振り下ろす拳の作る未来へ





極められた者同士の戦いはまるで舞のようだと言うけれども、目の前の光景はその境地には程遠い。かといって激しさは火花よりも激しく、真剣さは子供の遊戯と比べるだけ失礼だ。リナリーの踏み切りが石の床に足跡を刻み込む。次の瞬間に小さな身体は神田の懐へ入り込み、足がその脇腹に向かって振り上げられた。しかし身を屈めた神田によって攻撃は宙を切り、逆に軸足を払われたことでバランスを崩してしまう。きゃ、と小さな悲鳴が上がった。そこを逃さず神田の掌底が打ち込まれ、リナリーのこめかみを掠る。転がって逃げ、リナリーは態勢を立て直した。息が切れる。対して神田は涼しい顔をしていて、リナリーは奥歯を噛み締めた。スタミナでは敵わない。パワーでも、脚力はともかく腕力では負けてしまう。自分にあるのは、このイノセンスによるスピードのみ。祖国の拳法とは違う、どこか独特な構えの神田が、挑発するように唇を歪めた。
「もう終わりか?」
「・・・っ・・・いじわる!」
乗って仕掛ければ、彼の思う壷だ。リナリーは挑みかける足をぐっと堪えて呼吸を整える。ファインダーの中でも腕利きの者たちに教えを受け始めて、もう三ヶ月。そこそこ戦えるようになったと思っていたのに、まだまだ神田には敵わない。どうして、とリナリーは悔しく思う。自分はイノセンスを使っているのに、彼は六幻を構えていない。それなのに五分の勝負になってしまうだなんて。
「何で、神田はそんなに強いの?」
問いかけに彼は眉を顰めたが、拳を解くことはしない。
「神田のイノセンスは剣なんでしょ? それなのに、何でそんなに強いの? ずるい、そんなの」
「ずるいも何もねぇ。六幻は装備型のイノセンスでも、おまえのブーツとはちがう。弾き飛ばされでもしたら拾いに行かなきゃならねぇんだよ。場をつなぐくらいの攻げきは出来て当然だ」
「誰に習ったの? ティエドール元すい?」
「うるせぇ。来ないならこっちからいくぜ」
突っ込んでくる彼のスピードは、イノセンスを使っているリナリーからしてみれば避けることが出来るものだ。けれどその避ける先を見越した攻撃を神田は仕掛けてくる。これはもはや経験としか言えないのだろう。踏んできた場数の差。リナリーも理解していた。彼は血肉を持って戦場を駆け、今までを生き抜いてきてるのだ。だからこそ強い。その世界に、自分も行かなくてはいけない。
リナリーは唇を噛み締めた。大好きな兄を思い出す。振り上げた踵を食らわせるべく、思い切り強く地を蹴った。





神田はそこその本気で繰り出される攻撃を避けてます。
2008年4月26日