ルフィが戦場にやってきた。おいでませ、海軍VS白ひげ海賊団!





乱★入〜王下七武海編〜





小さな影と麦藁帽子を最初に見つけたのは、距離的に一番近い場所にいたゲッコー・モリアだった。思わず繰り出していたドッペルマンを掻き消して、その存在に指を差してしまう。
「てめぇ、麦わら! 何でこんなとこにいるんだ!? 俺ァ、さっさと新世界に行けって言っただろうが!」
「あ、ゲッコー・モリアじゃん。おまえこそこんなとこで何してんだ?」
「白ひげとの戦争のために召集されてんだよ。面倒くせぇけど、一応は王下七武海だからな」
「あーそっか。そういやおまえ、七武海だったんだよな。いやぁ忘れてた忘れてた!」
「忘れんな! ったく、これだからてめぇはよー・・・。ほら、さっさと寄り道なんかせずに新世界に向かえよ。今なら海軍もここに終結してっからな。シャボンディ諸島を抜けんのも楽勝だぞ」
「でも俺、そのシャボンディ諸島から来てんだよなぁ」
のっしのっしと巨体を揺らして、モリアはルフィに近づいていく。海軍を吹き飛ばして乱入してきたということは、ルフィがエース奪還のためにやってきたことは間違いない。そしてモリアは彼自身の言葉の通り、王下七武海の一角。つまりは海軍側の人間であり、ルフィとは敵対する立場であろうに、近しい距離で会話するこの仲良しな空気は一体なんだろう。マルコは思わず黄猿とやり合っていた手を止めてしまった。向こうは向こうで成り行きを見守っているのか、光の攻撃は飛んで来ない。んん、とルフィは腕を組んで麦藁帽子を傾ける。
「つーか俺、おまえのことぶっ飛ばしたよな? なのに何でおまえピンピンしてんだ?」
「フ、フフッフフフフフフ! なんだモリア、おまえこいつに負けたのかよ」
「うるせー、ドフラミンゴ。てめぇは黙ってろ」
近づいてきたピンクのふわふわに、モリアが顔を顰めて吐き捨てる。こちらはこちらで楽しげに戦闘していたドンキホーテ・ドフラミンゴが、これまた飄々とやってきては背を屈めてルフィの顔を覗き込む。
「おまえが『麦わらのルフィ』か? ベラミーを一撃で伸したんだってなぁ」
「俺は確かにルフィだけど、そんな奴知らねぇぞ?」
「フフフフフ! いいさ、負け犬の名なんか覚える価値もねぇからなぁ。噂通りイカれた餓鬼だ。俺の部下になれよ。一緒に新時代を興そうぜ?」
「ならねぇよ。俺は海賊王になるんだから」
「フフ、フフフフフ、ハハハハハハ! なるほど、こりゃあすげぇルーキーだ!」
背を反らして笑うドフラミンゴに、ルフィは先ほどとは違った角度に首を傾げる。果てさてどうしたものか、戦いは未だ続いていて可笑しくないはずなのに、王下七武海のふたりがその手を休めてしまっただけで、場が何故か学園の廊下に早変わりしている気がしなくもない。おまえたち、ちゃんと戦え。海軍大元帥であるセンゴクが、そう叱咤を飛ばそうとしたときだった。
「麦わら、ロロノアはどうした」
ジュラキュール・ミホーク、おまえもか。がっくりとセンゴクが肩を落とせば、その空気が海軍へと伝わってしまう。ええと、どうしたものか。武器を手にしたまま正義を背負った彼らは観客、舞台は間違いなく王下七武海三人と三億ベリーの賞金が懸かったルーキーのいる場所だ。愛刀の黒刀を鞘に収めるミホークに、ルフィは振り向いて答える。
「ゾロはいねぇ。どこに行ったかも分かんねぇ」
「分からないだと? おまえたちのことだ、仲間割れをしたわけでもあるまい。一体何があった」
「くまの奴がふっ飛ばしやがったんだ。そうだ、おい、くま! 俺の仲間を返せよ! くま、出て来ぉい!」
眉を顰めたミホークにつられるようにして怒りを思い出したルフィの背後、音もなく近づいていたバーソロミュー・くまによって足元は日陰となる。くまとモリアに挟まれてしまえば、小柄なルフィなど枯れ枝のようだ。否、マスコットキャラクターのようだと言った方が正しいだろう。見かけだけなら巨漢ふたりの方がマスコットだが、恐ろしさは肩書きだけで十分だ。仰ぎ見て拳を握ったルフィに、くまはそっと何かを差し出す。
「ん? 何だ、これ」
かさかさと音を立てる紙は、動かないからビブルカードではないのだろう。とりあえず開いてみるルフィの背後から、モリアとドフラミンゴ、ミホークが覗き込む。まるで教室で雑誌を開く高校生男子たちのようだと一部の白ひげ海賊団クルーは思ったが、慌ててその思考を追い払った。一応今は戦いの最中なのだ。すでに敵の大戦力うちの四人は任務を放棄しているが、一応、うん、多分。
「ゾロ、クライガナ島。ナミ、ウェザリア。ウソップ、ボーイン列島。・・・・・・何だ、これ?」
「おい麦わら、これ、おまえの仲間が飛ばされた場所じゃねぇのか?」
「本当か!? なぁ、くま! そうなのか!?」
こく、と無言で首を縦に振るくまは暴君のはずだ。しかしルフィは途端に目を輝かせたかと思うと、両手でがしっと肉球のついた手を握り締めて、ぷにゅぷにゅと揉み砕く。
「ありがとう! 何だ、くま、おまえいい奴だったんだなぁ! 誤解してて悪かった!」
「いや・・・的を得ている」
「これでまたみんなで冒険が出来るぞ! ああ、早くサニー号に戻りてぇなぁ! 魚人島にはジンベエが案内してくれるって言ってたし、レイリーのおっさん、コーティング終わってっかなぁ!」
「ほう、海侠のジンベエは生きていたのか」
「ああ。俺と一緒にインペルダウンを脱獄したから、もうすぐ来ると思うぞ? クロコダイルも一緒に」
「フフ、フフフフ! 楽しくなってきたじゃねぇか!」
楽しくなってきたのは、おまえたちだけだ。白ひげことエドワード・ニューゲートはそう思ったが、まぁ場の流れとしては悪くなっていないようなので口出しせずに見守る。エースの弟が何故王下七武海と仲良しなのかは知らないが、どう見てもこれは近所の兄ちゃんたちに構われているちびっ子の図だ。正真正銘の兄貴は処刑台の上で呆気に取られたまま、眼下の光景を眺めている。とりあえず今のうちに傷を負っている部下の手当てをしてやれ、と白ひげがナースたちに指示を出せば、それよりも魅惑的な存在が蛇と共に飛んできた。もちろん、件の豪華絢爛な舞台へだ。
「ルフィ!」
「おお、ハンコック!」
「ルフィ、ルフィ・・・そなた、よく無事で・・・! インペルダウンで騒動が起こったと聞いたとき、わらわは本当に生きた心地がしなかったぞ・・・! ああ、無事で何よりじゃ!」
「何だよ、泣くなよ。うまくやるって言っただろ?」
大粒の、真珠と見間違うほどに美しい涙が、はらはらと惜しげもなくハンコックの頬を流れていく。ずきゅーん、と摩訶不思議な音が起きたかと思うと、海軍も海賊も関係なく、多くの男たちがハートの矢で射られて動かぬ石へと変化していた。高慢な海賊女帝が感情を露に泣いているのだ。ルフィが笑って手を伸ばし涙を拭ってやれば、ハンコックは自らも石のように固まった後に、ぼっと頬を紅色に染め上げる。身をよじって恥ずかしがりながらも、抱擁から逃れようとはしない。それどころか強請るように浮かべられた微笑みは殊更に美しく、状況を正しく理解したモリアはにやにやと笑い、ドフラミンゴは口笛を鳴らし、ミホークは「見る目があるな」と呟き、くまは無言で同意する。どこの青春劇場だと、観客たちのいくつもの心の声が重なった。そしてようやく王下七武海の最後の一人、マーシャル・D・ティーチがルフィへと近づく。
「ゼハハハハ! 久し振りだな、麦わらぁ!」
「・・・・・・おまえ、誰だ?」
一瞬の邂逅では、それこそ記憶に残らないらしい。ざまぁみろ、と処刑台でエースが黒ひげを嘲笑い、ルフィは首を傾げたままだ。ティーチが二の句を告げるよりも先に、ようやく何のためにこんなところへやってきたのか思い出したのか、ルフィがぽんと己の手のひらを叩く。周囲を囲む王下七武海たちを見上げて、まっすぐに問うた。
「俺、エースを助けに来たんだ。邪魔すんなら戦うけど、おまえらは、俺の敵か?」
あっという間に引き戻される戦場に、けれど眩しい視線を受け止めた六人は唇を吊り上げる。先ほどまでの快楽に等しい暴力ではない、そこにあるのは純粋な戦意だと分かるからこそ笑うのだ。
「もう一度てめぇと戦うなんざ御免だ、御免」
「フフフフ! 楽しみは取っておくもんだろ?」
「おまえたちとは、新世界で会いたいからな」
「・・・二度も三度も、同じこと」
「わらわたちは、対白ひげのために集められただけ」
「ゼハハハハ! 今となっちゃ、おまえと戦う理由はねぇなぁ!」
「そっか! ならいいや!」
満面の笑みで応えて、ルフィは拳を突き上げる。向けられる先は処刑台のエース以外の何者でもなく、彼は大声で言い放つのだ。周囲に王下七武海を、まるで従者のように引き連れて。
「待ってろ、エース! 海軍をぶっ飛ばして、すぐに助けてやるからな!」
何だか麦わらの乱入だけで、大きく雰囲気が変わったぞ? これが三億ベリーの実力か。そんなことを考えてしまう海軍と白ひげ海賊団の、明日を担う勝敗は如何に!





ルフィ参戦のタイミングを考える、その2。七武海は学園生徒会でいけるんじゃね、と思った第555話。
2009年9月5日