「ゴムゴムのぉぉぉおおお・・・・・・バズーカァァァアアアっ!」





乱★入〜白ひげ編〜





黄猿が吹っ飛んだ。正しく、彼は左頬に拳を食らい、その細身の身体を吹っ飛ばしたのだ。海軍と白ひげ海賊団の入り混じる戦場で、海軍の「最高戦力」が地に伏される様は誰もを驚愕に落とすに十分だった。自然系の悪魔の身の能力者である黄猿には、大抵の攻撃は受け流される。けれど確かに彼は今、素手による攻撃を食らい、吹き飛んだのだ。殴り飛ばした影はそのままたたらを踏んで大地に着地し、戦塵に揺れる麦藁帽子を押さえる。つい、と顔を高く向け、ルフィは処刑台に捕らわれている兄の姿を確認した。
「よし。エースはまだ生きてんな」
少年期の幼さを残している横顔を、白ひげは目を瞠って見上げた。片膝を着き、手は未だ武器を放してはいなかったけれども、それでもこの子供が飛び込んで来なければ黄猿の一撃を食らうことは免れなかった。光による攻撃の重さがどんなものか知っている。だからこそ遠目のエースも、戦っている途中のマルコやジョズも、誰もが「親父!」と叫び喚いた瞬間に現れた影。話には聞いていた。これが、この子供が。白ひげは、ついに果たされた邂逅に場を忘れた。
「おっさん、大丈夫か?」
くるりと振り向く、その頭上で麦藁帽子が揺れる。懐かしい時代を思い起こさせる、新たな風。処刑台上のエースの、ほっと緩んだ肩が見えた。
「小僧・・・貴様、何者だ・・・?」
「俺はモンキー・D・ルフィ。海賊王になる男だ」
当然のように返される言葉は、それこそ場を選ばない。誰より海賊王に近いとされている白ひげを前に、海賊を根絶やしにすることを使命としている海軍を前に、憚ることなく夢を告げる。モンキー・D・ルフィ。エースの弟。革命家ドラゴンの息子。シャンクスの焦がれ待つ、新時代。に、と歯を見せて笑えば更に幼く見える。ぐるりと筋肉の薄い腕を回して、楽しげに戦場を見渡した後、大きくはない拳を鳴らす。
「なぁ、おっさん。あいつは俺にやらせてくれよ」
「あぁ・・・? 小僧、おまえがあいつに勝てるとでも思ってんのか? 腐っても海軍大将だぞ」
「分かってる。だけど、あいつには仲間がやられてんだ。ぶちのめさなきゃ治まらねぇ」
山を築いていた瓦礫が、小さな音を立てて崩れる。手のひらが壁を退かし、ひび割れたサングラスが現れる。ストライプのスーツはところどころ破れており、本来ならば傷のつかない顔にもうっすらと血が滲んでいる。ぱんぱん、と埃を払う黄猿から、ルフィも白ひげも視線を外さない。
「おっさんはエースを頼む」
「・・・勝てるんだろうな。手は貸してやらねぇぞ」
「分かんねぇ。でも、あいつは必ずぶっ飛ばす」
「十分だ。兄貴の方は任せとけ」
「おお、任せた!」
にしし、と嬉しそうな表情は本当に子供のそれでしかない。話に聞いていたよりもずっと幼く、そして恐るべき度量の広さだ。祖父と孫ほども年齢が離れているだろうに、肩を並べて背を預け合える、そんな感覚さえ抱かせる。白ひげにとってクルーは家族だ。息子であり、成長を見守り、庇護すべき存在でもある。だが、この子供は違う。この子供は、この男は、確かに己と同等の海賊なのだ。ぞくりとする久し振りの脅威に、白ひげの内を笑いが込み上げてくる。
「グララララ・・・! いくぞ、馬鹿息子ども! 白ひげ海賊団の本気を見せてやれ!」
立ち上がり、武器を掲げればそこかしこで歓声が沸き上がる。倒れていく仲間たちに悲痛な表情を浮かべていたエースの瞳に、ほんの僅かな希望が点る。それは己やクルーたちだけでなく、弟の存在が理由でもあるのだろう。出来の悪い弟だと口にしつつも、雁字搦めなエースにとって、奔放なルフィはいつだって憧れだったに違いない。だからこそその弟の活躍が、エースに未来を照らし出す。武器を一閃し、白ひげは目の前の敵を打ち払った。新しい時代は本当に、すぐそこまで来ているのだ。
「あ〜・・・痛いねぇ・・・。殴られるなんて、本当に何年振りかねぇ・・・」
立ち上がった黄猿に対し、ルフィも拳を構える。笑みは未だ絶やされていなかったが、醸し出される威圧に同じ海軍の面子さえもじわりじわりと黄猿から離れ始める。入り乱れる戦場の中、ぽかりとふたりの間に空間が生まれる。
「シャボンディ諸島じゃ、わっしに触れることも出来なかったのに・・・。おっかしいねぇ・・・。何したんだい?」
「何もしてねぇよ。ただ殴っただけだ」
「覇気の使い方も知らなかったのにねぇ・・・」
「コントロールなんか出来ねぇ。だけど、そういうやり方があるのは知った。だから使えると思った」
「まったく、子供の成長は早い・・・。わっしも年を取るもんだ」
でも、まだまだ若いもんには負けられないねぇ。言葉よりも速く光が走り、身を反らして避けたルフィの背後で山がひとつ塵となる。飛び込まれた懐から文字通り伸びてきた拳は、またしても確かに黄猿の顎を揺らした。最高戦力を前に一歩も譲らない背中で、麦藁帽子が誇り高く謳っている。
「勝つのは俺だ!」
高らかな澄んだ宣誓に、白ひげも同意して笑った。戦いは混迷の中にあるけれども、勝利は必ず手に入れてやる。奪う権利は海賊に与えられた、唯一無二の特権なのだから。





ルフィ参戦のタイミングを考える、その1。白ひげさんのピンチ、オプション覇気。
2009年9月5日