【「地獄の底より下剋上」を読むにあたって】

この話は、白ひげ海賊団VS海軍の戦いが終わった後のお話です。相変わらず勝手な捏造が満載です。
加えて、先人たち(超新星より以前に海に出ている海賊さんたち)に対し、いささか失礼な物言いが含まれておりますので、以上が受け入れられない方は、決してご覧にならないで下さい。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでも駄目だと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼


































「クウウウウウゥゥゥマアアアアアァァァァ!!」
不可思議な叫び声がドップラー効果を伴って近づいてきたかと思うと、ローの広げていた新聞が消えた。代わりにテーブルに突っ込んできたのは白くふわふわな部下の毛皮と、少し古びた麦藁帽子。視線を移せば海原の遠い彼方に、一隻の船が点のように見えている。あそこからゴムの能力で飛んできたとするのなら、さぞかしこいつのクルーは苦労していることだろう。同じく船長の肩書きを持つ自身のことは棚に上げ、ローは吹き飛ばされた新聞を拾い上げた。





地獄の底より下剋上





ひとしきりベポを構い倒して満足したのか、ルフィはローの座っているテーブルまで来ると断りもなく対面につく。大きなパラソルが甲板の上に日陰を作り、ローだけでなくルフィをも太陽から隠し込んだ。遠慮なくテーブルのグラスに手を伸ばすと、中身が空なのに気づきルフィは「うぇ」と残念そうな声を上げた。さっさと興味を移動させ、今度は麦藁帽子を傾けながら新聞の裏面を見つめてくる。
「ローも新聞読むんだな」
「おまえは読まないのか、麦わら屋」
「や、読んだ方がいいって最近いろんな奴に言われてんだけどよ。どうも文字を追ってると眠くなっちまうんだよなぁ」
「誰かに読んでもらえばいいだろう」
「ロビンに頼んでみたけど、二分で寝た」
「睡眠学習の効果は?」
「さっぱりだ! ロビンはちゃんと全部読んでくれたみてぇなんだけどな」
うーん、と更に首を傾げるルフィが、このハートの海賊団に出入りするようになったのはごく最近のことだ。どうやらベポを気に入ったらしく、遠くからでも白いもこもこを見つければ「クマァ!」と叫んで飛んでくる。最初は殴り込みかと身構えていたハートの海賊団のクルーたちも、今では「何だ、麦わらか」と姿を見止めればそれで終わりだ。害意のないことが分かっているし、それについ先日、ルフィの懸賞金額は四億ベリーを超えた。ルーキーでなくとも有り得ないその額は、鉄壁と言われていた大監獄・インペルダウンへの侵入と脱走を成功させ、更にその後の戦闘で海軍大将のひとり、黄猿を打ち破ったことに因る。もちろんそのようなレッテルに惑わされるわけではないが、無駄な戦いは避けようと思うのが人の常。ローもルフィを殊更警戒するわけでもなく、シャボンディ諸島での邂逅からこっち、同じルーキーと評される者同士、仲良しとはいかないが顔見知りくらいの関係は築いていた。
「エースの事件、まだ載ってんだな。あれ結構前のことじゃねぇか」
首を傾げすぎた余り、麦藁帽子がテーブルについている。追いやられて落ちそうになっているグラスを掴み、正反対の場所へ移動させて新聞を折り畳む。一面は先に起こった白ひげ海賊団と海軍の総力戦について綴られており、写真はその戦いの引き金となったポートガス・D・エースのものだ。兄弟だと知らされたときは、なるほど、とローも納得したものだ。ルフィは無茶や無謀ばかりを繰り返しているように見えるが、その中には必ず一本の芯が通っている。強固なそれが、彼を四億の首へと押し上げたのだ。
「一ヶ月じゃそうでもねぇだろ。最近は目立つニュースもねぇしな」
「白ひげのおっさんのとこ、すげぇよなー。1600人も仲間がいるんだってよ。船もいっぱい持ってたしな」
「クルーは量より質だ。無駄に多ければ統制も取れなくなって、黒ひげみたいな奴が出てくる。今回のことは自業自得だったな」
「ひでぇなぁ、おまえ。まぁ仲間は欲しい奴がいれば十分だもんな!」
ししし、と笑うルフィの背後には、先程よりもほんの僅かに大きくなっているサウザンドサニー号の姿がある。こちとら親切ではないので船のスピードを落としてやりはしないが、それでも性能は向こうが勝っているのだろう。かの有名な造船会社・ガレーラカンパニーの腕利き職人によって作られたと聞いているし、航海士の実力は見事なもの。それにしても毎回毎回キャプテンを迎えに来なくてはならない麦わら一味の苦労はどんなものかとローは考えて、止めた。気の毒なのは彼らであって、自分ではないのだから。
「エースのために、すげぇ数の海賊が動いたんだな。魚人とか・・・シャンクスも動いたって書いてある。やっぱすげぇや、エースは」
「勘違いするな、麦わら屋。これは白ひげ屋のネームバリューであって、おまえの兄がしたことじゃない」
「そうだけどよー。それほどすげぇ白ひげのおっさんが、エースのために動くのがすげぇんじゃねぇか」
「白ひげ屋は仲間の死を許さない。それだけのことだ」
そもそも単独で動き、兄を救うために大監獄まで乗り込んだ張本人が一体何を言っているのか。確かにエースの救出、ひいては白ひげと海軍の戦いに、表裏関係なく多くの輩が動いたのは事実だが、その筆頭は間違いなく「麦わらのルフィ」だということを本人は自覚していないらしい。小さな文字を追って目が疲れたのか、ルフィは瞼を擦ってテーブルに転がる。
「俺が捕まったら、誰か助けに来てくれんだろうなぁ」
背後に着々と迫るサウザンドサニー号の姿など見えていないだろうに、ルフィは笑う。
「まぁ、ゾロたちは絶対に来てくれるけどな!」
「おまえの兄も来るだろう」
「エースは来ねぇよ。俺と違って馬鹿じゃねぇし、エースは船長じゃねぇからな。白ひげのおっさんの進路をエースには決められねぇ」
あっさりと言ってのける様は、情に流されないというよりも真逆なのだろう。自分が兄を助けることと、兄が自分を助けることは同位ではないと考えているのだ。己を確固と築いているからこそ、他からの行為に依存しない。こういうときにふと、ローは目の前の男が四億の首なのだということを思い出す。海軍のつける額など馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、確かに見合っていないこともないのだ。この男を追いかけるのは骨の折れることに違いない。本人は計算などまったくしていないのだから余計にだ。だが、だからこそ相手をしてやろうという気にもなる。
「俺からしてみれば、今回の戦いは白ひげ屋にとって上手くいきすぎた。海賊団はともかく、白ひげ屋はもう終わりだな」
「何でだ?」
「歳を取り過ぎた。噂に聞くほどの力を感じられねぇ」
「まぁ確かに、白ひげのおっさんも歳だからなぁ」
丸い目に同意を浮かべるルフィに対し、ローは手の甲で新聞の写真を叩いてみせた。恐れるに足らず。それは大火を傍観に徹し、冷静に「診断」したローの得た結果だった。
「白ひげ屋だけじゃねぇ。王下七武海も、四皇もたかが知れた。そもそも海賊王が死んで二十年以上経つのに、まだ『ひとつなぎの大秘宝』を見つけられてないってのが雄弁な証拠だろう。それだけ探して見つからねぇんじゃ、そいつに運がないんだ。諦めた方がいい」
「シャンクスを馬鹿にすんな!」
「馬鹿にしてねェよ。評価してんだ」
「そうか? そうか。ならいいや」
首を傾げながら頷くルフィも、受け流すローも、「偉大なる航路」に踏み入って久しいが、まだ一年という時は経過していない。それでも半分まで辿り着けているのだから、残りがどんなに険しかろうと二十年はかからないはずだ。それなのにまだ誰も「ひとつなぎの大秘宝」を見つけるに到っていないのは、先人が怠慢だからだろう。本気で探さず、適当に「新世界」に蔓延っているのなら、それはもはや老害だ。
「『ひとつなぎの大秘宝』を諦めたにしろ、他に理由があるにしろ、自分で掴むのを止めたのなら白ひげ屋も終わりだ。奴らに引導を渡すために、俺たちルーキーが十一人も揃ったのかもな」
「シャンクスは譲んねェぞ!? シャンクスは俺が倒すんだから邪魔すんな!」
「恩人とか言ってなかったか?」
「恩人でも、海で会えば敵の海賊だ! 俺はシャンクスが好きだから、シャンクスは俺が超える!」
「好きにしろ。執着を邪魔するほど野暮じゃねぇ」
「約束だぞ! 邪魔すんならおまえから倒してやるからな!」
拳を握り、声を大にして訴えてくるルフィにローは軽く手を振ってやる。口にして、初めてそれが真実であるかのような感覚が落ちてきた。世代交代の時がやってきている。古き海賊たちを一掃し、新たな時代を築くために自分たちがやってきた。シャボンディ諸島にて十一人もの億超えルーキーが揃ったのも、天竜人がその場にいたのも、海軍大将を招きよせたのも、すべてが予定されていた道のようにさえ感じる。作られたレールの上を走るなんて気色悪いが、今回ばかりは話が別だ。それにどう考えても、目の前の男が敷かれた道を走るわけなんてないのだから。そしてそれは、トラファルガー・ローという人間も同じ。
「ライターで火傷するなんざ馬鹿のすることだが、最高の祭りには焼死してでも参加する価値がある」
「ん?」
「麦わら屋、おまえがインペルダウンに囚われたときは、俺が迎えに行ってやるよ。ユースタス屋の首根っこを引っ掴んで、ルーキー共で奇襲を仕掛けてやる。そのときが新時代の幕開けだ」
「んー・・・俺が捕まるって、何かひでぇ前提だなぁ」
でもまぁいっか、楽しみに待ってんぞ、とルフィは笑う。テーブルに肘を着き、ローも手のひらに顎を乗せた。波の音が一際響く。サウザンドサニー号が近づいてくる。二人の能力者がいる。どちらの首にも賞金がかかっており、ルーキーと呼ばれる人間が十一人、確かに「新世界」に存在している。ルフィが笑う。ローも唇の端を浮かせた。
すぐそこまで来ている、時の足音が聞こえる。

素晴らしいスピードで追いついてきた船から乗り移ってきたのは、般若のような顔の航海士と、髪の毛だけが生気を放っている骸骨だった。航海士は麦藁帽子の上からルフィを殴ったかと思うと、甲板の上に見事転がす。一方では骸骨がベポに籠に入った何かを手渡しており、きっと麦わらの一味のコックが作った菓子だろう。ローはたまに相伴に預かるそれが好きだ。ハートの海賊団のクルーに生温かい目で見送られながら、ルフィが航海士に頬を抓られるまま引っ張られていく。子供にしか見えない様に、ローはわざとらしくゆったりと椅子に腰掛けたまま手を振ってやった。
「じゃあな、麦わら屋」
「おお! 次はインペルダウンでな!」
「何縁起でもないこと言ってんのよ、あんたはっ!」
ぼか、という音がしてまたルフィが甲板に沈む。今度こそ動かなくなった身体を引っ張り、航海士は自分たちの船へと帰っていった。骸骨が丁寧に挨拶を述べて、ふわりと身軽に空を飛ぶ。動き出したサウザンドサニー号の進む先はローたちの進路とは異なり、けれどいずれまた合流する日が来るのだろう。目指すものが同じなら、行き着く先も同じなのだから。
新たな時代が始まる。歴史が刻まれる。伝説として語られる世界が、今分かたれていく二隻の船の間から、嵐よりも激しいうねりとなって巻き起こるのだ。
悪くねぇな、とローは暫時の友人に背を向けた。頬を撫でる潮風は、いつだって彼らに優しい。





挑んで来い、若人たちよ。
2009年8月29日