今年もお疲れ様でした。





年末年始など、神田には関係のない代物だった。日本でも特別な何かをしたことなぞなかったし、エクソシストになってからは更に顕著だ。英国では新年よりもクリスマスに比重を置いているし、救世主の誕生日を聖なるものと見なすのはキリスト教を母体とする黒の教団にとっては当然のこと。だからこそ神を崇拝していない神田にとっては、年末年始など意味も無かった。年が変わるだけの話で、今年も変わらずに任務を負ってどことも知れない土地で過ごす。コートの襟を口元まで上げて寒さを遮る。それでも堪え切れなかった吐息が白く濁って空気の中に浮かんだ。
ぐるり、周囲を囲むようにして存在しているAKUMAが、視認できる限り二十体。レベル1が十二、レベル2が八。統率が取れていることから、どこかにレベル3がいるのだろう。4でないだけマシだと心中で舌打ちして、神田は六幻を抜刀する。その黒い輝きは、師走の星空よりもずっとずっと美しい。一閃する。光が満ちて、醜い絶叫が場を満たす。ファインダーは近くの町に置いてきたから、この場には神田ひとり。否、神田と無数のAKUMAだけだ。遠慮は要らない。
『神田ー? 今どこにいるんですか、神田ー?』
ゴーレムが間抜けな声を届けた。心地よく軽快にAKUMAを葬っていた神田は、一気に機嫌を降下させる。モヤシ、てめぇ勝手に通信繋げてくんじゃねぇよ。ごくごく小さく呟いたのに、ゴーレムが優秀なのかアレンの耳が地獄耳なのか、どちらにせよ拾われたらしく一層大きくなった声が飛んでくる。
『聞こえてるなら返事してくださいよ、神田!』
「うっせぇ黙れ。取り込み中だ」
『え? あれ、もしかして戦闘中でした? 助けに行きましょうか?』
「くたばれモヤシ」
空いている左手でゴーレムを掴み、通信を切断する。AKUMAの数は減っているが、潜んでいた分が出てきているので余り変化はない。レベル2を二体切り捨てたところで再び鳴ったゴーレムからは、またも能天気な声が聞こえてきて神田は顔を歪めずにはいられない。
『神田、ちょっと何勝手に切ってんですか! 人が折角親切に申し出てあげたっていうのに!』
「てめぇが俺を助けようなんざ百年早ぇ」
『可愛くない人ですねぇ。知ってましたけど!』
「切る」
『あー、ちょっと待つさ、ユウ。アレンもユウが怒るの分かんのに、何でそんなこと言うかな』
『だってラビ、神田ってば可愛くないんですよ』
ぶちっと再び通信を切断する。すでにレベル1のAKUMAはすべて壊した。残るはレベル2と、ようやく建物の地下から姿を現したレベル3。三度鳴り出したゴーレムを電源丸ごと切りたい気もするが、エクソシストはいつでも連絡が取れる状態にしておくことが義務のため、スイッチすら着いていない。
「うぜぇ」
『ひでぇさ、ユウ』
「用は何だ。三秒で言え」
『どこ平気いつ帰る?』
「アラスカ雑魚ばっか次の任務による」
『あ、じゃあ平気ね。兄さんが神田は今の任務が仕事納めだから、終わったらホームに帰還していいって』
「ああ?」
声がラビの低かったものから、リナリーの高いものへと代わった。アレンといい、彼らは教団のホームにいるのだろう。エクソシスト三人が同じ時期にホームにいる。暇なのかと一瞬考え、そうでないことを神田は悟った。自分たちエクソシストに指令を与える室長のコムイは、若い者たちに少しでも年齢に相応しいイベントを体験してもらいたいと考えているのだろう。つまりはエクソシストの中でまだ十代である、アレンとリナリーとラビと、神田に。余計なお世話だ。今まで散々こき使われて年末年始など無く働いてきたというのに、今更子供のような真似事をしろと? はっと冷笑した雰囲気を察したのだろう。ゴーレムの向こうの空気が遠ざかり、コムイの申し訳なさそうな、それでいて機嫌を取るような声が届いた。
『帰っておいでよ、神田君。お年玉として六幻の強度も上げてあげるから。ね?』
「それはてめぇの義務だろうが」
『じゃあ花柄にしてあげる!』
「陣痛起こせ」
『早く帰ってこないと、神田の分のおせちも食べちゃいますよ!』
『羽子板で勝負するさ。もちろん罰ゲームありで』
『科学班のみんながお年玉をくれるんですって。待ってるから早くね、神田』
リナリーの穏やかな声を最後に、今度は向こうから通信が切られた。ゴーレムは沈黙してぱたぱたと羽根を揺らし、AKUMAに捕まらない位置で神田の周囲を飛び回っている。レベル2も破壊し終わって、残すところはレベル3一体のみ。進化はしているが、それでも神田にとっては雑魚でしかない。ちっと舌打ちして、六幻を一幻から二幻へと変える。
「これじゃ任務が終わっちまうじゃねぇか」
あんな小煩いところに帰るなんて真っ平だ、と呟いた神田は気づいていない。自身の唇がうっすらと吊り上がり、綺麗な弧を描いていたことを。ひとりを好んでいるけれど、今の喧騒が決して嫌いでもないのだということを。今年最後の一刀が、夜風と共に舞い落ちた。





それでも帰還したのは多分、1月2日とかそこらへんです。素直に元旦に帰るわけがない。
2008年12月28日