私は兵器です。
正式名称を地球連合艦隊所属宇宙戦艦ドミニオン所属機体GAT-X322ペリッシュガンダム付属パーツ番号0073生体CPUといいます。
―――名前ですか? ありません。私はパーツですから。
―――? あぁ、それは私の名称が余りに長いので、呼ぶのに面倒だからとクロトたちがつけてくれた略称です。
それくらいの自由は与えられていましたから。



私は部品です。
ガンダムのために製造された生体CPUです。





God, please look at us!





私の略称はです。身体年齢は覚えていませんが、今年で17歳になるらしいです。
―――何故『らしい』なのかですか? それは私が自分の年齢を覚えていないからです。
私の記憶は12歳以前のものは皆無、それ以降はところどころが飛んでいます。研究者たちはそれを『薬の副作用』だと言っていました。
だから私は私の年齢を覚えていないのです。ただ、クロトが私と彼は同じ年だと言っていたので、おそらく17歳だと思います。
―――クロトはGAT-X370レイダーガンダムの付属パーツです。私と同じ生体CPUで、クロト・ブエルが略称になります。
―――はい、あります。カラミティガンダムの付属パーツは略称をオルガ・サブナック、フォビドゥンガンダムの付属パーツはシャニ・アンドラスです。
私たちはそれぞれのガンダムのために製造されました。それ以上の価値はなく、それ以下の意味もありません。



私の両親はナチュラルだと聞いています。どこかの中立国で暮らしていたらしいです。
けれどコーディネーターとの諍いが起こり、私の両親は殺されました。
行く当てもなく彷徨っていたところを地球連合に保護され、そしてクロトたちと出会いました。
―――いえ、覚えているわけではありません。先程言ったとおり私は12歳以前の記憶を持っていないので、これらはすべてクロトたちから聞いたことです。
―――ええ、そうですね。昔の私は、私のことを彼らに話していたのですね。そういえば私も、私以上にクロトたちのことを覚えています。
私たちは薬の影響で自分のことを忘れやすかったから、せめて他人に覚えていてもらいたかったのかもしれません。



クロトたちと出会ったのは、地球連合のどこかの施設でした。私たちは本体に嵌めこまれるまで十年近くそこにいたので、位置は判りませんが多少のことは覚えています。
白衣を着た研究員という人々がたくさんいて、昼間過ごす部屋はほとんどがガラス張りでした。白い壁がやけに多かった気がします。
私たちはそこで出会いました。オルガが言うには、私たちが出会った日はもっと多くの、百人以上の子供が集められていたらしいです。
年齢はみんな10歳前後で、ほとんどが孤児だったのだろうとオルガは言っていました。例に漏れず彼も私も、クロトもシャニも孤児だったからです。
私たちは最初に風呂に入れられ、着替えを渡され、食事を与えられました。そして健康診断のようなものを受けた後に注射を打たれました。
熱くて気持ち悪かったとクロトは言っていました。頭が痛くなったとシャニは言っていました。吐きそうだったとオルガは言っていました。
けれどそれも短い間で、私たちはすぐに元通り元気になりました。
数日後、二回目の注射が打たれるときには、すでに集められた子供は七割くらいに減っていたらしいです。
そのときは理由が判らなかったらしいけれど、後でオルガは『薬が適応しなかったんだ』と言っていました。
薬を打たれても元気だった子供だけが食事をもらえて、温かい布団で寝れたのです。
二回目の注射の後も、私たちはすぐに元気になりました。子供はそのときに半分くらいに減っていたそうです。



―――薬の名前ですか? 正式名称は知りませんが、『元気になる薬』だと私たちは聞かされていたようです。
けれど後にシャニが教えてくれたことによると、本当は『ナチュラルがコーディネーターと同等以上の力を持つための強化薬』だったそうです。
確かに私たちは薬を注射されると少し気持ち悪くなって、けれどすぐに元気になりました。
度々行われる体力測定で記録が伸び続けていたのを考えると、確かに私たちの身体は少しずつ強化されていたのかもしれません。
私たちはその状況を喜びました。風邪を引きにくくなって、足も速くなって、力も強くなっていったのです。
これなら施設から追い出されても、どうにか生きていけるかもしれない。そう思ったのです。
けれど私たちは施設から出たいとは思いませんでした。
何故なら施設で注射を打たれれば強くなれるし、元気でいれば食事も布団も与えられるし、不自由なことは何一つなかったからです。



アズラエル理事と会った日のことを、何故か私は今も覚えています。あの日の出来事が、私が覚えている12歳以前の唯一の記憶です。
その日も私たちは、昼間の自由時間をガラス張りの部屋で過ごしていました。
部屋はとても広く、本やゲームなどのいろいろなおもちゃがあり、何よりクロトにオルガ、シャニがいるから退屈はしませんでした。
子供の数はかなり減っていたようです。施設に来てから四年が経ち、時折新しく入ってくる子達を除けば、最初からいるのは私たちを含めて10人くらいになっているとオルガは言っていました。
もう数えるのも面倒になったくらい注射を打たれていましたが、私たちはやっぱり施設から出たいとは思わず、むしろずっとここにいたいと思っていました。
そんなある日のことでした。
オルガは本を読み、クロトはゲームをし、私とシャニはピアノを弾いて、それぞれ自由時間を好きに過ごしていたとき、ふと気づくとガラスの向こうにたくさんの研究員たちが並んでいました。
いつもは三人が決められた椅子に座って私たちを見ているのですけれど、その日だけはたくさんの人がいて、その真ん中に一人の男の人が立っていました。
金色の髪をした優しそうな感じの、スーツを着た若い人でした。
その人はガラス越しに私たちを見回して、研究員と何かを話しているようでした。
この施設に入ってから初めて見る『外の人』に私たちは興味を引かれ、遊ぶのも止めてその人をじっと見ていました。
その人は視線に気づいたのか、私たちの方を振り向きました。そして少しだけ目を瞬いて、研究員と何かを話して、にこりと笑って手招きをしました。
呼ばれたのはどうやら私だったらしく、少し戸惑いましたが、私は立ち上がってその人の元へ近づきました。
厚いガラス越しに見るその人は、とても綺麗な人でした。伸びてきた手がガラス越しに私の頭を撫でるような動作をして、触れられてもいないのに私は嬉しくなりました。
施設に入ってからというよりも、両親を亡くしてから、そうしてもらうのは初めてだったからです。
嬉しくて私が笑うと、その人も笑ってくれました。そして研究員に何かを言って、もう一度私に笑いかけてくれて、手を振って去っていきました。
優しい人だと思いました。



その夜、私は研究員によって『新しい薬』を投与されました。
次に起きた後、私の記憶はほとんどがなくなっていました。



ただ、あの優しい人が『ムルタ・アズラエル理事』であるということだけは、はっきりと覚えていました。



―――『新しい薬』のことは良く判りません。ただ、クロトが泣いていました。
シャニが手を握ってくれて、オルガが頭を引き寄せてくれました。三人が私を抱きしめてくれて、とても温かいはずなのに、何故かそれが感じられませんでした。
研究員が言ったことによると、私の感覚はなくなってしまったとのことでした。
熱いことも冷たいことも痛いことも苦しいことも、嬉しいことも楽しいことも悲しいことも苛立つことも、何も感じることはなくなったらしいです。
『君は大成功ですよ。立派なCPUとして生まれ変わったのですから』
アズラエル理事はそう言って、今度は直に頭を撫でてくれました。
だけど私にはその感覚が少しも伝わりませんでした。



それからしばらくの間、私はクロトたちと会うことが出来ませんでした。
車には乗らなかったので、同じ施設内にはいたと思います。だけど彼らと会うことは出来ませんでした。
私は全面ガラス張りの部屋に入れられ、注射を打たれました。その薬は『γ-グリフェプタン』という名称でした。
良く判らなかったのですが、私は後にクロトたちに投与される薬の実験体となっていたようです。
けれど私にはやはり良く判りませんでした。クロトたちが今何をしているのか、ぼんやりと考えながら、言われるままに行動していました。
施設から出たいとは思いませんでした。私は部品なのだから、施設にいるのが当然なのだと思うようになっていました。



クロトたちと再会出来たのは、最後に会ってから二年が経った頃でした。
すでに私は自分の年を覚えていなかったのですが、クロトが私の手を握って「は14歳だよ」と教えてくれました。
会わない二年間の間に、彼らはすっかりと変わっていました。
背が伸びて、身体は逞しくなり、目の下には隈が出来、精神は不安定になっていました。
だけど変わらずにクロトは涙を浮かべるし、シャニは私の手を握ってくれるし、オルガは頭を引き寄せて、三人は私を抱きしめてくれました。
彼らは変わっていませんでした。私は再び彼らと共に過ごすようになりました。
たくさんいた他の子供たちは、もう誰もいなくなっていました。死んだのだと、オルガは言っていました。



それからの日々は、以前とは違いました。
定期的に投与される薬は『元気になる薬』から『γ-グリフェプタン』に代わり、私たちは白くて広い部屋から暗くて狭い部屋に移されました。
『γ-グリフェプタン』を摂ると一時的に私たちはすごい力を得、けれど効果が切れると激しい苦痛に悩まされました。
感覚のない私は禁断症状に襲われるとすぐに身体機能が停止し、指一本動かせなくなりました。
戦場でそれは危険だと判断され、それ故にクロトたちには『新しい薬』を投与しないことになりました。
嬉しいとは思えなかったし、悲しいとも思えませんでした。ただ、シャニが呟いた言葉がひどく心に残っています。
ここから出たい。彼はそう、確かに言いました。けれど出ることは出来ませんでした。
それどころか私たちにはありとあらゆる措置が取られるようになりました。
オルガが破壊行為に走っても、咎めは何もありませんでした。
クロトが研究員を殺しても、与えられたのは銃殺ではなく『おしおき』でした。
シャニが手首を切っても、最新の技術で薄い跡しか残らないように治されました。
あんなにも自由だった私たちは、いつの間にか死ぬ権利さえ奪われていたのです。
私もCPUだから、いつか壊れたら破棄されるのでしょう。そう考えても何も感じられない自分は、やはり部品なのだと思いました。



ペリッシュガンダムを与えられたのは、クロトの言う17歳のときでした。施設に来てから九年目のことでした。
会うのは三度目になるアズラエル理事が、私たちをそれぞれのガンダムに装備させて言いました。
「君たちにはこれから敵を落としてもらいます。そのために今まで投資してきたんですからね」
私たちは『γ-グリフェプタン』を投与された直後の興奮状態だったので、その言葉に特に反応はせず、早く戦場に出ることを望みました。
けれど帰艦して薬を飲んだ後、オルガは拳を震わせていました。私はその手に触れましたが、熱を感じることは出来ませんでした。
かつての私たちは元気だったら生きていくことが出来ました。
けれど今の私たちは、敵を殺さなきゃ生きていけなくなったのです。



薬を打たれて、敵を殺して、殺さなきゃ『おしおき』されて、薬がなきゃ生きていけない。
私たちは考えることすら奪われました。死ねなくて、生きるには殺さなければならなくて、そこに正義などないのです。
選択肢も権利も自分自身の意志さえ、私たちの手には残っていませんでした。
シャニもいつしか、ここから出たいとは言わなくなりました。ここから出ても私たちを待っているのは死だけだったからです。



ナチュラルとコーディネーターの戦争が始まったのも、私たちには関係ありませんでした。
ただ出撃して敵を破壊することだけが、私たちの義務だったからです。相手が誰であろうと関係なく、落とすことだけが必要でした。
だからこそ白いのと赤いのが出てきたとき、私たちは必死でした。
―――フリーダムとジャスティス? そういう名称なのですか? 知りませんでした。私たちは『白いの』『赤いの』『新型』などと呼んでいたので。
だけど、どうしても落ちないのです。落とさなければ『おしおき』が待っているのに、私たちはあれらを落とさなければ破棄されるのに、なのにどうしても落とせないのです。
私たちには『γ-グリフェプタンの効果中のみ戦える』というタイムリミットもついていました。だから尚更必死でした。
私も、クロトも、オルガも、シャニも、必死で戦いました。どうしても落としたかったのです。まだ破棄されたくなかったのです。私たちは。
なのに結局、私たちはあれらを落とせませんでした。ドミニオンから帰艦命令が出て、帰れば待っているのは『おしおき』だから帰りたくないのに、帰らなければ生きていけないのです。
どうしようもありませんでした。私たちに選択肢はなかったのですから。



『おしおき』を何時間も受けた後でようやく薬が貰え、私たちは貪るようにそれを飲みました。
クロトが泣きながら、死にたくないと言いました。オルガは拳を握り、シャニは深く俯いていました。
私もそのとき、破棄されたくないと思いました。まだ壊れたくないと思いました。



敵を壊すことだけがすべてでした。
命令を遂行することが明日を生きれるすべてでした。
死にたくない。クロトが言いました。
殺されたい。シャニが言いました。
生きたい。オルガが言いました。
どこで私たちの人生は狂ってしまったのでしょう。
私たちは何か悪いことをしたのでしょうか。
答えをくれる人はいませんでした。



だけど私たちは戦いました。
死ぬ日が決まっているのだから、その日までは生きようと誓ったからです。
最後までちゃんと生きよう。そう言って私たちは、それぞれのガンダムに装備されました。





あの、聞いてもいいですか?
戦況は今、どうなっていますか?
クロトは、シャニは、オルガは、彼らはまだ戦っていますか?



私たちの存在する意味は、まだ残っていますか?





―――戦争が終わったら、私たちは破棄されることが決定しています。
元々ガンダムのために製造されたCPUですから、ガンダムが必要なくなったら私たちの価値もなくなります。
アズラエル理事は『誰と一緒に死ぬか』は決めさせてくれると言ったので、私たちは四人で死ぬつもりです。
宇宙はもう飽きたから地球で死にたい、とシャニは言っていました。
ゲームを持って死んたらあの世でもゲームが出来るかな、とクロトは言っていました。
あっちには飢えや戦争がないといいけどな、とオルガは言っていました。
最期が一緒ならずっと一緒にいられるよね、と私が言うと、彼らは強く頷いてくれました。
私には感覚がないから判りませんけれど、きっとこれが『幸せ』ということなのでしょう。
ようやく私たちに死ぬ権利と自由が与えられるのですから。



―――もう質問は終わりですか? じゃあ行ってもいいですか?
クロトたちが待っているんです。薬の禁断症状も出てしまうから、早くしないと。
早くしないとまた、『おしおき』されてしまいますから。





あの、私のペリッシュ知りませんか?
私の本体、知りませんか?





2005年1月10日