「すいません、貸し出しお願いします」
「・・・・・・返却期限は二週間後っス」
「ありがとうございました」



最初は、こんなだった気がする。





crash by a baby





面倒な週一回の当番。
放課後の図書室なんて利用者も多くないし、別に俺がいてもいなくても関係ないと思うんだけど。
返却はボックスに入れるだけだし、貸し出しのときにバーコードをピッてやるだけ。
それくらい本人でも出来るんだから俺がいなくてもいいじゃん。
つーか部活行きたい。
「すいません、貸し出しお願いします」
本と一緒に相手の図書カードを受け取って、両方のバーコードを読み取る。
これで誰が何を借りたか判るんだって。
あ、この人結構借りてるかも。
「返却は二週間後っス」
「ありがとうございました」
本とカードを返すと白い指がそれを持っていった。
足音がして、図書室を出て行くっぽい音。
俺はというと今の人の貸し出しデータが映ってるパソコン画面をボーっと眺めていて。
あーそういえばあの人、先週料理の本を借りていった人だ。カードの一番最後の番号が一緒だったっぽい。
その前は星の王子様? でもってその前は五体不満足?
指輪物語とか全巻一気に借りてるし。持って帰るのとか重いんじゃないの。
まぁ俺には関係ないけどさ。
パソコンの液晶画面は顔も知らないさっきの人の情報を教えてくれる。
本が好きな人みたいだ。



「すいません、貸し出しお願いします」
先週のことなどすっかり忘れていた俺は、渡されたカードの一番最後の数字を見て思い出す。
今週は何? タイムリープ? これってどんな本なわけ? 俺にはよく判んないんだけど。
「返却は二週間後っス」
「ありがとうございました」
本を攫っていく手。
あ、この人、指きれいだ。
細くて長さもよくて、綺麗な指。
ピアノとか弾けそうな感じ。
今週の収穫は手と指。
白くて可愛い手は俺の手とは全然違うっぽい。



「すいません、貸し出しお願いします」
ちょっとだけ頭の片隅に残っていた記憶が、声を聞いた瞬間にライトアップされる。
なんか俺、声だけでこの人だって判るようになってきたっぽいんだけど。
それって、ちょっとどうなの?
「返却は二週間後っス」
「ありがとうございました」
ソプラノの、落ち着いた声。ずっと聞いていたくなる感じ。
子守唄とか歌われたらすぐに寝ちゃうかもしんない。
そんな印象。
声だけであの人の存在がわかるようになった。
いつのまにか部活の最中に聞こえる歌の中でも、あの声だけは判断できるようになっちゃったし。
部活は合唱部みたい。





少しずつ増えていく一方的な情報。
俺だけの楽しみ。
こういうの、結構いいかもしれないなんて思ってたのに。



嵐は突然やってきた。



「あの、越前君」
あの人が、俺の名前を呼んだだけで。



すべてが、一瞬にして崩れた。





「あのね、さっき司書さんに会って、今日は会議があるから時間になったら鍵閉めちゃっていいからって」
そう言って、差し出す手。
「これ、鍵ね」
そう言って、触れる指。
「じゃあ、私はこれで」
そう言って、去ってく背。
俺は、しばらくその場から動けなかった。



どうしよう。
あの人、あんな綺麗な手ぇしてたっけ?
あんな、細い指だったっけ?
あんな、澄んだ声してたっけ?
ちょっと、待って、なんか違くない?
なんか、なんかなんかなんか違う。
あの人、あんな――――――――――――――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・あんな、セクシュアルな人、だったっけ・・・・・・・・・?



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしよ。身体が、熱い。



初めて、顔を見た。
いっつも俺はうつむいて仕事してばっかだったから。さっき、初めて。
黒髪、肩より少し長いくらい。
顔は、普通より少しだけ可愛いくらい。
なんとなく、静かで大人しそうな感じ。
初めて、見た。
それなのに。
それなのに。



どこがって言われても答えられない。
たとえば、手とか、指とか、そういうんじゃなくて。
それもそうなんだけど、それだけじゃなくって。
なんか全部。
全部が、俺を誘う。



あの人の全部が、俺を誘ってたまらない。



どうしよ。俺、あの人とセックスしたい。



あの手に、キスしてみたい。
あの指、口に含んでみたい。
あの声で、喘いでもらいたい。
全身で、俺を欲してもらいたい。
そうしたら、どんなに気持ちいいんだろう。
きっと天国みたいな。
そんな気分になれる。
だって俺、どうしようもなくあの人に魅かれてる。



あの人が、欲しい。





スタイルだって特別目立って見えるわけじゃないのに。
スカートだって規定の長さみたいだし、靴下だってそうだし。
リボンもちゃんと結んでるし、どこも着崩してなんかいないのに。
それなのに。
「すいません、貸し出しお願いします」
心臓が熱い。胸が、震える。
「・・・・・・返却は、二週間後っス」
いつもの台詞なのに、それだけ言うのも精一杯で。
「ありがとうございました」
指が触れて、慌てて引っ込めた。
・・・・・・・・・どうしよう。すごく、身体が熱い。
あの人が、欲しい。



・・・・・・・・・俺のgirlfriendになってくんないかな。


たしかに俺はあの人とセックスしたいって思うけど。
でもそれは、あの人の意志を無視したものじゃ絶対にイヤ。
俺とあの人、二人で気持ちよくなれるような、そんなセックスがしたい。
二人で、一緒に。
気持ちが通じ合って、初めて。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁそっか、簡単なことじゃん。





「手塚君、ちょっといいかな」
ある日の放課後、あの人の声がして振り向いた。
見ればテニス部のフェンス越し、手塚部長と話すあの人の姿。
いつもどおり、綺麗な声で。いつもどおり、俺を誘う仕草で。
あの人は、手塚部長と喋ってる。



「あぁ、さんか。手塚に何か用なのかな」
隣にいた大石先輩があの人を見て言う。
・・・・・・・・・苗字、っていうんだ。
初めて知ったかも。
「・・・・・・あの人、手塚部長と同じクラスの人なんスか?」
「あぁそうだよ。彼女はさんっていって、去年は俺も同じクラスだったんだ」
・・・・・・フルネーム、初めて知った。
クラスも、初めて。
そういえばパソコン画面にいつも書いてあったかも。
手塚部長と同じクラスだってこと、繋がってなかった。
俺もまだまだだね。



「ねぇ、大石先輩」
「ん?」
「あの人見て、なんか感じません?」
たとえば、今の俺と同じようなこととか。
口には出さないで見上げたら、大石先輩は首を傾げて不思議そうに言う。
「何かって・・・・・・特には感じないけど・・・?」
それは、特別な印象がないってこと。



っていうことはやっぱり、あの人のフェロモンにやられたのは俺だけなんだ。
――――――――――とりあえず、今のところは。



じゃあさ、何事も早いに限るってね。



フェンス越しに近づいて、初めて目を合わせた。
俺のほうが身長、ちょっとだけ低い。
でもいいや、どうせすぐに大きくなるだろうから。
「ねぇ、先輩」
不思議そうな顔をしてるあの人に、一言告げる。



先輩。俺、先輩が好きっス。俺と付き合いません?」



俺の、恋人になってよ。





謝罪とともにダッシュで逃げられたのはそれなりにショックだったけど、でも結局追いかけてつかまえたし。
今は俺の腕の中にいるあの人。
すごくすごく綺麗。
図書室のカウンター越しに見るより、近くで見たほうがずっとずっと綺麗。
全部、好き。全部全部好き。
―――――――――――――――身体が、熱いよ。



ねぇ、この熱、うけとめて?



「壊れよ?」と言った俺にあの人は身をすくめて。
でも俺はそれすらも愛しく思って。
触れたことしかなかった指を絡めた。



夕日を浴びて赤くなる先輩を見下ろして、俺は手を伸ばす。





girlfriend:英語では性的関係にある女の恋人のことを差す
2003年4月2日