【「I love you forever.」を読むにあたって】

この話はD.Gray-manの第188夜「聖戦ブラッド」のネタバレを含みます。アルマ=カルマのキャラクターが捏造されており、神田の正体やらについて盛大なるネタバレを含みますので、そういったものが苦手な方、コミックス発売を心待ちにされている方は、決してご覧にならないでください。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































愛と悲劇を彼らは乗り越え、縋るように触れ合ったのだ。





I love you forever.





かつての教団本部とは比べ物にならない、天井の低い食堂に足を踏み入れ、アレンはぎくりと心臓を跳ねさせた。長い机がいくつも並んでいる中、決して人が少なくないというのに、そこだけがぽっかりと空間を空けている。誰も相席していないテーブルについているのは、最近エクソシストの仲間入りをした少年だった。いや、少年と言っていいのだろうか。正確な年齢を知らないため見た目でしか判断できないけれど、それに従えばアレンと大して変わらない。黒い隊服はエクソシストの証だ。見慣れない髪の色。サードエクソシストを思わせる、傷跡の残る頬。どこか手持ち無沙汰にしていた背中が振り向いたことで、アレンと彼の視線が重なった。思わず跳ねてしまった肩に気づかれただろうか。条件反射で笑みを返し、アレンは彼へと近づいた。椅子から見上げてくる瞳は無垢で、まるで子供のようだ。
「黒い服だ。君も、エクソシストなの?」
はじめまして、と声をかけるよりも先に話しかけられる。耳に馴染む低音の声は、やはり青年のものであってアレンよりも年嵩だ。背も高く、筋肉もついている。立ち上がればアレンより視線が高いだろうし、神田やラビのそれと同じかもしれない。先手を取られたのは話術を得意とするアレンにとって些か驚きだったけれども、今度は意識的に笑みを浮かべて挨拶する。
「はじめまして。エクソシストのアレン・ウォーカーです」
「アレンはファースト? セカンドじゃないよね。それとも第三エクソシスト?」
「君の言う区分で分けるなら、ファーストになります」
「そっか。そうだね、僕やユウとも、サードとも違うものね」
「君は?」
問いかけに、答えは予想していたけれども、実際に言葉として綴られた内容はやはりアレンの脳を揺さぶった。
「僕はアルマ。アルマっていうんだ」
アルマ。アルマ=カルマ。九年前の惨劇を引き起こした張本人。幼子にして教団職員46名を殺害し、唯一無二の仲間であった同胞に再生できなくなるまで殺され続けた第二エクソシスト。存在を秘され、第三エクソシストの母胎として教団に利用されながら強制的に生かされてきた。意識を潜ませ、沈黙の中にいた彼を呼び戻した同胞、かつてアルマを手にかけた神田。ノアによって引き起こされた第二エクソシストふたりの戦いは、今もなおアレンの記憶に重い一石を投じている。再生能力に特化した彼らの戦いは、もはや殺し合いですらなかった。何度も何度も同じ人物が息絶えていくのを、この目で見た。互いを想う愛と悲劇が、彼らをAKUMA以上の悪魔に変えたのだ。
けれど、今のアルマは違う。彼は教団のコートを羽織り、エクソシストとしてここにいる。ならば自分は仲間として接するのみであり、忌避すべき事柄は何もない。空いているアルマの向かいの席を指差し、アレンは尋ねた。
「これから食事なんですか? 僕もご一緒していいですか?」
「うん、いいよ。でもその席は駄目。ユウの席だから」
「神田、ですか・・・」
呟きにアルマが首を傾げる。思わず寄ってしまった眉に気づかれたのだろうか。誤魔化そうと苦笑しながら、それじゃあ、と斜め前の席に座ったところで、ざわりと食堂が動揺に包まれた。先ほどから密やかに感じていた、アルマと自分へのそれではない。動いた空気に釣られるようにして、アレンも食堂の入口を振り向いた。話には聞いていた。分かっていたはずだし、心の準備もしていたはずだ。それでも視覚による認識は、アルマのとき同様、アレンに酷い衝撃を与える。
「アルマ」
「あ! おかえり、ユウ」
精悍な顔をにこにこと笑みに緩ませるアルマは、九年の眠りから覚めたばかりのため、精神は未だ九歳の子供のままだという。そんな彼と対を成す形で作られた神田は、食堂の人混みを無視してまっすぐにアレンたちのいるテーブルへと歩み寄ってきた。すり抜けるのではなく、他の団員たちが彼のために道を開けるのだ。歓迎などでないことは注がれる視線の性質から容易に読み取れる。多くの団員たちと同じように、アレンも神田から目を逸らすことが出来なかった。正確には、彼のなだらかな縁を描く左の頬から。
「悪い、待たせた」
「ううん。アレンと話してたから暇じゃなかったよ」
「・・・モヤシとか」
すぐ近くまで来た神田からちらりと視線を向けられ、何度となく仰いできた漆黒の瞳だというのにアレンの肩はびくついてしまった。神田の眉間に皺が寄る。顰められても美しい、彼の造形はアレンとて認めている。だが今は、その左頬に禍々しい梵字が、蔓のように首を伝い、葉と花を咲かすようにして存在を露にしていた。肌が白皙だからこそ、梵字の深い闇色がコントラストに映えて止まない。神秘的と称するには毒々しく、醜いと蔑むには鮮やかで、ああ、と知らずアレンの唇から嘆息が漏れていた。
「モヤシじゃ、ないですよ」
「あぁ? てめぇなんかモヤシで十分だろ」
「ユウ、モヤシって何?」
「野菜の一種だ。白くてなよなよしてるから、こいつにぴったりだろ?」
「あはは! それはアレンに悪いよ」
軽口を叩く神田を、アレンは初めて見たような気がした。同じ歳のラビと会話をしているときは、それなりにやはり砕けた様子だったけれども、ここまで純粋な冗談を自ら投げかける神田を、アレンは初めて目にしたのだ。九年の別離を、先の魂を削る戦闘を、かつての永遠に似た悲劇の殺戮を忘れたわけではなかろうに。頬から目、額に及ぶまで、左顔面を梵字に犯され、それでも神田はアルマに笑いかけ、アルマは神田に笑い応えるのだ。
「何も食ってないのか? 食堂の使い方は教えただろ」
「うん、でもユウと一緒に食べたかったから。それに僕、ご飯の種類もよく分からないし」
「前は与えられる物を食ってたからな。仕方ねぇ・・・モヤシ」
「えっ? あ、はい! 何ですか?」
「どうせてめぇは死ぬほど食うんだろ。俺とアルマの分も持って来い」
「はい、分かりました」
素直に言うことを聞き立ち上がってしまったのは、互いを刻みあったとは到底見えない神田とアルマの雰囲気に意識を奪われていたからだ。今まで語られることのなかった過去が、ぽろりぽろりと容易く提示されていく。アルマに合わせているのではない。アルマによって引き出されているのだろう。今までアレンが見てきた神田も正しく「神田ユウ」の一部だろうが、それが「エクソシストの神田」であったというのなら、眼前に存在しているのは「第二エクソシストのYU」だ。根源。ルーツ。心の最も柔らかな、一番初めの状態。YUのアルマに寄せられる慈しみが、彼を殺さなくてはならない経験を経て、喪失に傷を負い、それを鋼で覆い隠して、ひたすらに黙し戦って出来たのが神田なのだ。自分にとってのマナが、おそらく神田にとってのアルマに近しいのだろう。ならば再会は喜ぶべきことであり、アレンは心中に義父の姿を思い描いて唇を緩ませた。微笑みというには、少し複雑な陰影を帯びる。ジェリーに頼んで大量の料理をバランス取って運べば、テーブルでアルマと神田は向かい合って歓談していた。一目で分かる「人間ではない」エクソシストの容貌に、周囲は誰も近寄ろうとはしない。ふふ、とアレンは笑って皿をテーブルの上に並べた。
「お待たせしました。足りなくなったら言ってくださいね。どんどん作ってもらいますから」
「何だ、この量・・・」
「うわぁ! これ、全部食べ物なの?」
「ジェリーさんの作る料理は絶品ですから。どうぞ召し上がれ」
寄生型のイノセンス所持者であるアレンは、常人の何倍もの食事を取らなくては活動を維持できない。そのためいつだってテーブルいっぱいの量を平らげるが、今回はそれよりも多めに注文してみた。アルマは種々の料理に目を輝かせている。そんな様は本当に子供にしか見えなくて、大きな体躯がむしろ不釣合いだった。生憎と蕎麦はなかったのだが、神田はうんざりした様子を見せながらも手近なサラダにフォークを伸ばしている。これは何、これは何、と次々に質問を投げかけるアルマにすべて丁寧に答える神田の横顔は、やはりアレンの心を穏やかにした。美味しいね、とアルマが笑う。
これまで、神田はことごとくアレンを寄せ付けなかった。言葉は交わすけれども、それだって最小限で、任務で一緒にならなければ口を利くこともなく、喋っても意見をぶつけ合い互いを罵ることばかりだった。だが、今は違う。アルマと神田の会話にアレンが小さく口を挟めば、神田は無視することなく応じた言葉を返してくれる。頑なになる必要がないのだろう。アルマと共にいる神田は、本当に自然体だった。誰に対しても警戒を解くことのなかった彼が、その砦をふわりと軽く変えたのだ。甘くなったのではない。本来の姿に戻ったのだろう。
「ユウ、ごめんね」
話の流れを遮るわけではなく、アルマは謝罪を口にした。かぼちゃの煮物を口にしていた神田は咀嚼を繰り返し、アレンはスパゲッティを飲み込みながらふたりの様子を見守る。
「九年間、ひとりにしてごめんね。悲しいことはなかった? 痛いことはされなかった? 結局僕が一番ユウを苦しめちゃったね。・・・・・・友達なのに、ごめんね」
「バァカ」
眉根を寄せ、俯くアルマに放たれた声は酷く甘かった。アレンが羨ましいと、その横顔を見つめてしまうくらいには。
「俺だっておまえを何度も殺したんだ。おあいこだろ」
「でも、僕だって目覚めてユウを殺しちゃったよ」
「だったら尚更だ。俺は今、満足してる。おまえは違うのか?」
「ううん。僕も今、すごく幸せ」
男らしく整った顔立ちを、ふにゃりと弛ませてアルマは微笑む。
「またユウに会うことが出来て、本当に・・・本当に、幸せだよ」
「―――俺もだ」
幸福、なんて言葉では片付けられない再会だった。少なくとも視認できるほどに、神田の胸に刻まれている梵字は首と顔まで範囲を広げ、彼の何かしらの切羽をまざまざと見せ付けている。九年の眠りから目覚めたアルマにしても同じだ。もともと再生できなくなるまで殺され続けた彼は、もはや動いていることさえ奇跡に等しい。第二エクソシストは限りない肉体再生能力を有しているが、それに限界があることをアレンはすでに知っている。神田とアルマは、正しく互いの命を削りあって、有言の再会を果たしたのだ。余りにも重過ぎる幸福。けれど、彼らは笑う。得がたい一時を共有するふたりに、アレンは滲みかけた視界を誤魔化すようにピザをかっ込んだ。終わりは、近しいのかもしれない。決して認めたくはないけれど。
「あ、いた! 神田、兄さんが呼んでるの。室長室まで行ってもらっていい?」
「アレンもいるなんて珍しいさ。どんな風の吹き回し?」
リナリーとラビが並んで食堂に入ってきたのは、あらかたの皿を空にした頃だった。アルマに付き合ってか、神田もそこそこの量を食べ、アレンとしては取り分が減って腹七分目程度になってしまったけれども、蕎麦以外のものを食べる神田が見れて新鮮だったから良しとする。リナリーはアルマの存在に気づくと、にこりと彼に微笑んで挨拶した。アルマも同じように笑い返したが、ラビを目にした途端、その瞳が一切の感情を消したのにアレンは気づいた。
「コムイかよ・・・。面倒くせぇな」
「ごめんね。せっかく楽しそうだったのに」
「忙しいみたいだったし、早く行った方がいいさ」
「ちっ」
舌打ちして立ち上がった神田の腕を、アルマが掴んだ。思わず向けられた四人の視線の中、アルマはどこか必死な表情で神田しか見ていない。
「ユウ、僕も行っていい?」
「あぁ。コムイなら別に構わないだろ」
さげてくる、と何枚かの皿とコップを持って神田がカウンターへと歩いていく。その後ろ姿よりも、アレンは目の前のアルマをずっと視界に入れていた。許可を得てほっと緩んだ表情が、変わる。立ち上がった背は当然ながらリナリーよりも高く、やはりアレンよりもラビと目線が等しい。迫力を感じるのは継ぎ接ぎの跡からではない。力を背負わせた眼差しに、向けられたラビがきょとんと目を瞬いた。
「君は、敵?」
「へ?」
「僕が殺したあいつらと同じ目をしてる。相手のことを、物か何かとして見てる目だ。黒い服はエクソシストって聞いてるけど違うよね? だって仲間なら、僕やユウのことをそんな目で見るはずないもの」
ゆるうりとアルマの腕が持ち上げられる。彼のために誂えられた団服は袖がない。無駄の一切省かれた、造形美を思わす筋肉が収縮し、スローモーションでラビに向かって伸ばされる。アレンはそれをそのままに見送ってしまった。神田と似通った形の指先がラビの首筋に触れるのを、アルマが過去に46人の教団職員を殺していることをどこか忘れ去ったままに。後に気づく。この瞬間は、アルマがラビを殺すか否か見極めていたときだったのだと。
「―――君は、何?」
「そいつはブックマンだ。ジュニアだけどな。裏歴史を記録する一族なんだと。見てるだけで手出しはしてこねぇから、放っておいて大丈夫だ」
「本当? ユウがそう言うなら信じるけど」
でも僕たちに何かしたら殺すよ。そんな言葉が聞こえた気がして、アレンの背中をどっと冷や汗が伝った。鼓動が耳元で鳴り始める。ラビを挟んで向かいにいるリナリーも今更ながらに顔色を蒼白に変えていた。いつの間にか戻ってきていた神田に教えられ、アルマは渋々といった態で指先をラビから離す。喉仏を汗が流れ、ごくりとラビが恐怖を飲み込んだ。神田を振り向くアルマの視界に、もはや周囲は映っていない。
「ユウは僕が守るよ。今度こそちゃんと守るから」
「守られるほど弱くねぇよ。アルマこそ、俺が守ってやるからおとなしくしてろ」
「九年前の勝負は、いつも僕の勝ちだった!」
「おまえが寝てた九年、俺はずっと戦ってた。負ける気はしねぇよ」
口元に弧を描いて、神田はアルマを伴って出口へと向かい始める。擦れ違い様にラビの肩を軽く叩いていったのをアレンは見ていた。ふたつの後ろ姿は、やはり他の団員たちが避けることで生まれる道を辿り、食堂から出て行く。角を曲がる瞬間に見えた横顔は酷くあどけなかった。子供がふたり、そこにいるような。求め続けていた己の半身を得たような、そんな純真な笑顔だったのだ。
「・・・何なのさ、あれ・・・っ」
気圧された空気から解放されたラビが、崩れるようにして床にしゃがみ込む。リナリーが慌ててその背中に手のひらを寄せるが、アレンは苦笑を滲ませるだけだった。喜びの方が大きい。アルマと再会して神田は解き放たれたのだ。彼に痛苦を齎していた過去の鎖から、悪夢から。
「彼らは僕たちの仲間で、エクソシストですよ。神田とアルマ。ふたりは親友みたいです」
近いかもしれない彼らの終わりを避けるためなら、自分が代わりに戦場に立とう。柔らかく純に笑い合うふたりをずっと見ていたい。アレンが失った幸福を、彼らは手に入れたのだ。羨まない。魂を削りあった、その過程を知っている。よかったですね、神田。心からアレンは囁いた。幸福を手にしたふたりに、少しでも長い神の加護を。



「アルマ=カルマが目覚めた」
「奇跡に近い。ノアの介入に因るものだが、この機を逃すことはない」
「YUの再生能力にも限界が見え始めた」
「適合者としての細胞を、すべてまるごと移植する」
「九年前はアルマ=カルマに阻止されたが、今度こそ」
「時は来た」
「YUの残りの命を、すべてアルマ=カルマに。第二エクソシストは互いに喰い合い、ひとつになってこそ完全なる母胎へと進化するのだから」



隣り合うふたりにアレンは願う。どうか少しでも長い、彼らの笑顔を。





SQに移動して良かったことは、捏造できる猶予が一ヶ月もあることだと思います。
2009年11月8日