【「夢と時のあとさき」を読むにあたって】

この話は、「ONE PIECE」コミックス56巻以降のネタバレを含みます。
白ひげ海賊団VS海軍の時間軸で勝手な捏造を含みますので、そういったものが嫌な方は決してご覧にならないで下さい。何でも大丈夫という方のみお付き合いいただければ幸いです。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでも駄目だと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼


































忙しなく残酷に過ぎていく。愛しく切ない、その名前を知っている。





夢と時のあとさき





崩落した瓦礫の山に突っ込み、両手で波を掻くようにして残骸を掘り返す。処刑台を支えていた太い柱を吹き飛ばせば、ようやくエースの後頭部が発見できた。力の限り引きずり出し、ルフィは無理やり連れてきたMr.3に向かって叫ぶ。
「おい、3! エースの手錠を外してくれ!」
「いやだガネ! 私はもう帰るだガネ!」
「分かった、帰してやるからエースの鍵だけ外してってくれよ! ほら、早く!」
「ああああああ、海軍の攻撃が来る! 麦わら、おまえなんかと一緒にいるから私まで大犯罪者になってしまったガネ・・・!」
首根っこを引っつかまれ逃げることも許されず、Mr.3が情けなく嘆きながらもドルドルの実の能力で鍵を作り出し、海楼石の手錠を外した。がしゃん、と重い音を立てて鎖が地に落ち、エースを捕らえていたものが姿を消す。自由になった己の両手を、エースは信じられない面持ちで見つめた。
「よし! ありがとな、3!」
「これは貸しだガネ! 忘れたら許さないガネ!」
「あ、そこ危ねぇぞ」
「ぎゃああああああっ!」
流れ弾の砲弾が飛んできて、Mr.3の足元で爆発する。爆風はルフィの麦藁帽子とエースの黒髪を揺らしただけだが、Mr.3は直撃を受けて吹っ飛んでいった。幸いにも落ちていく方角は白ひげ海賊団の旗艦、モビー・ディック号の付近だったため、ルフィは手をかざして小さくなっていく影を見送る。そして、ぱん、と手のひらに拳を打ち付けた。
「エース」
「っ・・・!」
はっと我に返ったエースに、ルフィは歯を見せて笑う。その余りの緊張感のなさに、一気に湧き上がる安堵と、じわりじわりと沁みゆく歓喜と情けなさに、己の顔が無様に歪んだのがエースにも分かった。それでも唇の端を無理やりに吊り上げて悪態を吐いてみせたのは、目の前の弟に対する兄としてのせめてもの矜持だ。
「・・・・・・後でしこたま説教だからな。こんの、馬鹿弟が」
「ししし! んじゃ、行くか!」
「あぁ」
つられるようにして、今度はエースもちゃんと笑った。手のひらをくるりと回せば炎は変わらずにちゃんと現れるし、立ちのぼる火柱に海軍が解放を知り、動揺と再度の確保を叫び始める。崩れた処刑台の前でルフィとエースが立ち並ぶ様は、ある種の壮観だった。革命家ドラゴンの息子と、海賊王ロジャーの息子。義兄弟であるふたりはまさに新時代の訪れを象徴するかのように、誰しもの目に映っただろう。
がらりと、背後で瓦礫の落ちる音がする。向かい合うようにしてルフィとエースが振り向いた。白い海軍のコートが土と埃に塗れ、それでもガープの眼差しはしっかりと孫たちに向けられている。物言わぬ祖父に、エースが先に口を開いた。
「悪いな、じじい・・・。やっぱり俺は、世界的大犯罪者の息子だ。あんたの望むようには生きられねぇ」
「・・・・・・知っとったわい。おまえもルフィも、昔からちいっともわしの言うことを聞かん」
「俺たちをここまで育ててくれたことには感謝してる」
「そんな台詞は100年早いわ。この洟垂れ坊主が」
「・・・すまねぇ」
視線を伏せ、浅く、それでもしかと頭を下げ、エースは踵を返した。背負う白ひげの刺青は行く道をまっすぐに指し示していて、ガープが静かに目を細める。麦藁帽子を揺らし、ルフィは祖父に向かっても満面の笑みを向けた。
「じゃあじいちゃん、行ってくる! 次に会うとき、俺は海賊王だ!」
ししし、と笑うルフィの頭を、エースの拳骨が大言を窘めるように軽く小突く。ちらりと見えたその唇は弧を描いており、ルフィも大手を振って、ふたりは崖から飛び降りていった。すぐに下から海軍の悲鳴が聞こえ始め、炎の塊と伸びる腕だけがガープの視界に残る。それらも徐々に遠ざかっていき、訪れる静寂はやけに物悲しいものだった。



ひょいひょいとふたりは海軍をなぎ倒していく。少なくとも左官以上の猛者たちが、悪魔の実の能力者が大半だというのに、それでもルフィとエースの前ではさしたる相手にもなりやしない。共に戦うことなど今まで決してなかったが、息のあった攻撃はさすが兄弟と言うべきものだった。しかしエースの火拳の影から蹴りを繰り出していたルフィは何かに気づくと、敵の頭を踏み台にして身軽に進む先を別へと変える。
「おい、ルフィ!?」
「わりぃ、エース! すぐ戻る!」
びゅん、と両腕を伸ばしたかと思うと柱を掴み、パチンコ玉のように飛んでいく。あっという間に離れていった弟に舌打ちしながら、エースは周囲の敵を一掃した。あの馬鹿、と仰ぎ見た方向は戦場から少し離れた位置で、麦藁帽子の後頭部は敵を踏んづけながらどこかを目指しているらしく、エースはとりあえず弟のためにも逃走路を確保すべく動き出す。
当のルフィはというと、向かい来る敵の相手をするでもなく一点を目指して駆けていた。麦わら、とスモーカーの煙を慌てて交わして、麦わら、と黄猿の光を反らして交わして、麦わら、と数多の声を交わし続けて強く大地を蹴る。飛ぶように長い滞空時間を経て着地したのは街並みの塀上で、そこで拳とククリ刀だけは構えているけれども咄嗟の事態に動けないでいる知己に対し、ルフィは笑った。
「コビー、ヘルメッポ」
勢いは殺さず、一瞬で擦れ違う。旋風に飛んでいかないよう、麦藁帽子を押さえた。
「じいちゃんのこと、頼むな。あれで結構寂しがり屋だからよ」
びく、と震えた気配が伝わったけれども、振り向くことはしない。サンダルの足を踏み出して走りを再開させれば、すぐに大きな声が飛んできた。
「っ・・・任せてください! 約束します、ルフィさん!」
「中将は俺らの恩人だ、おまえに言われるまでもねぇ! つーか俺の名前覚えてんなら最初から呼びやがれ馬鹿野郎!」
「ししし、任せた!」
これでもう思い残しはない。ルフィは跳躍してエースの元へと舞い戻る。あらかたの海兵は伸されており、またしても遠くなったふたつの影をルフィは見上げた。コビーは興奮しながら手を振り、ヘルメッポは何かを怒鳴っている。いくぞ、という兄の声に応えて、ルフィも今度こそ戦場を後にした。



エースが解放された時点で、すでに決着はついていた。逃げの一手を放ち始めた白ひげ海賊団に、そうはさせるかと海軍が執拗に食らいつく。麦藁帽子と白ひげの刺青が鯨の船首を越えて乗り込めば、もはや用はないと船は出港し始めた。凄惨たる有様の戦場を崖から見下ろし、ガープはただ追うでもなく立っていた。喧騒は遠く辺りはもはや静かで、がらがらと処刑台の木屑が流れる音しか聞こえない。
「まさか、ロジャーの息子に新時代の到来を告げられるとはな・・・」
かもめの帽子もどこへ行ったのか、瓦礫の中でセンゴクが上半身を起こしていた。顔は土に汚れ、丸い眼鏡のレンズはひび割れている。はぁ、と吐き出された溜息は重く、苦々しいものだった。
今後の世界を賭けた戦いだった。それこそ戦争と呼ぶに相応しい、二分されている海をひとつにするような、敗北が殲滅を意味するような、そんな戦いになるはずだった。しかし結果としてエースは処刑されることなく助け出され、海軍は主だった面子を討ち取ることなく逆に痛手を負っている。どちらが勝ったかなど火を見るより明らかで、そしてその要因は何より「新たな力」によるものが大きすぎた。ポートガス・D・エース。モンキー・D・ルフィ。世界的大犯罪者を親に持つ青年たちの登場は海に勢いを与え、そして先駆者に引導を渡していく。犬の帽子を深く被りこみ、ガープは顔を隠した。
「・・・わしの首でよけりゃあ、くれてやるわ。一族の責任はわしが取ろう」
「その首ごときではもう賄えないと言ったのはおまえだぞ、ガープ」
「・・・・・・すまん。センゴク、おまえにゃあ返す言葉もない」
ようやく振り返りガープはセンゴクに歩み寄ると、その足を押し潰していた巨大な瓦礫を拳で砕いた。立ち上がれない肩に手を貸し、白いコート同士が重なり合う。背で語られる正義もどこかくたびれていた。長く海にいすぎたのかもしれない。潮風が古傷に染み入り、沈黙の中、支えられているセンゴクがガープを見ずに口を開く。
「おまえが子育て下手なことぐらい、とっくの昔から知ってたに決まってるだろう。何年の付き合いだと思ってる」
声は染み渡り、ゆっくり、ゆっくりと、歩みは遅く、ふたりは戦場に背を向ける。ガープとセンゴク、互いに刻まれていたのは寂しげな、それでいてどこか満足げな、去りゆく者の横顔だった。ほろり、涙が零れる。時は移ろい、今完全に、ひとつの時代が終わりを告げた。
前をゆく新たな者の背中にて、古の兵はただ、静かに去りゆく。





好きにするが良い。我武者羅に生きるのが、若者に許された特権だ。
2009年10月3日