今日の部活でクッキーを作った。
我ながらいい出来に仕上がったなぁなんて自画自賛してみたりして。
家に持ち帰るか、誰かにあげるかで悩んでいたら、ふと道行く子犬が目に入った。
結論、餌付けすることに決定。





Everyday Life





「太一君、太一君」
休憩中のテニスコートの腰までの金網越しに、子犬を手招きして呼んでみた。
「えっ? あっ、先輩!」
タオルで汗を拭いていた子犬は、私に気づくとパタパタと尻尾を振りながら近づいてくる。
「どうしたんデスか? 何か用でもあったデスか?」
「うん、用といえば用があってね。部活の方はどう? そろそろ慣れてきた?」
「はいデス! でもまだまだ体力がないから、もっと頑張らなきゃって思うデス」
「そうね。太一君はこれからだものね」
私がそう言うと、子犬は顔を赤くして照れたようにはにかんだ。
あぁもうすっごく可愛い。



子犬こと壇太一君は、私のお気に入りの一年生。
小柄で緩めのヘアバンドからのぞく黒髪がフワフワ揺れてて、本当に子犬みたい。
見てると癒されるのよねぇ。
いいわぁ。一家に一匹欲しいなぁ。うちに来てくれないかしら。
これ以上無いって位に甘やかして、大切にするんだけどなぁ。



「あの、先輩」
子犬、もとい太一君が少し遠慮がちに声をかけてきた。
あ、こういう風に聞いてくるときは決まってアイツの事なのよね。
「・・・亜久津先輩、どうしてるデスか?」
やっぱりね。うん、分かってましたとも。
「んー、元気そうよ。昨日もどっかの高校生相手にケンカして、優紀ちゃんに怒られてたし」
「えっ! ケ、ケンカですか・・・?」
「はい、ケンカです」
あーもう、そんなに落ち込まないでよ。尻尾がへにゃんって垂れ下がっちゃってるじゃない。
でもそんな姿も可愛いから、実はわざと言ったりもしているんだな。
「大丈夫よ太一君、心配しないで。アイツ怪我とかしてないし、警察に補導されてもいないから」
「そんな事になったら、僕泣くデス・・・」
泣いてくれるの? じゃあケンカ現場捕まえて警察に密告してみようかな。
泣きじゃくる太一君を優しく慰めるのもまた一興。
まぁでもやっぱり、子犬には笑っていて欲しいからね。
「あのね、太一君。いい事教えてあげる。絶対誰にも言わないって約束できる?」
こっそりと小声で聞くと、太一君は泣きそうな顔のままコクンと頷いた。
「仁の奴ね、最近ときどき私をテニスに誘うのよ。格好つけて部活を辞めはしたけど、テニスは結構好きみたい」
私の言葉に、子犬は丸い目をさらに丸くした。
そして次の瞬間にその顔中にパァッと笑顔が浮かんで。
「本当デスか!? 先輩!」
「本当ですよ。太一君」
あぁやっぱり、子犬には笑顔が似合うわね。
仁のおかげって言うのが、ちょっと悔しい気がしないでもないけど。



亜久津仁。
外見は完璧にどこぞのヤンキーで、行動も全くもってその通り。
だけどその筋肉はかなりの逸材らしくって、空手やテニス、色んなスポーツを高レベルでこなしてた。
そんなアイツは子犬の憧れの先輩で、何故か私の幼馴染をやっている。
互いの幼い頃を知っているものだから、ものすごく厄介な存在なのよね・・・。
私の過去を子犬にバラしたりしたら、アイツ、二度と日の目を見られない体にしてやるわ。



「あっれーじゃん! こんなとこで何してんの? もしかして俺の勇姿を見に来てくれたとか?」
あー現れたわね、千石清純。今日もオレンジ色の髪の毛が眩しいこと。
「まさか。今日は太一君に用事があって来たのよ」
鞄の中からピンクの包装紙でラッピングされたクッキーを取り出して。
家庭科部の後輩がバスケ部の彼氏にあげるらしく持ってきた包装紙の余ったのをもらって包んだのよね。
太一君にあげるには丁度いいわー。千石じゃないけどラッキーかも。
「はい、太一君」
「えっ? ぼ、僕にデスか!?」
慌てた姿も可愛いなぁ。是非お持ち帰りしたいんだけど。
「今日の部活で作ったクッキーなの。よかったら食べてね」
最高級の微笑までつけちゃう。
そうしたら予想通り太一君は顔を真っ赤にしてコクコクと何度も頷いてくれた。
「あーいいなぁ太一。ねぇ、俺にはないの?」
「ないわよ。これは太一君のためのクッキーなんだから」
千石とは一年のときからクラスが一緒で腐れ縁ってやつなのよね。
今でも仁を入れて三人で(ときどき南も来るけど)授業サボって遊んだりしてるし。
千石は嫌いじゃないな。付き合いやすくてすごく楽。
「太一〜、一枚ちょうだい?」
あ、実力行使? まぁ一枚くらいならあげないでもないけどね。
そんなことを考えてたら。
「だっ、だめデス! これは僕が先輩からもらったんですから、千石先輩にはあげません!!」



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「・・・・・・・・・・・・ホンット太一は可愛いねぇ・・・」
「・・・ね、千石。マジでお持ち帰りしてもいい?」
訳も分からず首を傾げてる顔も可愛いなんて、本当に羨ましいわぁ。
千石と二人で大きくため息をついちゃったじゃない。
「な、何で二人してため息なんかつくんデスか〜!?」
君が可愛いのがいけないのよ。この可愛さが永遠に続きますように神様にさえ願っちゃうわ。
子犬をどう可愛がろうと考えてたら、遠くの方でピ―――ッと笛の音が聞こえた。
休憩時間も終わりみたい。あーあ残念。
「ちぇっもう練習かー。んじゃ、また明日ね〜」
「あ、先輩。ありがとうございました!!」
走っていくオレンジと子犬のテニス部員二人に手を振りつつ、にこやかに笑って見せた。
さ、今日も十分子犬を堪能したし、家にでも帰るとしますかね。
テニスコートに沿って歩いていくと、私に気づいた南や東方、室町君が手を振ってきてくれる。
何か微笑ましいなー。
私も笑って手を振り返した。
っと思ったらイキナリ携帯が鳴り出すし。この着メロはアイツ以外の何者でもないし・・・。
噂をすれば影?
「何の用よ、仁」
『おまえ今暇だろ。ちょっと付き合え』
「またテニス? お願いします様って言えば付き合ってあげないこともないけど?」
『・・・・・・ふざけんじゃねぇよ』
「今度映画奢ってね? 単館映画の超ゴシックホラー」
『太一と行けばいいじゃねぇか』
「ダーメダメ。太一君ホラー苦手なんだもの。やっぱり一緒に観るなら感動の恋愛物でしょ」
『ケッ! くだらねぇ』
「ふーん、一人でテニスするんだ?」
『・・・・・・・・・・・・』
あら、黙っちゃった。でもいいかな、今日は仁のおかげで太一君の笑顔が見れたことだし。
「一度家に帰ってから行くから場所教えて。それとも迎えに来てくれるの?」
『・・・・・・オマエ一人で歩かすとロクな事ねぇからな。家で待ってろ』
そう言って電話はブツッと切れた。
ひっどいなー。別に私一人で歩いても問題なんか起こらないわよ。
ちょっとナンパしてきた男達を叩きのめすくらいじゃない。
ま、いっか。仁と歩いてると余計な男に声かけられることはないしね。
(その分、仁にリベンジしかけてくる奴らには遭遇することもあるけれど。でも私、空手の黒帯だし?)



頼もしくてからかいがいのある幼馴染。
軽い会話と軽すぎる態度のクラスメイト。
手を振って挨拶をしてくれる優しい知り合い。
そして何と言っても可愛くって可愛くって仕方のない子犬!



なんだかんだ言って楽しい日常を送れてるじゃない?
大切な人たちを思い描いて私は笑った。



山吹、万歳!





2002年8月1日