曇り空のライン





神田がその話を聞かされたのは、イギリスの空が冬に向けて重く灰色になり始めた頃だった。
「ニューイヤーパーティーをしようと思うんだ!」
「・・・・・・おい、まだ11月だぞ」
「一ヶ月なんてあっという間だよ。それに神田君は任務で忙しいから、今のうちに言っておかないとだし」
今回は近場だったため一週間で帰還し、報告のために訪れた室長室の主、コムイはコーヒーのカップを手ににこにこと笑いかけてくる。摩訶不思議なウサギのキャラクターがカップでにやにやと笑っていて、何だこいつら、と神田は顔を顰めた。今日はリナリーはいない。最近はファインダーに武術を習っているのだという。彼女のイノセンスである「黒い靴ダークブーツ」の性能をかんがみれば、超接近戦の直接攻撃になるのは当然だ。そのためには蹴り技を中心とした戦い方を学ばなくてはならず、どうにか形になった後にはクラウド元帥について実戦を積む予定だと、以前にコムイが眉を少しだけ下げて話していた。
「クリスマスは流石に無理だからね。ニューイヤーならどうかと思って」
腐っても黒の教団はキリスト教を母体としており、12月25日には毎年ミサも開かれる。一度だけ出たことはあるが退屈で、神田は毎年その前後に任務を入れることにしていた。
「食堂を貸しきってね、日付の変わる二時間前からスタート。パーティーの参加者はドレスで正装といきたいところだけど、仕事もあるからリボンかタイだけ義務ってことで」
コムイは楽しみで仕方がないのだというように、まるで子供の顔で喋り続ける。
「楽器が弾ける人を集めて、ダンスホールも作る予定だよ。年が変わる瞬間は、みんなで盛大にクラッカーとか鳴らして!」
「そんな許可が下りんのか?」
「団員同士の交流を深めることで互いの理解が生まれ、仕事もよりスムーズに行えるようになる」
「って大元帥に言ったのか」
「まさか! 提出用の企画書に書いただけだよ。基本的に本部のことは、室長である僕に一任されてるからね。これくらいはノーチェックです」
片目を閉じて、茶目っ気に溢れたウィンク。年甲斐のないコムイの所作に神田は呆れた。最近伸びっぱなしになっている自分の髪がうっとうしくて払うけれども、肩にかかるのがまた邪魔になる。
「言っとくけど、おれは出ないからな」
「駄目だよ、神田君。君に任務を渡すのは室長である僕の仕事だからね。僕が任務をあげなければ、当然君はホームにいてパーティーに参加せざるを得ないのさ!」
「公私混同してんじゃねーよ」
舌打ちするけれども、どうやらコムイは笑顔の下で本気らしい。「クリスマスにはちゃんと任務を入れるから」と付け加えられ、神田はその周到さに再度舌打ちしたくなってしまった。コムイは周囲を気遣う。それは彼が室長という、黒の騎士団本部の中ではエクソシストたち以上の地位についてしまったことで否応無しにも度が増した。最前線で働いているエクソシストや、殉職率の最も高い探索部隊、そして科学班などの縁の下の力持ちから、教団の掃除をしてくれる衛生班まで。コムイはそのすべての人間に目を配っており、どんな人なのか、どんな性格をしているのか、どんな働きをしてくれているのか、そんなことを己の中に蓄積し、出来る限りすべてがスムーズに進むよう手回しをする。自分には到底出来ない芸当に、神田は感心すると同時に呆れた。まぁ、出来るとしても決してやりたくは無い仕事だが。自分は戦場を駆けている方が性に合う。
「まぁとにかく、ダンス云々は良いとしても、パーティーには参加してほしいんだよ。リナリーと年の近い子なんて、教団には神田君くらいしかいないから」
「・・・・・・そういうことか」
「そういうことです」
ごめんね。頼むよ。眼差しだけで告げられ、神田は不承不承頷いてみせた。途端にコムイも安堵したかのように肩を下ろして、眉を下げて笑う。リナリーがコムイに手を引かれて監禁から解き放たれ、まだ三ヶ月程しか経っていない。大人ばかりの教団は、彼女にとってまだ恐ろしいものなのだろう。だからこそ神田をリナリーの傍に置きたいという、コムイの考えは理解が出来た。
「任務、ちゃんと入れろよな」
「キリスト教圏じゃないところがいい?」
「ああ。この時期は、ローズクロスをつけてるだけで人がうじゃうじゃよって来やがる」
心底うっとうしそうに神田は髪をかき上げた。そろそろ適当に結ぶべきなのかもしれない。いっそ短く切るか、と考えていたのが秋の深まる頃だった。





やってくる寒さのように、僕らは交流を深めていった。
2008年3月23日