さんが好きなんだ。俺と付き合ってくれないかな」



突然言われた・・・・・・!
いいいいえ、突然でもなく実はもしやと思っていたのだけれど!
だって机の中に手紙が入っていて、日時教室を指定されて行ってみたら男の子がいて、これで告白シチュエーションを願ってしまうのは乙女の性質だと思うわけで。
あぁ、でもまさか。まさか。

でもまさか、あのテニス部部長の幸村君に言われるだなんて!



「あ、あああああああああの」
「ん?」
「わ、わわ、わたしのどこが、一体全体引っかかったんですか!」
「俺のアンテナに?」



こくこく頷く。そうすると幸村君は楽しそうに笑った。天使だ!
テニスをやってても細くて長くて形が良くて羨ましい指を顎にあてて、考え込んで。
ふふ、と笑って彼は言った。



「身体、かな」



即行逃げた。





ヘルシーガール、イルボーイ!





―――っ! はどこだあああああぁああああぁぁぁぁ!!」
「・・・・・・・・・!!!!!」
! 出てこおおおおおおおおぉぉぉい!!」



に、逃げなきゃ! 逃げなきゃ殺される・・・! 討ち死にする・・・・・・!
あぁ、いや、どうしよう・・・っ! ドアから出たら鉢合わせ、窓から逃げるにはここは三階!
木、木に乗り移る!? 手が届く!? 届かないなら飛ぶか、私!?



「・・・・・・あんた、何やったの?」
「な、何もしてないよ! 真田君には何もしてないよ!」
「何もしてなくてあんな大声で呼ばれるわけないでしょ。相手はあの皇帝よ?」
「な、何もしてないもん! 真田君には!」



手を伸ばしても枝がつかめない! 友達は無理って言うけど、でも諦めたら背中から斬られる!
背中の傷は武士の恥なの! だけど正面から受け止める勇気も私にはない!
あぁ、なんてゾロは勇敢なんだろう・・・。あれこそまさに武士の中の武士だよ、大剣豪!
それより枝! 早く、早く逃げないと真田君が来る・・・・・・!



っ!」



ああああああ、来ちゃった・・・・・・!
ものすごい勢いでドアが開いて、弾かれちゃったドアが外れて、ものすごい音で廊下に倒れる。
真田君、力強すぎ・・・! そして教室中をぐるぐる睨むのは恐すぎ・・・!



はどこだ!?」
「ここでーす」



なんて友達甲斐のない友達・・・!
笑顔で手なんて振らないで! スカート掴んで止めないで!
そして真田君はまっすぐこっちに向かってこないで・・・!



「貴様がか!?」
「いいえ違います!」
「貴様がだな!?」
「いいえ違います!」
「貴様がか!」
「はいごめんなさい私がです!」



三度目の正直な私をどうか許して!
だって真田君、その右手に日本刀を持っているんだもの! おまわりさん、銃刀法違反がここに! おねがい今すぐ捕まえて!
どうしてこの人はテニス部なの! 剣道部とかじゃないの!? どうしてこの人は日本刀なんて所持しているの!
真田君のご両親は彼に一体どんなしつけを・・・!?



「貴様、昨日幸村に告白されたそうだな!」
「な、ななななななな!? ちょ、ちょっと、そんな話題を今ここでしなくても!」
「しかも返事もせずに逃亡しただと!? 貴様、それでも武士か!」
「武士はゾロです! だからここでそんな話題は・・・!」
「けしからん! 話を逸らすな!」
「はいぃっ!」



勢いに押されて頷いてしまったけれど、でもここは教室! そして憩いのランチタイム!
あぁ、みんなが注目してる! しかも真田君が余計なことを言った所為で女の子たちがざわめいている!
お願いだからそんなに睨まないで! 幸村君に告白されたけど、でもそんなに良いものじゃなかったから!
なんなら熨し付けて差し上げるから!



「貴様、幸村を一体誰だと心得る! この王者立海大学付属中男子テニス部を率い全国二連覇を成し遂げた偉大なる男だぞ! 本来ならば貴様ごとき小娘がご尊顔を垣間見ることさえ敵わない雲の上の人物だ! その幸村がわざわざ手を差し伸べてやったというのにそれを断るとは何事だ! 貴様、自分を何様だと思っている!」
「い、いいいいいいいいいえ、だ、だって幸村君がですね!」
「幸村が何だ!」
「し、信じられなくて『私のどこが好きなんですか』って聞いたら!」
「聞いたら!?」
「わ、私の・・・・・・!」



「私の、『身体が好き』って言うものですから!」
「それがどうした! そんなものいくらでも幸村に差し出せ! たかが貴様の身体だろうが!」
「!」



な ん て こ と を !
私、今、殺意が沸きました。真田君に対して殺意が沸きましたよ!
傍観していた友達がパックのジュースを握りつぶした。ひそひそ話をしていた女の子たちが「真田君、さいてー」って呟いた。
ほんと、さいてーだ。ああ、私がサンジさんだったら良かったのに。そうしたら今すぐムートンショットで真田君を踵蹴りできたのに。
へなちょこパンチだけどお見舞いしないと気がすまない。そう思ってぎゅっと手のひらを握り締めた、ら。



ドカバキグシャ



そんな音と共に真田君の上に踵が落ちてきて、真田君が縦に曲がって横に折れて後ろの方に飛んでった。
サンジさんだ。いや違う、柳君と柳生君だ。二人とも真田君を踏み潰してその上に立っている。



「まったく信じられませんね。女性に対し何て失礼なことを言うんでしょうか」
「すまないな。真田は少し幸村に傾倒しすぎているんだ」
「・・・・・・・・・はぁ」
「本当にすまない。後で厳しく叱っておく」
「お願いします」



柳君と柳生君はいい人だ。まじめで紳士な匂いがする。それで言うなら昨日までの幸村君もそうだった。
なのに実際はあんなだったなんて! 人間というのは信じられない。ギャップというのがありすぎる!



「君がさんかい?」
「はぁ」
「3年1組女子7番、美化委員会書記でゲートボール部に所属。身長155センチ、体重」
「うわぁ!」
「キロ、血液型はB型。趣味は日向で昼寝で、得意科目は経済、好きな色はバタフライイエロー、好みのタイプは優しい人」
「あああああああの、個人情報保護法って知ってますか?」
「もちろん」
「じゃあ、あの、調べたりそれ誰かに言ったりするの止めて下さい」
「・・・・・・・・・善処しよう」



犯罪者がここにも・・・!



さん、いくつかご質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい、よろしいです」
「先日、貴女は我がテニス部の幸村君に告白をされたとの事ですが」
「はぁ」
「どうして断ったのか、その理由を教えて頂けませんか?」
「だから、それは、幸村君が、私の身体がうにゃららって言うから」
「・・・・・・やはり彼は言葉が足りなかったようですね」
「え」
「肝心なところで抜けているからな、幸村は」
「はぁ」



やれやれ、と二人は笑う。足元で真田君がきゅうと鳴く。
その声だけなら可愛いけど、でも目覚めた彼は恐ろしいおぞましい。
だからつま先を伸ばして、とりあえずみぞおち辺りを踏んでおこう。えい。



「幸村は確かに君の身体が好きらしいが、それはセクシャルな意味じゃない」
「・・・・・・はぁ」
「先日、健康診断があっただろう? それで君の結果があまりにも健康だったから好きになったらしいんだ」
「個人情報保護法は」
「あなたも知っていらっしゃるかと思いますが、幸村君は身体が弱いのですよ。それ故に理想的な健康体である貴女に惹かれたそうです」
「私、そんなに健康なんですか」
「ええ、そのようですよ」
「それで好かれてもあんまり嬉しくないです」
「まぁ、それはそうだろうな」



『身体が好き』っていうのは『健康な身体が好き』っていう意味だったんだ。だったらもっとちゃんと言ってくれれば良かったのに。
ああでもあんまり嬉しくない。だって意識して健康を保っているわけじゃないもの。
きっと二日くらい徹夜してお菓子を食べ続ければすぐに不健康になるだろうし、そうしたら幸村君も好きじゃなくなる。
そんな不確かな『好き』は、本当に恋愛の『好き』なんだろうか。



「私より健康な子なんて、世界中にもっといると思います。なのに何で私なんですか」
「それは幸村に聞いてみないといけないな」
「出来ればあんまり会いたくないんですけれど」
「いえ、それは無理でしょう」
「なぜ」



問いかけた瞬間、大きな音をたててドアが開いた。



「真田っ!」



で、た・・・・・・! 出たよ・・・・・・! 出ちゃったよ・・・・・・!
今気づいた。柳君と柳生君は真田君が破壊したドアを治しておいてくれたんだ!
でも幸村君の登場で、またしても壊されちゃったけど!
幸村君、細腕の癖に力強すぎ・・・! 十分あなたは健康体だよ・・・!



「あぁもう真田・・・っ! 余計なことはしないでって言ったのに・・・! それなのにさんに迷惑をかけるなんて、それはありがた迷惑大きなお世話って言うんだよ!」



幸村君は笑顔だ。いつもと同じ縁側のお日様みたいな笑顔だ。だけどこの人の日の光で眠りたくない。いくら趣味が昼寝の私でも。
だって笑顔だよ! 笑顔で酷いことを言ってるよ・・・! 
しかも柳君と柳生君に踏まれている真田君の胸倉を掴んで、ものすごいスピードで揺さぶってるよ!
王者立海テニス部の部長っていうのは伊達じゃないんだ・・・!



「幸村君、真田君が死にますよ?」
「えっ、あ、本当だ! ごめんね、真田。健康なのに俺より先に死んだら悲しすぎる・・・・・・!」
「さて話を戻すか、さん」
「いえすいませんこのまま流して下さいお願いします」
「あっ! さん!」



幸村君が手を離したら、真田君の頭がゴーンという音を立てて床に落ちた・・・。
きらきらした目で私を見てくるけれど、幸村君って・・・! 幸村君って・・・・・・!



「幸村、今おまえの誤解を解いていたところだ」
「あぁもう柳と柳生まで! ありがたいけど俺のことは俺がやりたかったのに・・・」
「君に任せていたら解けるものも解けないでしょう。友人の小さなお節介だと思ってありがたく受け取っておきなさい」
「・・・・・・うん、ありがとう」
「ほら、彼女が待ってるぞ」
「待ってませんごめんなさいどうか私を解放してくださいお願いします」
「ごめんね、この前は変なことを言って驚かせちゃって」
「私の話も聞いてください・・・・・・」
「でもさんって走るのも速いね! やっぱり健康だから運動神経もいいのかな」
「いえですから話を」
「誤解も解いてもらったことだし、じゃあもう返事をもらえる? 俺と付き合って下さい。お願いします」



幸村君はそう言って笑顔を浮かべた・・・・・・。
でもでもでもでも、正直言ってとてもお断りしたいのだけど、そうしたら私がいろいろ危ない気がする!
ああ落ち着いて私! 今ここで人生を捨てるなんて早すぎるよ!
落ち着いて落ち着いて深呼吸。ふーはーふー。ひっひっふー。



「ええと、ですね? わたくしごときには勿体無いお言葉をかけて頂き誠に厚く御礼申し上げたいのですけれども、わたくしなどが貴殿の隣に立ち並ぶことを想像しますれば真田君が発狂して刀を振り回し犯罪を犯しそうだなぁと思うわけでして、重ねて申し上げればわたくしなどよりも健康で美しく尚且つ貴殿に相応しい女性がこの世の中にはたくさんいるかと思われますのでむしろそちらに愛の言葉を囁いて頂けるとわたくしとしては嬉しかったりするのですが、どうかその線でお願い申し上げまつりたく候まろ?」
「うん、分かった。だから俺と付き合って下さい」
「わわわわわわ分かってないです。ですから私は申し訳ないのですが他の方を当たって下さいと奏上させて頂いているのですが」
「何だと貴様! 幸村の想いを踏みにじる気かああぁぁあ!」
「ひいっ!」
「うるさいよ、真田。黙って」
「ぐはぁ・・・っ!」
「ひいいいいっ!」
「ごめんね、さん。話が中断しちゃって」
「・・・・・・!」
「それで、俺と付き合ってもらえるかな」



怖い。恐い。強い。こわすぎる・・・!
日本語が通じてないよ・・・! 一瞬生き返った真田君の頭を踏み潰したよ・・・!
ああ、床に広がる赤いのは何・・・? 真田君はまだ生きているの・・・?
そして真田君を踏みつけたままにこにこ笑顔で交際を迫る幸村君は、本当に人間なの・・・・・・!?



誰か教えてあげて! 幸村君はもう十分に健康すぎるってことを・・・・・・!
(むしろこれ以上強くならないで! 私を含めた人類のために!)



こ、ここで断ったら殺される! というか幸村君は、私が頷くまで質問を繰り返す気満々な気がする!
どうして! 何が悪かったの! 健康の一体どこが悪いの! どうして私は健康なの! 嬉しいけど嬉しくないよ! 
そして幸村君は本当に身体が弱いの・・・!? 医療ミスでしょう、お医者様!



「ああああああああああああの、あのですね、ゆゆゆ幸村君!」
「うん、何?」
「わ、わわわわわわ」
「ん?」
「わ、わたくしは幸村君のことはほとんど何一つと言っていいほど知りえておりませんし、ゆ、ゆゆゆ幸村君もそそそそれは同じではないかと思うのですよ! で、ですからここはやはり一つ互いのことを知っていくことから始めませんか! というかそこで終わらせて!」
「じゃあ『まずはお友達から』だね! ふふ、よろしくね、さん! 友達だから一緒にご飯食べたり、映画観に行ったりしようね!」
「ととととととと友達ですから! だから是非とも真田君や柳君や柳生君も一緒にですね!」
「うん、最初は一緒にね! そして一人ずつ減らしていこうね!」



犯罪者がここにも・・・!





友達になったことで満足したのか、幸村君は私の携帯電話とメルアドを聞き出して、自分のを私の携帯に登録してからにこにこ笑顔で手を振って出て行った。一緒に帰ろうね、なんて言葉は聞こえなかった。聞こえなかったよね!?
私と幸村君のやり取りを孫でも見るかのように眺めていた柳君と柳生君は、礼儀正しくお辞儀をして、まだ気を失っている真田君を引きずって去っていった。
眺めてるくらいなら止めてほしかったよ・・・! それとも体育会系のヒエラルキーは絶対なの!? テニス部部員はみんな幸村君の僕なの!?
お、恐ろしい子・・・・・・・・・!



「わ、私・・・今すぐ不健康にならなきゃ・・・!」
「いや・・・・・・無理でしょ。あの様子じゃ、あんたがどれだけ頑張って不健康になっても幸村が食事や運動を管理して元通りにしてくれそうだし」
「・・・・・・!!」
「まぁ、頑張れ?」



友人がとてもしみじみと溜息を吐いてる。
ひそひそ話してたり、睨んでたりしてた女の子たちも、今はどこか優しくて生暖かい笑顔で私を見ている・・・。
うれしくない・・・! うれしくないよ・・・・・・!
健康がこんな悪いことだったなんて・・・・・・!
思わず泣きそうになってたら、またしても教室のドアが開いて。
ああ、柳君と柳生君はさっきもドアを直して帰ってくれたんだ・・・・・・。
でも今の幸村君の登場でまたしても無駄になっちゃったけどね・・・!
にこにこにこにこ笑う幸村君は、まるで午後のお日様みたい。だけどもう遅いよ・・・!



さん、これ、青竹踏み! 授業中もこれを踏み続けて健康を維持してね!」



渡された竹が重い・・・・・・。
ああ、もう本当にどうして。



「不健康になりたい・・・・・・」



呟いた私の肩を、友人がぽんっと叩いてくれた。
それがやけに切なかった・・・・・・!





神様、どうか幸村君を健康体にして下さい!
(そして私を彼の手から解放して・・・!)





2005年4月9日