「なぁなぁ、そこのネエチャン。俺と一緒に温泉でまったりせぇへん?」



とりあえず『ネエチャン』という言葉には該当するから振り向いてみたところ、温泉マークの手ぬぐいを額に巻いている少年がにこにこ笑いながらこっちを見ていた。
怪しいことこの上ないと思ったけれど、後で聞いてみたところ、この文句は彼が一週間かけて考えた必死の言葉だったらしい。





ゆーとぴあへいらっしゃい!





学校帰り、歩いていたら後ろから声をかけられた。
振り向いてみたところ、そこにいたのは男の子。温泉マークの手ぬぐいを額に巻いて、黒のタートルネックの上から浴衣みたいな羽織を着てる。何かちょっと時代錯誤な感じ?
年齢はいくつだろう・・・・・・私のよりも少し下? 中学生?
左目にかかる火傷みたいな跡が痛そうで、ちょっとだけ怖い印象を与えるけど、でもにこにこ笑ってる顔は可愛いかも。
将来が楽しみ。そんな彼は、どうやら私に話しかけていたらしい。
「・・・・・・温泉?」
「せや、温泉」
「この近くに銭湯なんてあったっけ?」
「ちゃうちゃう。俺のマイ温泉や。っちゅうても今はまだないんやけど、近いうちに手に入れるさかい、一緒に入らへん?」
「・・・・・・・・・もちろん男女別風呂だよね?」
「えっ! 何でや!?」
男の子は、どうやら私の言葉に本気で驚いたらしい。え、でも驚かれた私の方が驚いちゃうんだけど。
だっていきなり見ず知らずの男の子に話しかけられて、一緒に混浴風呂に入れると思う? そんなにはしたないつもりじゃないんだけどな。
「ごめんね。他を当たってくれる?」
「そんなん意味ないやないか! 俺はネエチャンを誘うとるんやで!?」
「気持ちだけ貰っておくよ。それじゃバイバイ」
ガーンという音が似合いそうなくらいショックを受けている男の子を放って、さっさと歩き出す。
何か変な子だったなぁ。外見はかっこいいし可愛いのに、何か変なの。大体マイ温泉って何? あの子、どっかの旅館の息子なの?
だからあんな格好してるのかな。浴衣姿で毎日営業してるのかもしれない。若いのに大変だ。
「ちょ、ちょお待ってや!」
「わぁっ!」
いきなり手首を捕まれて、思わず身体が震えた。振り向けばまたさっきの男の子だし。
うーん・・・・・・知らない男の子にいきなり手首を捕まれるのは、ちょっと嫌かも・・・。
かっこいい顔が、何だか必死そう。にこにこ笑顔じゃなくて、ハラハラ真剣顔?
「・・・・・・痛いよ。放して」
「えっ! あ・・・堪忍な。せやけど・・・・・・逃げんといてや」
「・・・・・・判ったから」
頷き返すと、男の子は恐る恐る私の手首を放した。
済まなそうに伺ってくる彼は、やっぱりどこか可愛い。でもやっぱり変。すごく変。
「あのな、俺、佐野清一郎っちゅうんや。中三や。・・・・・・ネエチャンの名前、聞いてもええか?」
「・・・・・・。高一」
「下の名前はあかんか。まぁええわ。これから仲良うなって教えてもらえばええし」
にかっと笑った男の子―――佐野君? 彼は、何だか良い子みたい。
私の失礼な態度に怒ったりしないし、ムカついたって顔もしないで笑い返してくるし。
中学生には見えない大人びた感じは、一緒にいて心地よい。かもしれない。
佐野君は困ったように手ぬぐいの上から頭を掻いて、ボツボツと話し始める。
「えぇと・・・・・・何から話せばええんかな。何やもう、せっかく考えてきたんに忘れてもうたわ」
悔しそうに言う彼は可愛い。やっぱり中学三年生かも。
「せやけどホンマ、俺はネエチャンをどうこうしようっちゅうんやないで。そこんとこは信じてや」
「・・・・・・うん」
「おおきに」
あ、また笑った。可愛い。佐野君、可愛い。かっこいいけど可愛い。
「・・・・・・さっき、温泉とか言ってたよね。マイ温泉って何?」
聞けば彼はポンッと手を叩いた。うわぁ、古典的な仕草。
「せや、温泉や! ネエチャン、温泉好きか!? 好きやろ!? 好きやな!? そうか、好きか!」
「勝手に決められるのは好きじゃないけど、温泉は好きだよ」
「ほな俺と入ろ!」
「男女別浴ならね。混浴は嫌」
「せやから何でや! 俺のマイ温泉やで!? 誰にも気兼ねしなくてええって!」
「だからそのマイ温泉って何? 佐野君って旅館の息子?」
聞いたら、佐野君は何だか「佐野君・・・」と呟いて悦に入ってしまった。
可愛くてかっこいいのに変。何回言ったかな、この台詞。
「―――はっ! すまん、ちょお浸ってもうた! マイ温泉っちゅうのは俺の俺だけの温泉や。まだないんやけど、近いうちに必ず手に入れたる」
「源泉でも掘り当てるの?」
「まぁそれに近いんやけどな、詳しい方法はまだ言えへん。せやけど一番にネエチャンに見せたるから、俺と一緒に入ってや」
「だから何で私が佐野君と?」
「そんなん、俺がネエチャン好きやからに決まっとるやろ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
あ。崩れた。
「アホや、俺・・・・・・・・・っ!」
可愛くてかっこよくて怪しくて変で楽しい。佐野君は七変化だ。
こんな子は初めてかもしれない。かもしれないじゃなくて、初めて。



「ねぇ、佐野君」
「・・・・・・・・・今の俺は自分のアホさ加減に嘆いとるんや。そっとしといてや・・・・・・」
「私の下の名前、っていうの」
あ、がばっと顔を上げた。本気で半泣きだったらしくて、目に涙が浮かんでる。
こうしてるとやっぱり中学生なんだな。幼い、年下って感じ。だけど、うん。
結構好きだな、この子のこと。
「混浴のことはとりあえず置いておくとして、温泉は好きだから、いつかマイ温泉を手に入れたら、また誘いに来てくれる?」
「―――ええんかっ!?」
「混浴のことは置いておくとして、ね」
「それやったら毎日来るで! でもって毎日口説いたる! せやから俺と一緒に―――・・・・・・っ」
「お・い・て・お・く・と・し・て」
「ぐふっ! え・・・えぇツッコミや・・・!」
チョップを食らわせたら、佐野君は頭を押さえながらも笑った。
見てるこっちが楽しくなるような、明るい笑顔。子供みたいで、大人みたいな、佐野君の顔。
うーん、困った。こんな彼に毎日口説かれちゃったら、マイ温泉とやらが出来るころには混浴もオッケーしちゃうかもしれない。
そんなにはしたないつもりはないんだけどな。

「ほな、これからよろしゅうな、!」

満面の笑顔で名を呼ぶ佐野君。あぁ、本当に困ってしまいそうだよ。





2005年7月13日