ぬらりひょんの孫、祝★アニメ化! ・・・・・・でもね、でもね。





「一番の問題は、『僕の出番がどれだけあるのか』ってことだよね」
ふう、と悩ましげな溜息を吐き出して、リクオは薄い肩を竦める。満開に花開く桜の枝に腰掛けている姿を、夜若――名がないので便宜上となるが、夜だけ出てくることを許される、奴良リクオの「妖怪」の部分である彼は見上げた。
おそらく精神世界なのだろう。互いが同時に存在することの出来る唯一のこの場所は、常に闇と桜に満ちている。薄紅の花びらに囲まれているリクオに、地上の夜若の手は届かない。
「一話完結のコメディ展開が続くなら、基本は僕で、美味しいところは某ご隠居の印籠のごとく君がさらっていくことになるんだろうけど、バトル展開になったら出番の量は逆転だよね。あーあ、嫌になっちゃうな」
「何言ってんだ。主人公はおまえだろ?」
「それ、昨今のジャンプを踏まえてもう一度言ってくれる? 出番がなくて暇すぎて、僕もうご隠居様の再放送も見飽きてきてるんだけど」
ふう、と再度溜息をついて、瞼をおろす顔は幼い。頬にはまだ丸みが残っており、あどけない雰囲気を持っているのに、その唇が放つ言葉は辛辣だ。否、リクオは夜若に対してのみ辛辣なのだ。
例えば祖父であるぬらりひょんに対するとき、リクオは常に信頼を湛えている。例えば昔から周囲にいるつららや首無に対するとき、リクオは常に親愛を浮かべている。例えばクラスメイトのカナや清継に対するとき、リクオは常に友情をあらわにしている。リクオが不の感情を示すことは滅多にない。言葉は悪いが、八方美人という表現がこれ以上に相応しい輩はいないと夜若は思う。
けれどそんなリクオは、己の半身であるはずの夜若に対するとき、常に棘をまとって言葉を投げ与える。己の半身であればこそ、かもしれないが。夜若にはそれが少し、辛い。
「別にいいけどね。戦闘では僕よりも君の方が圧倒的に優れているし、君が強くなれば、その分僕の大切な人も守れるわけだから。納得はしてるよ」
でも、とリクオがゆっくりと目を開く。眼鏡の硝子一枚を介して、見下ろしてくる様は到底子供ではない。ぞわりと夜若の背を駆け抜ける。これは、畏だ。
「僕を名乗って戦う以上、負けることは許さない。命を懸けることは構わないけれど、そうするからには絶対に勝ってもらうよ。君の敗北は、僕の大切な人が傷つくこととイコールだ。それだけは忘れないで」
「・・・あぁ。約束する。おまえの大切な奴らは、必ず俺が守ってみせる」
「情けなくて嫌になるよ。いっそ昼も夜も存在しなければいいのに」
枝の上でリクオが立ち上がる。ざぁっと風が吹き、花びらが嵐のように散り、夜若は反射的に腕で己を庇った。
「カナちゃんに会いたいな。花開院さんも無茶してなければいいけど。じいちゃんも、母さんも、僕を忘れないでいてくれるかな」
「っ・・・忘れるわけねぇだろ! 誰が忘れても、俺がおまえを忘れねぇ!」
「言ってくれるじゃないか。でも、それは当然だよね? だって君は僕で、僕は僕なんだから。君は僕がいなければ存在できない」
温かい何かが、夜若の頬を撫でる。指先か、それとも花びらか、目を開いて確認したかったけれども風が激しすぎてそれも敵わない。リクオの気配が遠ざかる。寂しさだけを残して、月の影に消えるのだ。
「君が誰かに負けたとき、僕は夜を破って現れる。それまでは出番を譲ってあげるよ」
「リクオ・・・!」
「ほら、みんなが呼んでいるよ。――いってらっしゃい、『リクオ』」
とん、と胸を押されて意識が急速に浮上する。最後、必死に目を開いた世界の中で、リクオは桜に包まれるようにして立っていた。表情は分からない。けれど弧を描く唇が泣きそうに見えて、夜若は手を伸ばす。指先は闇によって遮られ、拒絶された。意識ある瞼を、夜若は開く。
「あ! おはようございます、リクオ様!」
笑うつららや、周囲を囲んでくる首無をはじめとした仲間たちに、夜若は唇を噛んだ。リクオはまだあの闇の中で、ひとり、己自身と戦っているのだ。





2010年ハルコミ無料配布ペーパーより。
2010年5月23日