放課後の教室。
窓からの夕日を受けて長い影が二つ。
向かい合う少年と少女。
通常ならロマンティックな雰囲気の漂うシチュエーションにも、何故だかそんな方向へ向かうベクトルは皆無。
聞こえるのは少女の怒りに満ち溢れた絶叫のみ。



「郭英士のバッカヤロ―――――――――――――――ッ!!!」





a chameleon





少女の台詞の語尾にエコーがかかって廊下に響く。
教室にはため息一つ。
「・・・・・・、また何かあったの? あったなら手早く話してね。僕まだユニフォームのままなんだから」
「別にいーじゃん、杉原。荷物はここに持ってきてるんだし。部活中に攫わなかっただけ感謝してよねー」
「そんなことしたら怒るよ?」
「分かってる。だから部活直後を狙ったんじゃない」
私だってまだ呪い殺されたくないしねーと笑いながらコンビニの袋を机にぶちまける少女。
向かい合って座る二人の間には小さなお菓子の山が形成されて。
とりあえず初めは期間限定のア・ラ・ポテトでいきますか。



「それで今回は何? またドタキャンされたの?」
夕日を浴びながらポテチをつまむ杉原くん。
対して答えるのはパックの林檎シュースを飲むさん。
「そう! そうなの!! これでジャスト10回目よ! 2ケタ更新!」
「ふーん、おめでとう」
「ありがとう! でもさ、これってどうかと思わない? 私たち一応彼氏彼女なんですけど!」
サラリと流す彼女は杉原くんのクラスメイトでお友達。
ちなみに今の座席はお隣さん。
「それでさーいい加減キレそうになって『またキャンセル・・・? 私・・・寂しいよ。ね、郭君・・・・・・もっと会えないかな・・・?』って言ったら何て言われたと思う!? 『俺が忙しいの知っててそんなこと言うわけ? 最低だね。さんってそんな子だったっけ?』って言いやがったのよ! ふざけんじゃないわよ! 最低なのは私じゃなくてアンタでしょ! もーやだすっごいムカツク! いい加減キレました!!」
さんが握りこぶしで話している間にもア・ラ・ポテトは減っていきます。
いつものニコニコ顔は奥へしまって無表情で話を聞いている杉原くん。
「うん、それでどうしたの?」
「一発殴り飛ばして別れてきた」
ピタ。
絶え間なくポテチを口に運んでいた杉原くんも思わず停止。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・それ、本当?」
「本当、バリマジ。『アンタねぇ世界が自分中心に回ってるとか思ってんじゃないわよ!』って言って顔面殴ってやった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「今頃アザにでもなってんじゃないのー? 全力で殴ったし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私、駅前のゲーセンのパンチングマシーンで記録持ってんだよねー。さすがに1位じゃなくて3位だけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「杉原ー?」
沈黙している杉原くんを不思議に思ってさんが俯いた彼の顔を覗き込みました。
その瞬間。
「ぶっ・・・・・・あはは! あははははははは!! あはははははははははははははははは!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
突然爆発するかのように笑い出した杉原くんに今度はさんが沈黙。
「あは、あはははははははははは・・・・・・・・・・・・!!」
「杉原―。そんな涙流すほど笑わなくてもいーんじゃないの?」
「だって・・・・・・ぶっ・・・郭が・・・・・・郭が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!」
「・・・・・・堪えなくていーよ。声出して笑え」
「あはは・・・・・・! いいなぁ、僕もその場にいたかったなぁ」
「ホントー。ビデオに撮っとけば良かった。キレーに決まったんだよ、右ストレート。郭もコマ送りみたいに倒れちゃってさー」
二人してしばし沈黙。
まぶたの裏に描かれる映像はたった一つで。
そして二人して大爆笑。



「いー気味! すっごいせいせいした!」
そう言ってさんはムースポッキーを開きます。
割と新しいもの好きなようです。
「だって何? 5ヵ月付き合ってデートしたのたったの3回よ? キャンセルの数の方が全然多いしさー。まったくバカにしてんじゃないの。彼氏っていう自覚あったのかしら?」
「でもはそんな郭に合わせてたんでしょ?」
「そーよーそれこそ二重人格のようにね。呼び方だって『郭君』よ、『郭君』。物分りのいい大人しい子が好みだって言うからさー言動もそれっぽくして。でも今思えばそれって好みっていうより『都合のいい彼女』なんだよね」
「『忙しい郭』にとって、都合のいい?」
「そうそう。だけどそれってバカバカしいじゃない? まぁやってた私も私だけど。片方が無理して成り立つ恋愛なんて何ソレって感じだし。愛されたいのは私も一緒だっての!」
ところどころ声の高くなるさんを放って杉原くんはパイの実いちご味を開封します。
その彼の傍らにははちみつみるく(カルシウム2倍)が。
「なのに何? 愛されるどころか相手にもされないし? アイツ何様? 何様のつもり? 郭様? 郭様なわけ?」
「郭様・・・・・・・・・」
「ずっと好きだったから性格変えてまで告白して彼女になったのにあんな扱い受けて? 郭様の愛を感じたことなんて悪いけど一度もなかったわよ!」
イライラしているさん。
眉間にシワが寄っています。
「愛してるけど愛されてなくって? 会いたいけど会えなくって? 先の見えない恋に短い青春を捧げられるかっての!」
「『見えない』っていうよりむしろ『無い』って感じだよね」
「そーよー! しかもそんなところにあの郭様の台詞! あんなこと言われてそのまま付き合えるほどプライド低くないッ!!」
勢いよくそこまで言い切るとガクンとうな垂れるさん。
サラリとした黒髪の合間にのぞく、白いうなじ。
パイの実いちご味が底を尽きました。



「気は済んだ?」
いつものニコニコ顔とは微妙に違った笑みを浮かべて杉原くんが尋ねます。
しかしさんはそれに答えず、悔しそうに俯いて。
「ちくしょー・・・。もう一発殴り飛ばして写真でも撮っときゃよかった」
「今度の日曜に選抜の練習があるんだよね。・・・・・・・・・楽しみだなぁ」
「明後日だからねー。アザはまだ残ってるんじゃない?」
「あははは。本当に楽しみ」
杉原くんがどこか怪しく笑います。
しかしそれに動揺しないさんもさん。
「暗くなっちゃったし、そろそろ帰ろっかー。廊下にいるね、着替えたら出てきて」
「うん、分かった」
そうして帰る、秋の夕暮れ。



「ありがとね、杉原。いつもいつも話聞いてくれて」
「全然構わないよ。僕もに話聞いてもらってるし」
仲良く並んで二人は帰ります。
同じ歩幅でゆっくりと。
「ねぇ、。日曜日どっか行かない?」
「えー? 選抜の練習あるんでしょ?」
「うん、でも午前中だけだし。午後でよければ憂さ晴らしにボーリングでも遊園地でも付き合うよ」
優しい優しい杉原くん。
さんは目をパチクリ見開いて、そして嬉しそうに笑いました。
「じゃーねカラオケ行こ! カラオケ! 失恋ソング、メドレーで歌ってやるッ!」
そう言って笑ったさんは本当に可愛らしくて。
この表情を見るたびに杉原くんは思うのです。
『あぁ・・・郭って何てバカなんだろうね』、と。
作られた『さん』ではなく、本当の『』はこんなにも可愛くて魅力的なのに。
そのことに気づかないなんて救いようの無いバカだ、と。



甘くて柔らかい恋心は杉原くんの笑顔と計算にくるまれて、まだまださんには届かせないご様子。
それでも二人は仲良く並んで帰ります。
甘いお菓子とサッカーでつながれた、どこか似ている彼らのある秋の日のお話でした。





2002年9月26日