腕を伸ばして膝の上へ抱き上げれば、ようやく子供はにぱっと笑った。太陽のような笑顔に、センゴクも失笑に近い表情を浮かべる。じぃじ、と子供が呼ぶ。何だ、と答え、センゴクはその日の残りの仕事を明日に持ち越した。





4.時間



嫌な予感がしなかったと言えば嘘になる。ガープが亡き海賊王ゴール・D・ロジャーの息子、エースを引き取り、ルフィと共に養育すると言った時点で、どこか胸騒ぎはしていたのだ。海賊王の息子と、革命家の息子。本来ならば交わりなどしないふたつの道が交錯し、どんな影響を及ぼしあうのか。余りにも海兵としての仕事が忙しくなってきたため、ふたりはガープの知り合いの元に預けられた。手塩にかけて面倒を見てきた子供を、これからは他人に預けなくてはならない。それはセンゴクに少しばかりの不愉快さを与えたが、仕方のないことだと割り切った。センゴク自身、大将から元帥への昇進が決まったのだ。実質、海軍のトップに立つことになる。世界政府、ひいては天竜人とも繋がりを持たざるを得ないし、慎重に慎重を重ねて物事に対峙していかなければ。世界政府に忠誠を誓う、王下七武海の選別も始まった。海賊など所詮海賊でしかないが、内側から手綱を握れるのならそれに越したことはない。先だっては九蛇海賊団の船長、ボア・ハンコックの加入も決まり、残すひとりにはサー・クロコダイルが有力視されている。海は騒がしく、日々センゴクの感覚は研ぎ澄まされていく。時折ふと我に返り、子供を思い返すこともあった。子供にとっての日々はめまぐるしく、いろいろな経験と成長に満ちているのだろう。幼い頃に構ってくれた口うるさい祖父のような男の存在など、会わない時間であっという間に忘れてしまったに違いない。寂しくはあったが、健やかに育ってくれているならいい。ガープも忙しく子供は知り合いに任せ切りで、時は瞬く間に過ぎていった。忘れていたのだ。大人であるセンゴクやガープにとって、日常は微々たる変化の連なりでしかなかったが、幼い子供にとっては人生を築き上げる最も大切なときであるのだということを。とっくに大人になってしまったセンゴクは、忘れていたのだ。
「センゴク・・・ルフィが、フーシャ村を発った。本気で、海賊になるらしい。あの馬鹿孫が・・・!」
気づけばセンゴクは、歳を数えることさえ忘れかけていた。それでも子供の年齢は覚えていた。十七になる、あの子供と最後に会ったのはいつだったのか。じぃじ、と呼んだ舌足らずな声と太陽のような笑い顔だけが記憶の中に残っている。





5.歴史



手配書で、十七になった子供の顔を知った。懸賞金の額が上がっていく度に、複雑な気持ちに駆られて止まない。写真の中の満面の笑みには、センゴクの知らない、「赤髪のシャンクス」のためにつけられた傷があった。センゴクは覚えている。だが、子供は覚えていない。それがせめてもの救いだ。





6.今



土煙と怒号に溢れる戦場に、センゴクはいた。眼下では海軍と白ひげ海賊団による激しい戦いが繰り広げられており、ついに処刑台が破壊され、奪還の手が目の前まで迫り来る。崩れ落ちる足場を、襲い掛かってくる瓦礫の破片をセンゴクは見上げ、腕で頭を覆い隠すようにして身を守った。膝を突き、しばらく痛みと埃っぽさに耐えていれば、それもじきに終わる。耳を打つ静寂は酷く重く、事の終わりをセンゴクに伝えた。
「うわっ、やべぇ。エース、生きてるか?」
「生きてるか・・・っじゃねぇだろ、この馬鹿! 殺す気か!?」
「わりぃわりぃ。まさか処刑台がこんなにもろいとは思わなくてよ」
ししし、と笑う声はまだ高く、怒鳴り返す声は些か低い。がらがらと瓦礫を避ける音がして、エースが解放されたのが如実に分かった。戦局はすでに決したが、このまま易々と逃してやるほど海軍は甘くもないし愚かでもない。柱を押しのけて立ち上がり、埃を叩く。身に纏う白いコートに恥じぬだけの振る舞いをセンゴクはしてきたし、今後だってしていくつもりだ。戦場に響く大声で、ただ「ポートガス・D・エースが逃げたぞ、捕らえろ!」と叫ぶだけでいい。胸を張り、センゴクは息を吸い込んだ。その瞬間、心臓は、何か別のものを呑み込んだのだ。
丸い目と、視線がかち合う。硝子玉のように透き通っていて、それでいて静物ではありえない強さと輝きを秘めた瞳。未だ僅かな丸みを残す頬はまっすぐセンゴクに向けられており、相対する。声を発するための深い呼吸が、引き攣れた音を立てて空気の塊を飲み込んだ。麦藁帽子がゆっくりと傾いていく様だけが、センゴクの視界に焼きついて。
「・・・・・・じぃじ?」
懐かしい呼び名に、心が振れた。覚えていない。覚えていないと思っていた。覚えていないで欲しかった。それでも覚えていて欲しかったのだという気持ちが己のうちに存在していたことを、センゴクは知る。手配書よりもあどけなく力強く、その笑い顔はセンゴクが確かに愛した子供のものだった。
健やかに成長を祈った、子供のものだった。





7.未来



残骸ばかりの戦場に、センゴクは腰を下ろしていた。もはや汚れるコートも頬を撫でる土煙も気にはならない。遠ざかっていくモビー・ディック号が忌々しく、かつてないほどの憤りをセンゴクに齎した。過去の赤髪に対する以上の憤怒を込めて、思い切り大地を殴りつける。ペンを握ることの多い指の背が、地に擦れて傷を作った。
「これだから、貴様の血筋は直行型なのだ! 少しも考えることをしやしない!」
「・・・・・・すまん」
「謝るくらいなら孫の首根っこを引っ掴んで連れて来い! 今度こそ私が教育してやる! 教育し直してやる!」
気まずげに、おそらく本気で悪いとは思っているのだろう。ガープの声がすぐ隣でして、そのことがまたセンゴクを苛立たせる結果に繋がる。船の影も、子供の姿ももう見えない。どん、とセンゴクは再度地面を殴りつけた。
「ルフィ・・・! 今度会ったら説教だぞ! この馬鹿孫が・・・っ!」
宣言にガープが失笑したものだから、「何が可笑しい! 元はといえば貴様の教育が悪かった所為だぞ!」と怒鳴りつければ更に笑われる。腹が立って腹が立って仕方がなくて、センゴクはこめかみが引き攣るのを感じていた。これだから海賊は嫌いなのだと、心中で思い切り罵倒する。好き勝手に生きるばかりで、少しもこちらの心情を慮らない。
緩みかける唇の端を、センゴクは懸命に堪えた。元気そうで良かったなどとは死んでも言ってやらない。口うるさく躾けるのが自分の役目なのだから。それでも説教だぞ、と再度呟いた声は我ながら浮かれていて、センゴクに変わらぬ愛情を認識させるには十分足るものだった。





元帥ではなく、祖父としてなら、これからもずっと祈る。おまえの健やかなる成長を。
2009年10月10日 / 我が愛しのロクデナシ