(注意)
ツッキーが生まれつき女の子です。それでもよそろしければどうぞー!






君の隣が僕の幸せ





家が近くて、同じ歳で、両親同士が仲良くて、小学校が一緒で、中学校が一緒で、高校まで一緒になった。世間でいうところの幼馴染なのだろう。少なくとも山口はそう思っているし、月島だって同じように考えてくれているはずだ。でもどうやら、周囲はそう思ってくれないらしい。
「山口、月島の幼馴染ってマジ? あんな美人の隣とかよく歩けるな」
中学では同級生男子に散々そう言われたものだ。それも仕方ないかな、と山口は少し寂しいけれども納得している。何たって、山口の幼馴染である月島蛍ときたら、そりゃあ同じ学年の男子が一度は憧れる美人だからだ。背が高くて、モデルのようにスタイルが良くて、足なんか本当に細くて、でも触り心地が良さそうで。小さな顔はこれまたお人形のように整っていて、睫毛は長いし量が多いし、唇はぷるんと瑞々しいピンクだ。長い髪は天然のウェーブを描いていて、眼鏡をかけているのがまた良いという意見が多い。口を開けば少し冷ややかな印象を与えるけれども、そんなものは帳消しに出来るほどに月島はハイスペックだ。勉強も運動も学年トップクラスで、教師の受けだって悪くなくて、そうなると逆に同性の女子に嫌われそうなものだが、月島自身が男に媚びない性格のためか、どうにか問題にはならなかった。その理由の一端を、クッション材である山口が担っていたことを、彼自身は知らない。
「ツッキー、これ、三組のやつから預かったんだけど」
名前と携帯電話の番号、メールアドレスの書いてある紙を差し出せば、月島は綺麗な顔立ちをあからさまに歪めた。ああ、ごめん、ツッキー。山口は慌てる。
「・・・僕がそういうの嫌いだって、山口、知ってるよね」
「う、うん。ごめん、ツッキー。俺、そいつに教科書借りたことあるから断り切れなくて」
「じゃあ今度からは日向か王様に借りて。あと、それも断っといて」
「うん、分かった」
つん、と形の良い顎を反らして、月島が前を向く。自分で差し出したメモだけれど、受け取られなくてほっとしたのは山口だけの秘密だ。月島のことが好きで、一緒にいたくて、受験勉強を頑張って同じ高校に合格して、そして今も同じバレー部に入ってこうして一緒に帰宅しているけれども、関係性は変わらない。山口と月島は幼馴染で、それは十六歳になっても変わらなくて、けれどやっぱり周囲からはそう見てもらえないのだ。
「・・・俺、ツッキー離れした方がいいのかなぁ」
山口は思わず呟いてしまった。実は、中学のときから考えていたことだった。幼馴染ってマジ、と聞かれる度に、おまえは月島に相応しくないと言われているようで、山口は哀しかったのだ。確かに月島は美人で、勉強も運動も良く出来て、山口の誇る幼馴染だ。世界にだって自慢できる。けれど反対に自分は格好良いわけじゃないし、勉強も運動も平均で、特別秀でたところのないただの男子高校生だ。月島にしてみれば、家が近くて親同士が仲が良いから一緒にいる、くらいの認識かもしれない。
「・・・誰かに何か言われたの」
知らず俯いていた山口は、耳に飛び込んできた冷ややかな声に慌てて顔を上げる。数歩先を行っていた月島が振り向き、山口のことを見ていた。スーパーモデルみたいに背の高い月島は、山口とほとんど目線が変わらない。高校に入ってようやく二センチメートル、山口の背が勝ったくらいだ。
「そ、そんなんじゃないけど! でもツッキーは美人だし、可愛いし、綺麗だし、俺なんかが傍にいていいのかなって」
「馬鹿じゃないの。傍にいていいとか悪いとか、意味分かんない」
呆れたように、どこか拗ねたように、眉をむっと寄せて月島が唇を尖らせた。ピンク色の、男なら誰だってキスしたくなるような唇に、山口は思わず見入ってしまう。くらくらしてしまう。それなのに月島は、その唇で言ったのだ。
「山口は僕のなんだから、僕の傍にいるのが当然でしょ。誰に何言われたのか知らないけど、おまえ、そいつと僕とどっちが大事なの? 僕だよね。だったら僕の言うことだけ聞いてればいいんじゃない?」
寒い。早く帰るよ。ふわふわさらさらの長い髪が、月島の動きに従ってきらきらと揺れた。長い脚を活かして、月島はどんどん先へと進んでいってしまう。けれど山口はそこに立ち尽くすしかなかった。頭の中で反芻する。月島がさっき言った言葉を。物覚えのいいとは言えない頭で繰り返して、繰り返して、繰り返して。理解した瞬間、山口はぶわっと泣きそうになってしまった。距離が離れて小さくなった月島が振り返る。
「山口、遅い」
「ご、ごめんツッキー! 俺、ずっとツッキーの傍にいるよ! 一生いるから! もう離れるなんて言わないから!」
「好きにすれば」
ぷいっと前を向いた月島の口元が、少しだけ綻んだのが山口にはちゃんと分かった。うわああああ、と叫びたくなって堪らない。山口の幼馴染はやっぱり世界で一番可愛くて、世界で一番綺麗なのだ。ツッキー、俺、頑張るよ! とりあえず何か、何でも頑張る! 誰に認めてもらえなくても、ツッキーが認めてくれるならそれでいい!
飛ぶように走って、山口は月島の隣に並んだ。ちらりと振り返ってくる彼女に、自然と笑顔になる。だらしない顔、と言われても今はどうしようもなかった。こうして一生ツッキーの隣を歩いていけたらいいな。山口はそう、心から思うのだった。





女子からは「月島さんって山口君の前でだけちょっと可愛いよね。他の男に興味なさそうだし、山口君も月島さんのこと大好きみたいだし、お似合いだよね。じゃあいっかー」みたいな感じになってる。知らぬは山口ばかりなり。
2013年12月15日(pixiv掲載2013年1月30日)