同じクラスの鹿目筒良くん。
彼には好きな人がいるんです。





クラスメイトの恋人





キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン
四時間目の授業も終わって、待ちに待ったお昼の時間です。
お昼といえば学生にとって楽園にも等しい憩いの時間。
それは私のいる十二支高校の三年四組にとっても同じなのです。



「牛尾〜。おなかが減ったのだ。早く食べるのだ」
そう言いながらお弁当を片手に歩いてるのは同じクラスの鹿目筒良くん。
彼は同じ野球部の友達の机にお弁当を置いて、前の空いていた席に座りました。
「そうだね、食べようか。僕もお腹が減ったよ」
爽やかな笑顔で答えたのは牛尾御門くん。
この二人は同じ部活に所属しているからか仲がよくて、大抵お昼を一緒に食べています。(時々、隣のクラスの蛇神くんも来たりします)
牛尾くんは野球の名門で知られているうちの学校でキャプテンを務めています。
成績優秀、スポーツ万能、容姿に加えお家柄もいいとのこと。
もちろん女の子が放って置くはずがありません。
誕生日にバレンタイン、イベントのたびに彼の周囲は女の子で一杯になって、同じクラスの私としてはちょっと迷惑しているのも事実です。
まぁ、牛尾くんはいい人だから別にいいんですけど。
そして鹿目筒良くん。
彼には好きな人がいるんです。



「あ、ピーマンが入っているのだ。牛尾、あげるのだ」
「好き嫌いは駄目だよ、鹿目君。バランスよく食べなくては丈夫な体が作れないだろう?」
「別にいいのだ。あげるのだ」
そう言ってピーマンを牛尾くんのお弁当箱に移した鹿目くん。
彼は我が十二支高校野球部が誇るエースピッチャーです。
一見ぬいぐるみのような(失礼かもしれないけど、彼を知っている子はほとんどがそう思っていると思う)外見だけど、彼の投げるカーブは剃刀なんだって去年同じクラスだった一宮くんが言ってました。
身長は高くないけれど成績は結構よいし、もちろん運動神経はバッチリ。
可愛らしい外見も手伝って、鹿目くんもバレンタインにはたくさんの女の子に声をかけられていました。
でも牛尾くんと違って、そのほとんどが『友達チョコ』つまりは『義理』だったらしいです。
それもそのはず。
だって彼に好きな人がいるってことは皆が知っているんですから。



鹿目くんが食べていたお弁当から顔を上げました。
その少し後に廊下からパタパタという軽い足音が聞こえてきて。(ひょっとして聞こえてたんですか? 鹿目くん)
ガラッと勢いよく教室の後ろのドアが開いて、一人の女生徒が姿を現しました。
「鹿目くんッ!」
彼にとって愛しのハニー、思い人の登場です。



『失礼します』とお辞儀をしてから三年四組の教室内に入ってきた女の子。
彼女の名前はちゃん。
隣のクラスの子です。(つまり彼女は蛇神くんと同じクラスなんです。ちなみに私のクラスと彼女のクラスは体育が合同だったりします。蛇足ですけど)
綺麗な飴色の髪にゆるいウェーブがかかっていて彼女の背中でフワフワと揺れています。
目はパッチリとしていて唇は甘そうなピンク色。
天然美形の可愛い子ちゃんです。
詳しくは知らないけれど頭もいいらしいし、運動神経も(こっちは同じ授業だから知ってますけど)よいという羨ましい子だったりして。
皆の羨望の的の彼女は性格もよくって皆に好かれています。
いや、どちらかと言うと可愛がられているのかもしれません。
鹿目筒良くんは、そんなちゃんのことが好きなんです。



「・・・どうしたのだ?
持っていたお箸を置いて鹿目くんが立ち上がりました。
見下ろされているのが嫌だったのでしょうか?
男子の中でも小柄な鹿目くんと女の子の標準的な身長のちゃんは同じくらいの身長なので、二人が向かい合っていると自然と見つめあってるように見えます。
並んでいる二人はとても可愛らしくって。
鹿目くんをマスコットとするなら、ちゃんは西洋人形です。
クラスの皆もお弁当を食べる振りをしながら二人の様子を窺っています。
「あのね、あのね、鹿目くんにお願いがあるの!」
頬をうっすらと染めてそう言ったちゃんはとてもとても可愛くて、鹿目くんの顔も赤くなります。
「な、何なのだ?」
微妙に裏返った声で尋ねる鹿目くん。
そんな恋する少年に気づくこともなく、ちゃんは明るい声で言いました。



「あのね! 『ケロッ』って鳴いてみてほしいの!!」



・・・・・・・・・前にも言ったとおり、鹿目くんはぬいぐるみのような外見をしています。
そして更に、彼の髪の毛は緑色をしています。
つまりはっきり言えば・・・・・・・・・、
彼は、『カエルのぬいぐるみ』に似ているんです。



俯いてしまった鹿目くん。今か今かと待っているちゃん。
三年四組の皆は固唾を呑んで見守っています。
一途に相手を思う鹿目くんと、一向にその思いに気づきそうにないちゃんを。



「・・・・・・・・・もし、」
俯いていた鹿目くんが言葉を発しました。
愛しのちゃんのためにカエルになる決心をしたのでしょうか?
鹿目くんは顔を上げてちゃんをまっすぐに見つめて言いました。



「もし、が僕の言うことを聞いてくれるのなら、それなら言ってもいいのだ!」



・・・・・・・・・オォ!!
新しい展開になってきました。
今まで遠まわしのアプローチしかしてこなかった鹿目くんが、この手の手段を使ってくるとは・・・。
(ちなみに遠まわしのアプローチはちゃんには一切通用しませんでした。自分のことに関しては結構ニブイ子みたいです)
クラス中の皆は驚きながらも『よく言ったぞ(わ)! 鹿目(君)』という感じで小さくガッツポーズを作っています。
けれどちゃんはそんな私たちにも気づかずに頷きました。
「うん、いいよー。でも一つだけね」
『私に出来ないことや、高いものおごるとかはダメだからね?』と言って笑うちゃん。
そんなことを鹿目くんが望むわけないじゃないですか。
愛しい愛しいちゃんに鹿目くんが願う事といったら一つでしょう。
クラス中の期待の視線を受けながら、鹿目くんは赤い顔で言いました。



「・・・・・・僕のことを苗字じゃなくて名前で呼ぶのだ!」



・・・・・・・・・ガクリ、と鹿目くんとちゃんを除く三年四組の全員が肩を落としました。
(もちろんあの牛尾くんもです。彼も鹿目くんの恋の行方を気にしている一人ですから)
鹿目くん、・・・もう少し高望みしてみてもいいんじゃないでしょうか。
せっかくちゃんが願い事を叶えてくれるって言ってくれているのに。
名前で呼ぶなんてこと、ちゃんにとっては朝飯前だと思いますよ?
あぁ勿体無い!



「いいよ、筒良!」



ちゃんが笑顔満点で鹿目くんの名前を呼びました。
しかも呼び捨て。個人的に『筒良くん』って呼ぶかな、と思ったんですけど甘かったみたいです。(ちゃんは奥が深い!)
全開の笑顔を目の当たりにした鹿目くんはボッと一気に耳まで赤くなりました。
身長差がないのが返って災いしたみたいです。(いや、これは得したことになるのかな?)
とにかく鹿目くんは再び下を向いてしまいました。
そして・・・・・・・・・。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ケロッ



シーンと静まり返った教室に鹿目くんの鳴いた声が響きました。
そして更に五秒ほどの沈黙の後、信じられないことが起こったんです。



「可っ愛い―――っ!」



ガバッとちゃんが鹿目くんに抱きついたんです!!



「な、なななななななななな・・・・・・!!」
真っ赤になってうろたえる鹿目くん。(そりゃそうですよね。大好きな女の子に突然抱きつかれたんですから)
けれどちゃんはそんな鹿目くんの両肩を持って、言いました。
(至近距離過ぎるあまり鹿目くんは非常に困っているみたいですけど、見てるこっちとしては『やったな(ね)!鹿目(君)』的な心境です)



「すっっっっっごく可愛かったよ! ありがと、筒良!!」



『じゃあまたね!』と言って、来た時と同じように軽やかな足音を立ててちゃんは去っていきました。
残されたのはそれこそトマトのように顔を真っ赤にした鹿目くんだけで。
彼はしばらくその場に立ち尽くしていた後、ゆっくりと元座っていた席に腰を下ろしました。
机に両腕をついて、授業中に寝るような体勢をとってその真っ赤になった顔を隠します。



「よかったね、鹿目君」
向かいの席に座っていた牛尾くんが優しく言いました。
よかったのかな?と疑問に思わないでもなかったのですが、当の鹿目くんが机に突っ伏したまま頷いたので、よかったことにしました。
(確かによかったのかもしれません。一声鳴くだけで大好きなちゃんから『名前呼び捨て』+『ちゃん笑顔(しかも至近距離)』を貰うことが出来たんですから。おいしかったよね?)



同じクラスの鹿目筒良くん。
彼には好きな人がいるんです。
その人のためなら、たとえカエルの真似だって出来ちゃうんです。
そんな風に思われているちゃんは、隣のクラスの女の子。



私のクラスメイトの恋人なんです。





2002年6月1日