【「奇跡の名前」を読むにあたって】

この話は、「ONE PIECE」コミックス56巻以降のネタバレを含みます。
加えて「Dの一族」やら「空白の100年」やらに関する勝手な推測がなされていますので、そういったものが嫌な方は決してご覧にならないで下さい。何でも大丈夫という方のみお付き合いいただければ幸いです。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでも駄目だと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼


































それはまるで、太陽のような。生命が息吹く奇跡のような。





奇跡の名前





ケーキを用意してもらった。本来ならばクルー全員で切り分けるような、大きなホールケーキ。頼めばサンジはひとつ返事で請け負ってくれて、「ロビンちゃんのためならいくらでも!」といつものように目をハートにして語ってくれた。理由を尋ねられて答えれば、それはすぐに歪んでしまったけれども、完成したケーキはやはり美味しそうで、砂糖菓子の花々は舌だけでなく目まで楽しませてくれる。サウザンドサニー号のアクアリウムバーにて、ロビンはその大きなケーキにフォークを突き立てていた。試しに一口含んでみれば、程よい甘さが口の中に広がる。美味しい。素直にそう呟いて、ロビンはもう一度フォークを握り、今度は目一杯の量をその上に載せた。スポンジの間に挟まれているフルーツが、溢れんばかりに色鮮やかだ。
「ねぇ、ルフィ。あなたはどうしてポートガス・D・エースを兄と呼ぶの?」
「あぁ?」
テーブルの向かいに座っているルフィの視線は、目の前のケーキに釘付けだ。ロビンがフォークを左右に揺らせば、大きな目も一緒についてくる。食に貪欲な唇からは今にも涎が垂れそうで、ふふ、とロビンは微笑んだ。
「父親も母親も違うって、小さい頃から分かっていたんでしょう? それなのにどうしてあなたは彼を兄と呼ぶの?」
ぱか、とルフィの口が大きく開く。フォークに食いつこうとする彼から手を引いて、ケーキはまだ与えない。歯だけを噛み合わせることになったルフィは悔しそうに、悲しそうに眉根を下げる。唇を尖らせて、どうやら答えなければ食べさせてもらえないことに気づいたらしい。
「俺がエースを兄ちゃんって呼んだらいけないのか?」
「いいえ。だけど気になったから」
「エースはじーちゃんが連れてきたんだ。一緒に修行させるから、今日からおまえたちは兄弟だって言われてよ」
「それをそのまま受け入れたの?」
「おお。だってじーちゃんが連れてきたんだぞ? エースだって悪い奴じゃなかったし、俺も兄ちゃんがいたらいいなぁって思ってたしな」
あーん、と再び開いた口に、ロビンは今度はちゃんとケーキを入れてやった。あれだけたくさん掬ったはずなのに、ルフィの口と比べてみれば僅かの量に感じられてしまうから不思議だ。けれどルフィは舌鼓を打ち、サンジの料理の腕を誇らしげに褒めている。確かに、この広い「偉大なる航路」を探せど、あれだけの腕を持つ料理人はそうはいるまい。ロビンも同意しながら、二口目のケーキをフォークに載せた。
「あなたは世界的革命家、モンキー・D・ドラゴンの息子なのよね?」
「ああ、そうみてぇだ」
「会ったことはないの? 話に聞いていたことは?」
「どっちもねぇぞ。俺に父ちゃんがいるなんて思ってもいなかったしな」
「もう、亡くなっていると思っていたの?」
「そういうわけじゃねぇけどさ」
「寂しくはなかった? おじいさんとだって、ずっと一緒だったわけじゃないんでしょう?」
「別に、寂しかった覚えはねぇなぁ。村にはマキノだって村長だっていたしよ。エースも来たし、じーちゃんだってちゃんと連絡をくれた。シャンクスに会ってからは尚更だ。海の向こうにはシャンクスがいるんだから、寂しくなる理由なんかねぇだろ?」
ケーキに食いついてきたので、この質問に対するルフィの答えは以上なのだろう。ふと己の過去を思い起こして、ロビンは少しだけ目元を和らげた。ケーキの上のいちごをひとつ、左手で摘まんでルフィの唇に寄せてやる。いいのか、と瞳で問われて、微笑みながらその口に押し込んでやった。ケーキはすでに四分の一がなくなっている。
「ゴール・D・ロジャーが、お兄さんの父親だって知っていたのよね。だけどあなたは、ロジャーには憧れなかった。海賊王にはなりたいのに、不思議ね」
「不思議じゃねぇよ。ロジャーはそりゃすげぇと思うけど、俺はロジャーになりたいわけじゃねぇし。海は好きだ。シャンクスに会って、海賊になりてぇと本気で思った。だから、どうせなるなら海賊王になりてぇって思うのは当たり前のことだろ?」
「ふふ、そうね。私もあなたを海賊王にしたいわ。『偉大なる航路』の最果ての地、ラフテルまで一緒に行きましょう」
「おお! 必ず行くぞ!」
90度分のケーキを持って、大きく開かれた口に入れてやる。フォークを一度皿に置いて、ロビンは自分のために用意されていたコーヒーを手に取った。もぐもぐと頬を膨らませて咀嚼するルフィの鼻に生クリームがついていて、笑いながら指で拭い取ってやれば、伸びてきた赤い舌がそれすらも掬っていく。色気の欠片もない行為のくせに愛おしい。新たなカップにコーヒーを注ぎ、ミルクと砂糖を加えてから出してやる。礼を言ってルフィは一気に飲み干した。ポケットから紙を取り出して、ロビンはテーブルに広げる。
「何だ?」
「古代文字よ。読めるかしら?」
「読めねぇよ。ロビンはこんな絵みてぇのが読めんのか。すげぇな」
「『歴史の本文』は、すべてこの文字で記されている。その中でも『歴史を記した石碑』を繋げ合わせることで、『真の歴史の本文』を綴ることが出来る。そう、私は考えている」
「ふーん・・・?」
興味がないのではなく、単に学術的な分野に理解が及ばないのだろう。首を傾げるルフィにケーキを小さく一口差し出して引き付け、ロビンは話を続ける。
「今から約800年前に、世界政府が創られた。その前の100年間は『空白の100年』とされていて、一切の記録が残されていない。だけど私は・・・私たちオハラの学者は、その100年は現政府にとって都合の悪い歴史だからこそ記録から抹消されているのだと、そう考えているの」
「ん」
「『歴史の本文』によれば、巨大な王国の滅亡と共に、現政府が創られた。逆を返せば現政府が王国を滅ぼし、歴史に空白の期間を作った。『歴史の本文』は政府が調べることを禁止していることからも、巨大な王国、つまりは敗者によって作られたものである可能性が大きい」
「んん」
「そして私は」
そこまで語り、ロビンはふと口を噤んだ。真の意味で理解はしていないだろうが、きちんと話を聞いていたルフィは不思議そうに「どうした?」と聞いてくるけれども、ロビンは柔らかく微笑んで話の代わりにケーキを差し出した。条件反射でルフィは口を開け、生クリームとスポンジ、沢山のフルーツを吸収していく。あんなに大きかったホールケーキも、残すはフォーク一匙分になってしまった。ルフィの興味も外に向かい始めたらしく、先ほどからアクアリウムバーを囲む水槽に入ってきている、未知の魚介に目を輝かせている。きっと外ではウソップやチョッパーが釣りをしているのだろう。うずうずとしている様に、ロビンは最後の一口を差し出した。
「最後の質問よ、ルフィ」
「何だ?」
「あなたは『Dの一族』について、何か知っている?」
「いや、知らねぇ。俺も何で自分の名前にDが入ってんのか分かんねぇし」
「そう。ありがとう。長々と付き合わせてしまってごめんなさいね」
「気にすんなよ! ケーキ美味かったしな!」
ぺろりとあっという間に食べ終えて、ルフィは「俺も釣りしてくる!」と椅子を蹴って駆け出す。綺麗になくなってしまった皿にフォークを下ろし、ロビンは冷めたコーヒーを飲んだ。満足したかと言われれば微妙だが、そう簡単に何かを得られると期待していたわけではないので構わない。ルフィがルフィであるのなら、それ以外に必要なこともないだろう。調べるのは自分の本分。コーヒーを飲み干したところだった。
「ああ、そういや」
声がして顔を上げれば、とっくにバーを去ったと思っていたルフィがまだ扉のところにいた。取っ手を握り締めたまま首だけ振り返り、ロビンを見ている。
「昔、じーちゃんに言われたことがあった。『Dの名を持つ奴と出会ったら、そいつのことを覚えておけ』って」
どくん、とロビンの心臓が跳ねた。下ろしたコーヒーカップが大きな音を立てて、スプーンがソーサーから転げ落ちる。思わず椅子から立ち上がってしまった。問いかける声すら擦れ、鼓動が、早まる。
「おじいさんは、他には何て・・・!?」
「んー・・・小さい頃の話だからなぁ。あんまり覚えてねぇけど、多分」
にしし、と常のように、太陽のようにルフィは笑った。
「『Dの名を持つ者は、みんな家族だ。この名を捨てることは許されず、絶やすことも許されない。必ず未来に継がせていけ』ってさ」
だから俺、エースのことを兄ちゃんって呼んだんだった。からりと述べて、ルフィは今度こそアクアリウムバーを出て行った。ロビンはただ立ち尽くして、放られた言葉を必死に受け止める。何て容易く告げられた、それこそ大きな歴史の一部分。心臓が早って、ふらりと椅子に崩れてもなお立ち直れない。テーブルに肘を着いて、驚愕に溺れる思考を取り戻そうとするだけで精一杯だ。いつの間にか隣に来ていたフランキーが、腕を組んで頭の上から問うてくる。
「おい、ニコ・ロビン。何だ今の質問たちは?」
「・・・確かめたかった、それだけなのよ。私が追い求める、『空白の100年』。それはあなたが守ってきた古代兵器、プルトンにも繋がる」
はぁ、と吐き出す溜息が重い。ゆるりと顔を上げれば、フランキーはルフィの出て行った扉を見つめていた。互いに、とんでもない存在に着いてきているという自覚はあるのだ。ただそれが、ロビンにとってはつい先ほど大きく意味を違えてしまった。
「この世には、Dの姓を持つ者がいる。モンキー・D・ルフィ、ハグワール・D・サウロ、ゴール・D・ロジャー、ポートガス・D・エース、モンキー・D・ガープ、モンキー・D・ドラゴン、マーシャル・D・ティーチ。おそらく他にも、まだいるはず」
「それが何か問題でもあんのか?」
「ええ。私は彼らが『空白の100年』を埋める、大きな鍵だと思ってる」
ざわり、血が震える。全身が歴史に触れて感動している。ああ、と漏れた吐息は間違いなく歓喜だ。考古学者としての見解を、ロビンは己の口からはっきりと述べた。
「私は、800年前に滅亡した巨大な王国の末裔こそが、Dの一族だと考えている。彼らこそがきっと『真の歴史の本文』を託され、王国の思想を受け継いだ存在。・・・だからルフィが天竜人に喧嘩を売ったことは、とても自然な行為だったんだわ」
彼の祖先は天竜人と戦ったんだもの。ルフィは彼らと戦い、今度こそ勝利するために生まれたのかもしれない。
熱を持って語るロビンに視線を移し、フランキーは神妙に沈黙していたが、ふっと笑った。
「なるほどな。ってことは、古代兵器を作れる俺と、古代文字を解読できるおめぇ。このふたりが麦わらの下に集ったってのも、あながち偶然じゃねぇってことか」
「・・・まぁ、すべては私の推論でしかないけれど。あのルフィが運命に操られているようには見えないもの」
「違いねぇ」
フランキーと笑い合い、ロビンはそれでも目に見えない大きな力を感じずにはいられなかった。今まで考察しているだけだった歴史の、その真っ只中に自分がいる。そのことにようやく気がつき、身体が戦慄に震える。歴史は人の手で作られていく。自分もそれは、例外ではなかったのだ。人が生きてこそ、それが歴史となって積み重なる。
着いていこう。すべてを目に焼き付けるため、すべてを後世に伝えるため。生きていくのならやはり、ルフィの傍がいい。ニコ・ロビンとしても、考古学者としても、気持ちを新たにしてロビンは笑った。彼と一緒ならきっと、未来はどんな展望だろうと明るいに違いない。太陽みたい。そっと、彼女は囁いた。すべてが魅力的に作られているルフィは、ロビンにとってケーキよりも甘い存在なのだ。





こんな予想もまぁありかなぁ、と。
2009年9月6日