ヒグチさんの名前は「匪口」で代用しています。





勇気とは未知のものに挑戦する気概である。





「・・・・・・桂木、今、何て言った?」
事務所のソファーでシャーペン片手に宿題をやってたら、向かいでパソコンを叩いていた匪口さんが聞いてきた。
「え? わたし、何か言ってました?」
「言ってた。宿題やってんのかと思ったら別のこと考えてたろ」
「え、いや、あははははは」
笑ってごまかしてみるけど、匪口さんはごまかされてくれない。
HALの事件で警察をクビになった匪口さんは、それ以来この事務所に入り浸って半従業員みたいになっている。まぁパソコンはすごいみたいだし、宿題も教えてくれるし、それに何よりネウロが魔人だってことを黙っててくれてるからいいんだけれど。
そういえばネウロ。そうだ、ネウロのこと考えてたんだっけ。今はどっかに行ってるみたいだけど、一体どこ行ってるんだろう。また厄介なことを持ち帰って来なければいいんだけどなぁ。
「別に、ネウロはどこ行ってるんだろうなって考えてただけですよ」
「あーやっぱ俺の聞き間違いじゃなかったっぽい。それで、思考の続きは?」
「えーと、ネウロはどこ行ってるんだろうなって思って」
何を考えていたんだっけ。シャーペンをくるりと回して首を傾げる。この問題分かんない。後で匪口さんに教えてもらおう。
「あいつのことだから、どうせ謎でも探しに行ってるんだろうと思って」
「うん」
「もうすぐテストだから事件なんかに首突っ込みたくないなーって」
「うん」
「テストは嫌だけど、終わったら『行列の出来る和食バイキング』に行こうって決めて、それを励みに乗り越えようと」
「うん」
「和食っていったら、やっぱり白いご飯にお味噌汁、お魚と卵焼きと海苔に梅干しだよねーって思って」
「うん」
「最初に納豆を食べた人はすごいと思うんですよ。腐った豆なんて普通食べないじゃないですか」
「桂木なら食べそうだけどね」
「食べませんよ! そりゃ、ネウロに生ゴミを食べろって言われたことはあるけど。とにかく私、納豆を最初に食べた人を尊敬してるんです。あんなに糸を引いてるのに美味しいなんて」
「うん」
「でもよく考えたら全部そうなんですよね。梅を漬物にした人だって、海草を乾かした人だって、味噌をお湯に溶かした人だって、米を炊いて柔らかくした人だって、みんな世紀の発見ですよ」
「うん」
「そもそも生きてる動物や魚を殺して食べたこと自体がすごいなぁって思うんです。しかもそれがこんなにいろんな料理に出来て、しかも美味しいなんて」
「うん」
「昔の人は勇気があったんだなぁって思って」
「うん、だから?」
「うん、だから」

「魔人も食べたら美味しいのかなぁって」

ゲテモノこそ美味しいものは多いし、それならきっとネウロも美味しいんじゃないかなぁって思って。そう言ったら、何故か匪口さんは微妙な顔をした。その後ろでいつの間にか帰ってきていたネウロも微妙な顔をしていて、それが妙に珍しかった。
あーあ、テスト嫌だなぁ。





食欲魔人、食用に望まれる。
2006年10月6日(2006年11月4日mixiより再録)