そこはテニスコートと理科室とグラウンドからよく見える場所でした。
つまり男女テニス部と科学部と野球部とアメフト部からよく見える場所であって。
しかもバレー部が外周なんかしてたりして!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんなとこで言いますか、普通?



先輩。俺、先輩が好きっス。俺と付き合いません?」
「―――――――ご、ごごごごごごごごごごごごごごごごごめんなさいっ」



ダッシュで逃げました。





hash by a baby





・・・・・・・・・・・・・・なのになんで後ろから足音がするの――――――っ!?
っていうか土足はダメだよ越前君! ちゃんと上履きに履き替えなきゃ!!
それより君は部活でしょ―――――っ!!
「手塚部長なら許してくれましたよ。だってこのまま部活行っても練習なんか出来るわけないし」
私だってこのまま校庭を横切って帰ったりなんか出来るわけないじゃない!
むしろ裏門通って帰りたいよ! 今すぐ家に帰りたいよっ!
なのになんで校内で鬼ごっこなんかしなくちゃいけないの!?
しかもテニス部期待のルーキー・越前リョーマ君なんかとっ!
敵うわけないじゃない!!



なんでなんでなんでこんなことになったんだろう。
確か担任の先生に頼まれて同じクラスの手塚君にプリントを渡しにテニスコートに行って、でもって渡して帰ろうと思ったら後ろから声かけられて、振り向いたら私よりも少しだけ背の小さな一年生がいて、あぁこの子が噂のルーキーなんだなぁって思って、それで、えっと、あれ・・・・・・・・・?
「俺が告白したんスよ」
「・・・・・・・・・・・そうでした――――――――――っ!!!!!」
思い出したよっ!
どうしよ、ショックが大きすぎてすっかり抜け落ちてた!
せっかく生まれて初めてしてもらった告白だったのにっ!
「生まれて初めてだったら逃げないで欲しかったっスね」
「ごめんなさいぃぃぃぃいいいっ!」
鬼ごっこは、まだまだ続く。・・・・・・っていうか続くの!?



「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いい加減諦めて部活戻ってよ! ねっ!?」
なんで合唱部所属の私の足にテニス部期待の新人の越前君が追いつけないわけ!?
絶っっっっっ対!手ぇ抜いて走ってるでしょ!?
スピードなら勝てないけど持久力には自信あるんだから! 合唱部の腹筋をなめないでよね!
「先輩が俺と付き合うって言ってくれるまで戻りマセン」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
だから、なんでこの子はこんなにまっすぐストレートなの! カーブじゃないの!!
「スネイクなら打てるっスよ? あと、ツイストサーブも」
そんな曲がり方はいりませんっ!
「わがままっスね、先輩」
その台詞、君にだけは言われたくないよ!!
手塚君や不二君や菊丸君にも言われたくないけど! 大石君になら言われてもいいけど!
でも君に一番言われたくないっ!
「俺の前で他の男の名前出さないでくれません?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
もう、やだぁっ!



っていうか私と君は関係ないし! あるとしたら君の部活の部長のクラスメイトってくらいじゃない!
そんなの藁にすがっても切れちゃうくらいうっすーい関係だよ! それなのに何故っ!?
「先輩、毎週木曜日の放課後に図書室に来るじゃないっスか。俺その日当番なんスよね」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜今度から絶対木曜日以外に行くことにするっ!
「先輩が今まで借りた本の名前、全部言えますよ。まず指輪物語全巻でしょ、声に出して読みたい日本語でしょ、小林カツヨのお弁当決まった!でしょ、青い炎でしょ、ルドルフといくねこくるねこでしょ、タイムリープでしょ、五体不満足でしょ、東京タワーでしょ、星の王子様でしょ、あと――――――」
「人の読書遍歴を暴露しないでぇぇぇええ!!」
そんなの全部覚えるくらいなら日本史の年号でも覚えた方がいいよ! 役に立つよ!
っていうか今のはストーカーの域に入るんじゃないの!? 入らないの!? ねえ警察さん!
「警察は何か事件が起きないと動いてくれないっスよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
それもイヤ―――――――――――――――っ!!





「おースゴイ、 ちゃんって足速いし体力あるんだにゃあ」
「今の声は四階からかな。越前相手に四階まで逃げ切るなんてね。やるなぁ さん」
「フラれて追いかけてくたぁアイツもまだまだっすねぇ」
「・・・・・・・・・チッ! バカが」
「越前は のような大人しめのタイプが好き、と・・・・・・」
「だ、大丈夫かな、 さん」
「・・・・・・・・・手塚、良かったのか? 越前を行かせて」
「あぁ(=『俺、行ってもいいっスよね。つーか行かせなかったらどうなるか判ってますよね?』)言われて断れるのか? 大石」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「やーもう恋するオチビは無敵だね!」
「本当。最高だね」





いや、最低ですって!
だっていい加減走るのに疲れて息も切れてきたし、先生方には「走るな」って怒られたし、放課後でも残ってる子や校内で部活やってる子たちは注目してくるし、それでもってなんでかみんな「越前ガンバレー!」って応援してくるし、それになんて言ったって―――――――――――越前君はまだまだ諦めずに私の後ろをついてくるし!
もうイヤだってば―――――っ! 帰りたい! 帰らせてよーっ!
「先輩、俺、本当に先輩のこと好きなんスよ」
なんで君はまだ走りながら喋れるの!? やっぱり青学テニス部の名は伊達じゃないのね!
「先輩が図書室に来るの、毎週待ってた。貸し出しのとき、俺がどんなに緊張してたか知らないでしょ。指が触れただけでドキドキするのとか、『ありがとう』って言った先輩の声、ずっとリピートしてるのとか、先輩、全然知らないでしょ」
リピートがめちゃくちゃ綺麗な英語発音なのはなんで!?
・・・・・・・あ、そういえばクラスの女の子が言ってた気がする。越前君は帰国子女だって。
だからこんな流暢な発音なのね! たとえそれが走りながらでも!!
「ねぇ先輩。好き。すごく好き。めちゃくちゃ好き。本当に俺、先輩が好きだよ」
日本語も流暢なの!? それはどうなの!? バイリンガルなんて羨ましいよっ!
「手も、顔も、腕も、足も、髪も、好き。先輩のなら全部好き。キスしたいし、抱きしめたいし、セックスしたいって思う」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!
「そういう意味で俺は先輩が好きだよ。優しくしたいし、温かくしたい」
―――――――――――――――――――――――――っ!!!!!
「だから、ねぇ」





どうしよう
どうしよう
どうしよう
窓から真っ赤な夕日が見える。木のてっぺんが少し下に見える。
どうしよう、もう逃げ場所がない。学校の一番はしっこ、一年生の教室。
もう逃げられない。どうしよう。どう、しよ。
白いカーテンを被ったくらいじゃ見つかるに決まってる。見つからない方がどうかしてる。
走ったばっかだから息も切れてるし、ゆっくりとした足音がどんどん近づいてくるし。
どうしよう。どうしよう。
つかまる。
つかまっちゃう。



「・・・・・・・・・先輩」



カーテン越し、抱きしめられた。
心臓の音、すごく速い。これって私の? それとも、越前君の?
どっちかわかんないけど、でも、すごく速い。このまま、死んじゃうかもしれない。
ドキドキしすぎて、死んじゃうよ。
だから、ねぇ、やめてよ。・・・・・・・・・やめて。
ねぇ。ねぇってば。
待って。やだよ。言わないで。



「好き」

「俺のこと、好きになって」

「俺のこと見て。ドキドキして。会話も全部覚えて。何度でも繰り返して」

「俺の全部、好きになって。キスしたいって思って。抱きしめたいって思って。セックスしたいって思って」

「優しく、して。温かくして。俺のことだけ、好きになって」





I love you, honey. So please fall in love with me.
(好きだよ。だからお願い。俺のこと、好きになって)





「・・・・・・・・・も、やだぁ・・・・・・・・・・」
ペタンとその場に座り込む。も、足の力なんてゼロ。立てないよ。
カーテンなんか床まで届かなくって、越前君のテニス部のシューズが見えて、あぁ本当に土足で来たんだね。
髪に触れる手が、すごく優しい。温かい。これが、越前君の気持ちなの。
やだ。やだよ。やだやだやだやだやだやだ。
これだから、逃げたのに。頑張って必死で、逃げたのに。



つかまったら逃げられないってこと、わかってた。
だから逃げたのに、それなのに。



「わたしの努力、水の泡にしないでよぉ・・・・・・」
悔しくて越前君を叩いた。ポカポカ音がして、「痛い」って言って、でも越前君は笑ってるっぽくて。
なんかもっと悔しくなったから頬をつねってやった。
でも、越前君は笑うばっかりで。
・・・・・・・・・どうすればいいの。
「どーもしなくていいっスよ。ここに、いてくれれば」
そう言って越前君は私の腰に腕を回す。でも、抱きしめるんじゃなくて、ちょっとだけ空間を作って、私の腰を腕で包囲するように。
なんか、なんかなんかなんか。
・・・・・・・・・抱きしめられるより、恥ずかしい気がする。
触れそうで触れない距離が、ドキドキする。
熱い。熱いよ。
「俺も、熱い」
越前君が、言った。
座れば身長差なんてほとんどなくなってしまって、お互いの顔が近くに見えて。
瞳に、私が映ってる。・・・・・・・・・そんな、近い距離にいるの?
やだよ。もう、やだ。心臓うるさい。壊れちゃうよ。
「俺も、壊れる」
越前君の吐息が、くすぐったい。・・・・・・・・・・・・・・熱い。



「・・・・・・・・・一緒に、壊れよ?」



窓から見えた赤い空の中で、一番星が綺麗に光ってた。





2003年4月2日