いつからだろう。
自分の中にいるモノの存在をこんなにも近く感じるようになったのは。
いつからだろう。
自分の中にいるモノの存在がこんなにも自分を癒してくれるようになったのは。
いつからだろう。

自分が、紛れもない九尾なのだと思うようになったのは。





胡蝶の夢





『火影にはなれないかもしれない』
そう言ったら、目の前の相手はひどく泣きそうな顔をして。
次いで腕を引かれ、一瞬で抱きしめられた。
抱擁に慣れない体が無意識のうちに反応してビクリと震える。
相手もそれに気づいて、だからこそ一層強く抱きしめられた。
「・・・・・・苦しいってば、綱手のばぁちゃん」
「だったらもう二度とそんなことを言うな」
いつもは「ばぁちゃん」なんて言ったらすぐに殴られるのに。
今はただ、寂しそうな声が返されるだけ。
柔らかい身体の向こうに、実質的な師匠である自来也の姿が見えて。
彼もまた寂しそうに笑っているから、自分はそんなに悪いことを言ったのだろうかとナルトは首を傾げる。
そんな様子に二人はますます悲しそうに笑い、抱く腕を強めた。



いつからだろう。
痛いだなんて、思えなくなったのは。



自分の頬を包む綱手の手が温かくて、でも見つめてくる瞳が悲しそうで。
視線を逸らすことは出来ずに、ただただナルトはその目を見つめる。
綱手はゆっくりと、静かに口を開いた。
「・・・・・・この里を滅ぼしたいか?」
予期していなかった質問にナルトは目を丸くして首を振る。
「ううん。だってこの里にはみんながいる」
「じゃあ忍でいることが辛いか?」
「ううん。だってそれは覚悟してたことだから」
「じゃあ」
「綱手のばぁちゃん」
いつまでも続きそうな言葉を遮った。そんなに挙げられるような不幸などないから。
ナルトは笑顔を浮かべようとして浮かべながら、言葉を続ける。
この場にいる綱手と自来也。
胸に浮かぶ大切な人達を思いながら。
自然と、笑って。

「俺、幸せだよ」

好きな人がいる。いっぱいいる。
イルカ先生。
サスケ、サクラちゃん、カカシ先生。
ヒナタにキバとシノ。
シカマルとチョージ、それにいの。
ネジやリー、テンテンもだし。
死んじゃった人もいれればもっともっといっぱいいる。
だから幸せ。
もちろん綱手のばぁちゃんもエロ仙人も好き。
だから幸せ。

中忍試験には受からなかったけど、でも強くなってるのを自分でも感じる。
任務はつまらないもの多いけど、でもそれも必要なこと。
里の人には冷たい目で見られるけど、優しくしてくれる人もちょっとずつだけど増えてきた。
だから幸せ。
だけどやっぱり。



「俺、九尾だから」



いつからだろう。
大切な人を守るためになら、何してもいいと思うようになったのは。



ときどき感じる、自分の中のモノ。
大きくて熱い。でも温かくて穏やか。
まるで父さんみたい。まるで母さんみたい。
よく判らないけど大切。
いるのが自然。いないのは何か変。
ときどきちょっと怖くもなるけれど、でも優しいから好き。
でもやっぱり、これってイケナイことなんでしょ?



九尾の存在を、愛しいと思ってしまうなんて。



目の前で不器用に笑う子供。
綱手と自来也は知っていた。この子供が不器用に笑う度に、うすい殻が築かれていくことを。
だんだんと輪郭がぼやけていく。
ナルトは強くなっている。それは里の人間たちが恐れる程に。
九尾の存在に怯える彼らは知ろうともしない。本当の被害者は誰なのか。
誰のおかげで、自分たちが今生きているのか。
愚かな彼らは知ろうともしない。
小さな子供も知ろうとはしない。
自分は本当なら、里の誰からも愛される子供になったはずなのに。
何が何処で間違ってしまったのか。
誰も知らない。



再度ナルトを抱きしめる綱手の背後から視線を合わせて、自来也が問う。
その目には寂しさと、そして愛しさが溢れていて。
「のぅ、ナルト。砂の里に行ってみるか?」
「砂の里?我愛羅のとこ?」
「あぁ、そうじゃ。あっちからも要請が来とっての。風の国再建のために人を貸してほしいらしい」
突然ふってきた話にナルトは首を傾げる。
「でも俺、いちおう忍だってばよ?」
「砂の里の人員も足りないらしいしのぅ。それにおまえも知り合いがおる方が気楽だろう?」
「そりゃそうだけど。でも任務」
「もちろんそうなりゃ長期任務って扱いになるしの。気にするな」
スリーマンセル、サクラちゃんやカカシ先生と離れるのは寂しい。ついでにサスケも。
でも、でも今は。
「・・・・・・うん、行く」



一緒にいることの方が、辛いから。



砂の里の了解はすぐに取られた。
こんな下忍をたった一人。戦力になんて全然ならないのに。
でもその考えは違った。少なくとも砂の里では。
不安定な異分子を抱えるのは木の葉も砂も一緒だから。
暴走したときに止められない。止めるには同じ存在しかいない。
そんな考えと共に、我愛羅が望んだのだ。
『アイツを、傍に』――――――と。

自分の苦しみは他の誰にも判らない。
せめて、出来るだけ近くに。



「必ず帰って来い。おまえは木の葉の忍なのだから」
夜明けの鳥さえもまだ起きていない里外れで、綱手に抱きしめられて言われた。
小さな背に背負う小さな荷物。大好きな先生にも仲間にも、誰にも言わずに家を出た。
「アタシは、おまえ以外に火影の座を譲る気はない」
勝手だと言ったら、勝手でどこが悪いと言われて思わず笑う。
柔らかい抱擁とは、しばらくお別れ。
「絶対に負けるんじゃないよ、ナルト」
見送られて、里を出た。



いつからだろう。
本当にいつからだろう。
でも、最初から知らなかったのかもしれない。



自分は一体、何なのか



・・・・・・そんなのきっと、誰も知らない。





2003年11月10日