忘れられた安息日





物心がついた頃、すでに刀は己の手の中にあった。東の山から太陽が現れると同時に、異形の化け物を切り裂く日常が始まる。頭上に太陽が移動した頃、運がよければ見つけた何かを食べて。西の海に太陽が沈んでいくと同時に、壊れた建物の片隅で身体を丸める。夜は怖くなかった。己の黒光りする刀より美しい闇なんて知らなかったし、どんなときでもこの刀さえあれば生きていけると思っていた。死は何度訪れただろうか。生を何度始めただろうか。数えることすらやめていた。人の無いこの世界で、自分は人ではないのだとおぼろげにも自覚していた。人は普通、何度も死なない。何度も生き返ることなど出来やしない。それではあの化け物と同じなのか。
光は蓮の花と共にやってきた。緩やかな羊水に包まれるように、海を渡り、空を飛んだ。小さくなっていく故郷が化け物の地へと様変わりしていたのだと教えられ、自分はその化け物を壊す者だと諭され、連れて行かれた先は異教徒の国だった。導いてくれた手は放され、置き去りにされ、いつの日かまた会うことを誓った。確かそれは自分が六歳か七歳の頃だった。
黒の衣服を与えられた。裾はひらりとはためいたけれど、着物ではなかった。日本語は通じず、英語を強要された。日本にいた頃から話す相手もいなかったので、使う機会は滅多になかった。フロワ・ティエドールという男に抱き締められ、君は私の弟子だよ、と伝えられた。組織が黒の教団といい、自分はエクソシストと呼ばれる破壊者になったのだと知ったのは、半年後くらいの英語を理解し始めた頃だった。
やることは日本だろうとイギリスだろうと変わらない。刀を、六幻を振るい、化け物を、AKUMAを破壊することだけだ。衣食住の心配がなくなった分、戦いに専念することが出来る。雑事は関係ない。この化け物のような命の残量が底をつく前に、あの人に会うことだけが、神田ユウの願いだった。





戦いは日常だった。
2008年3月16日