羊たちの死因





諦めることにも流されることにも慣れている。そもそも、気がついたときには六幻を手にAKUMAと戦っていたのだ。エクソシストとして正規の看板を背負っても、それも今更、やることは変わらない。敵を切り刻む、それが神田の日常的行為だ。その他の選択肢など見たことも無い。
世界は美しいのだよ、と己の師となったティエドールは常に語っていた。エクソシストとしての諸事を学ぶべく、半年ほど共に旅をした。AKUMAを破壊する点において神田はすでに熟練の域に達していたから、それこそ探索部隊との関わりや奇怪についての対処の仕方、そして黒の教団の一員としての振る舞いを習うのがもっぱらだったが、その中でも師は常に神田に世界を見せようとした。オーロラを見た。砂漠を見た。雪山を見た。草原を見た。活気溢れる街を見た。建設途中の橋を見た。使われなくなった廃校を見た。母親に抱かれる赤子を見た。世界は色彩に溢れている。そうは思ったけれども、神田はそれらを美しいと思うことはなかった。彼らはそこにあるだけだ。そう告げると、師は酷く寂しそうな顔をして、神田の黒髪を一度だけ梳いた。
戦いには慣れている。ただ、列車での移動には慣れるまでに時間がかかった。日本では、敵の方から来てくれたから。長い時間を硬い椅子に座って過ごす。無意味な時間の潰し方は寝るか瞑想だ。本を読むほど英語には精通していないし、知識には興味もない。師の教えてくれた日常作法だけで、神田には十分だった。
「おや」
五つの任務を梯子して、それでも結局イノセンスはなく半年振りに帰還した教団で、神田は思いも寄らない人物と行き会った。マルコム=C=ルベリエ。中央庁特別監査役でありながら黒の教団の幹部である男は、年に一・二回ほど教団本部を訪れる。神田に随行していたファインダーたちが廊下の端によって頭を下げた。それでも神田は道を譲らなかった。身長差のある相手をまっすぐに睨み上げる。ふ、と浮かべられた笑みは陰になって見えなかった。
「神田ユウ。任務からの帰りかね?」
「・・・・・・ああ」
「感謝しているよ。君をエクソシストとして迎えられたことは、教団にとって僥倖だ」
男が身をかがめてくる。六幻に伸びそうになる手を神田は必死に堪えた。例え大人であろうと一瞬で切り刻むことは出来る。けれど、この男は教団の幹部だ。斬ることは許されない。近づけられた指先が、神田の左胸をとん、と突く。それすら享受する他ないのだから。
「この命、最後まで教団のために使いなさい。神の祝福が君にあらんことを」
手のひらが一度だけ髪を梳いていく。冷ややかなそれは温かみも厚さもなく、師とは比べ物にならなかった。擦れ違っていく男を忌々しく思う。
そういえば、と神田は顔を持ち上げた。あの男、科学班の新人は、名をコムイと言っただろうか。彼の妹探しはどうなっただろう。そんなことを考えて、神田は遠ざかっていくルベリエの背中を見やった。





さて、どうしてやるか。
2008年3月16日