( 注意 )
このお話は、所謂「天女様に骨抜きにされている忍たまたちを傍観する系」です。四・五・六年生が天女様にメロメロです。原作の素敵に忍者している上級生たちがお好きな方はお気を付けください。しかし今回は下級生メインなので、天女様と上級生は登場しません。ヒロインはくのたま六年生。正しく傍から観てます。






「申し訳ないけれど」
そう前置きした彼女は、くのいち教室に在籍する唯一の上級生だった。学年は忍たまの六年に相当し、行儀見習いを主とする下級生を除けば、くのたまで戦力となり得るただひとりの人だった。そして今現在、学園で正常な意識を保っている唯一の上級生でもある。くのいち教室とはさして交流のない忍たまたちも、この数日で彼女を知った。学園長からの指示で、彼女は各委員会を回ったのだ。現状把握、そして何より今後の対策。今まで生徒たちを中心に回していた学園内の業務は、すべて彼女が仕切ることになった。誰ひとり、そうしてくれる上級生が他にいないのだ。突如、未来からやってきたという「天女様」に夢中で、彼らは今まで培ってきたすべてを捨てようとしている。
「四・五・六年生がいない今、すべての委員会を回すことは不可能だわ。活動には上級生がいなければ許可できない内容も含まれているし、委員長でなければ分からないこともあるから」
細い眉を少しだけ下げて、申し訳なさそうに告げる。膝の上で手のひらを握り締め、三年生たちは黙ってその言葉を聞いていた。彼女の発言が正しいことは、上級生を抜いた状態で委員会活動をしてみて、身に染みて理解している。今までは与えられた指示をこなすだけで良かった。いざやってみて、やれると思っていたのに、勝手が分からず出来ないことの多さに愕然とする。かといって先輩たちに委員会に出るよう説得することなど、すでに彼らは諦めていた。今頃はきっと、食堂で天女様と仲良くお話でもしてるに違いない。腑抜け切った顔を見たくなくて、会いたくさえなくなってすでに久しい。
「先生方とお話して決めました。人数が足りない以上、活動する委員会を絞ります。休止とする委員会も、その理由を説明しますから聞いてください。まず、会計委員会」
「はい!」
神崎左門が勢いよく挙手する。会計委員長の、学園一忍者していると言われていた潮江文次郎さえ、今となっては天女様の虜だ。騎士のように常に侍り、天女様のころころとした笑い声を引き出すために冗談すら言っている。四年の田村三木ヱ門にしてもそれは変わらない。
「金銭に関わることを下級生に託すのも心許無い、という先生方のお話により、活動の一切を顧問であられる安藤先生にお任せします」
「それは会計委員会は休止ということですか!?」
「はい。神崎君たちには申し訳ないことですが」
くのたまの彼女が、が静かな声の中にも謝罪を含めながら答えると、左門は激しく顔を歪ませた。十キロそろばんを持ってランニングや匍匐前進をしなくていいと喜ぶのと同時に、活動を抑えられる理不尽を感じているのだろう。しかし学園の一部とはいえ収支を下級生に託すのは頼りないという教師たちの配慮も分かる。神崎先輩、と一年生の佐吉と団蔵が弱々しく名を呼んだ。
「次に、作法委員会」
「・・・はい」
「学園運営に直接影響を与えないことより、活動を休止とします。その代わり、他の委員会のお手伝いをお願いします」
これは休止となるすべての委員会の皆さんにお願いしたいことです。場を見回した彼女の言葉に、薄々と察していたのだろう浦風藤内が黙って頭を下げた。伝七と兵太夫は悔しそうな顔をしているが、やはり理解しているのだろう。どうしようもない、と。彼らの敬慕していた委員長である立花仙蔵も、すでにその美貌を天女様への恋に染め上げている。冷静が売りだったはずの彼の惚けた顔を見たとき、どれだけ衝撃でどれだけ泣きたかったか。飄々と蛸壺を掘ることを好んでいた綾部喜八郎とて仙蔵と同じだ。今のこの学園に、蛸壺は片手の指で収まるほどしか残されていない。
「体育委員会は」
「休止っすね」
「・・・ごめんなさい。下級生だけで裏山などを見回らせるわけにはいかないから」
次屋三之助が先を読んで言えば、彼女は僅かに眼差しを伏せ、それでも三之助から視線を逸らさずに謝罪した。別に、マラソンやバレーボールがなくなってこっちとしては願ったり叶ったりです。三之助はそう言うが、彼の制服を後ろから握っている四郎兵衛と金吾は泣きそうな顔をしている。暴君と呼ばれるほどの振る舞いで後輩を振り回す七松小平太を、それでも彼らは好きだったのだろう。自分たちを引き摺る姿に憧れを抱いていたに違いない。そしてそれは自惚れの過ぎる、けれども面倒見の良い平滝夜叉丸に対しても同じだったのだろう。ふたりもすでに、毎日を天女様に捧げて過ごしている。バレーボールがただの布切れに変わることなど、ここ最近ではただの一度も起こっていない。
「火薬委員会は会計と同じです。火薬を一・二年生だけで扱わせるわけにはいかないから、全面的な管理を顧問の土井先生にお任せします」
「・・・わかり、ました」
池田先輩、と伊助がもはやひとりとなってしまった頼れる先輩の名を呼んだ。池田三郎次は二年生でありながらも、毅然とした態度で頷いてみせる。元より人数の少なかった火薬委員会は、委員長代理である久々知兵助と四年生の斉藤タカ丸がいなくなってしまえば機能しない。重い火薬壺を動かすことすらふたりでは辛く、吐き出した溜息が気温の低い煙硝倉をさらに薄ら寒いものへと変えていた。いっそ気が楽になったのかもしれない。三郎次が、大丈夫だ、と伊助の肩を軽く叩いた。
「以上、四つの委員会を休止とし、所属している皆さんには先ほども言った通り別の委員会のお手伝いをしてもらいます。活動を継続するのは、図書委員会、保健委員会、用具委員会、生物委員会の四つです」
広いとは言えない教室に、今は一年生から三年生までの生徒が揃っている。外はまだ明るいし、運動場では遊ぶことも出来るだろう。だが、そんな気さえ失せていた。何も知らない子供のようには遊べない。態度に出したり言葉にしたり、そう素直ではない輩も少なくはなかったけれども、それだけ上級生たちの変貌ぶりは下級生たちにとって衝撃だったのだ。何より彼らが、今まで自分たちを可愛がってくれていた彼らが、見向きもしなくなってしまったのが悲しいし寂しいし、信じたくなくて堪らない。
「図書委員会は、二年生の能勢君を中心に活動してもらうことになります。顧問であられる松千代先生が書の購入をしばらく控えると仰っていたので、主な業務は貸し出しと返却の手続きです。上級生のみが閲覧できる禁書の類は、すべて貸し出し禁止として対応してください」
「はい、わかりました」
「図書室は常に開かれているということに意味があります。お手伝いには、作法委員会の皆さん、お願いします。特に浦風君は図書室をよく利用しているようだから、きっとすぐに手順を覚えられるわ」
そこで初めてふわりと、彼女は薄く笑顔を浮かべた。よろしくお願いします、と能勢久作が藤内に向けて深く頭を下げる。怪士丸はともかく、きり丸は委員長である中在家長次や不破雷蔵の不逞が許せないのだろう。唇を尖らせ、表情が明らかに詰っている。先輩ふたりの抜けた穴を埋めるために委員会仕事に駆り出され、アルバイトが出来なくなってしまったのも、きり丸にとっては痛手だったに違いない。そうして身を削って収めている授業料が、巡り巡って天女様を養っていることが、その小さな身体にどれだけの屈辱を強いているのか。
「用具委員会は、今まで通りの業務内容でお願いします。最近は壁や校舎が破壊されることも減っていますから、仕事自体は多くないと思います。お手伝いには、体育委員会の皆さん。たまには修理することを学ぶのも大切ですよ」
揶揄を混ぜて、空気を柔らかくしていく。確かにここ最近は上級生が天女様にべったりなこともあって、学園内の物が破壊される回数は極端に減っていた。あの文次郎や小平太でさえ、天女様の前では借りてきた猫のように大人しく、ただの男になってしまう。それは武闘派とされていた用具委員長の食満留三郎でさえ例外ではなく、振り返らない先輩の後ろ姿を、富松作兵衛は立ち尽くして見送った。作兵衛の足元にはしんべヱや喜三太、平太がいた。それでも食満は振り返らなかった。先輩、と涙する一年生の手をきつく握り締めた日を、作兵衛は決して忘れない。
「生物委員会も、いつも通り活動をお願いします。ただ、竹谷君が行っていた山犬たちへの餌やりなどは、私が同行しますから必ず声をかけてください」
「・・・あの子たちが、生物委員でもないあなたに懐くとは思えません」
「ええ、だから私は一緒にいるだけです。申し訳ないけれど、餌やりは伊賀崎君たちにお願いします。お手伝いには、学級委員長委員会のふたりに頼みます」
「はい!」
伊賀崎孫兵の冷ややかな声音にも、彼女は荒ぶることなく穏やかに返事をする。補佐を指示された庄左ヱ門と彦四郎がよろしくお願いしますと頭を下げたが、それにも孫兵は無言を貫いて顔を背けた。人を二番目に据える彼の、委員長代理である竹谷八左ヱ門への信頼は大きかった。毒蛇であるジュンコを嫌わなかっただけでなく、何度となく虫たちを脱走させる孫兵を叱りはすれど、見放さずに一緒に探してくれた。同級生たちを除けば、孫兵が唯一気を許していた相手でもある。一度生き物を飼ったら最後まで面倒を見るべきだ。そう主張していた竹谷の、だからこそ今の行動が許せない。飼育小屋の多くの動物が、竹谷を恋うて鳴いているのを孫兵は毎日聞いている。奥歯を噛み締めて聞いているのだ。
「日常的な業務が一番多い保健委員会には、会計委員会と火薬委員会にお手伝いをお願いします。常備薬の処方に関しては、私が同席すれば煎じて良いと新野先生に許可を頂いたので、必要なときは呼んでください」
「はい、ありがとうございます」
三反田数馬が頭を下げて、少しだけ不格好に笑った。不運と言われ続け、それでも笑って活動してこられた原動力だった委員長の善法寺伊作も、すでに最後に医務室に来たのはいつだったか思い出すのは難しい。優しい人だった。忍者にはあるまじき甘さを持つ人でもあったけれど、それは今、天女様に寄せられているようなどろどろに意義のないものではなかったはずだ。厳しさも少なからず重ね添えた人だった。左近と乱太郎、伏木蔵が沈痛な面持ちで俯いている。
「以上を、当面の委員会活動とします。大変なことも多いかと思いますが、私も出来る限りお手伝いをしますので、一緒に頑張りましょう」
「・・・先輩。先輩たち、戻ってきてくれますよね・・・?」
「ええ、きっと。あなたたちの先輩だもの。信じてあげて」
一年生の問いかけに、まるで母のように彼女は微笑んで答えた。くのたまは諜報活動、そして罠や仕掛けといった心理戦に長けているのが常だが、にはそういった面が見られない。いや、行儀見習いではなくくのいちを目指して学園に六年も籍を置いているのだから、間違いなく優秀ではあるのだろう。しかし下級生のくのたまに見られるような、忍たまを嵌めて楽しむといった性質は見られなかった。どちらかといえば静かで穏やかなお姉さんといった様子で、上級生たちの変わりように心をすり減らしていた一年生などは、すでに彼女に安らぎを求めてしまっている。大丈夫よ、と目線を合わせてしゃがんでくれた姿に、しんべヱが喜三太泣き声をあげて抱きつく。は組やろ組だけでなく、いつもは嫌味を言うことの多い一年い組でさえ必死に眉を顰めて涙を堪えていた。代わりにはなれないだろうけれど、私がいるから。辛いときはいつでも言ってね。全員の頭を優しく撫でて一年生を送り出す。その際にそっと庄左ヱ門と彦四郎の腕を引いて止め、彼女はふたりの耳元で囁いた。
「皆の様子をよく見てあげて。今が一番厳しいときだと思うの。少しでも変わったことがあったら私に教えて」
学級委員長のふたりにお願いよ。託された役目に、表情を驚きから凛々しく変えて頷き、ふたりも名を呼ぶ同級生たちの元へと駆けていく。小さな背中を見送り、彼女は次いで二年生を振り返った。一年長く学園に在籍しているだけあって、彼らはより現状を正しく理解している。理解したくないけれど理解しなければならない。それを正しく理解している。
「・・・あの人を、」
「言っては駄目。・・・一年生には内緒だけれど、先生方が動き出しているわ。天女様の身元が知れるのも時間の問題でしょう」
下級生に決定的な言葉を言わせてはいけない。口に仕掛けた二年生を遮り、彼女は小さな声で告げた。光明に二年生の顔に期待が蘇る。もう少し頑張って、との言葉に彼らは頷き、互いに励まし合いながら出ていった。そして、教室には三年生だけが残される。上級生が天女様に夢中になってしまっている今、学園を動かしている最も上の学年だ。それでも彼らは三年生でしかない。しかし今は彼らが一番上なのだ。
先輩は信じているんですか? 先輩たちが本当に正気に戻るって」
作兵衛の強い言葉尻に、構いません、正直に答えてください、と発言が続く。作兵衛を、他の三年生たちを見やり、彼らの気持ちが一様に同じだと判じて、彼女は唇を開く。
「・・・正気に戻っても、戻らなくても構わないというのが本音ね。前者なら六年間同じ学園で学んできた者として喜ぶし、後者なら彼らもそれだけの器だったと思うだけよ」
「どうでもいいということですか?」
「そうね、そうかもしれない。・・・こう言ったらあなたたちは怒るかもしれないけれど、私は、誰かを好きになるのは良いことだと思っているの」
はっと息を呑んで三年生たちが顔を上げる。それもそのはず、忍者の三禁のひとつに挙げられている色に溺れている、それがまさに今の上級生の状況だ。だが、それを良しと彼女は言う。上級生たちが仕事を放棄したせいでくのいち教室から駆り出されることになった、他でもない彼女が、だ。しかし続けられた言葉は落ち着いていた。
「誰かを想うのは、想われるのは、素晴らしいことだわ。心が強くなる。だけど溺れてはいけない。溺れて、想いしか見えなくなるのは忍者としては元より、人間として愚か」
先輩」
「自分がどれだけの人に支えられて今在るのか、それに気づけば自然と冷静になれるものよ」
柔らかな笑みは、下級生のくのたまとも、上級生の忍たまとも、どちらとも違った。あえて言うならば山本シナ先生のような慈愛に満ちた微笑みで、無条件にぬくもりを、与えられる庇護を受け入れてしまうような、そんな温かさがある。彼女は落ち着いた美しさを持つ少女だった。少女というにはどこか大人びていて、静かで、荒っぽさとは無縁の、言い過ぎれば菩薩のような人だった。その彼女が、聞いて、と声音を固くした。
「ある城が、学園を強襲しようとしている」
「・・・!」
「狙いは間違いなく天女様。先生方が天女様の素性を探るために留守にする来週を狙ってくるでしょう」
「せっ・・・先生たちはそれを知ってるんですか!?」
「ええ。知っていて、あえて学園を留守にされるの。もちろん強襲されたならすぐに帰ってきてくださる算段になっているわ。だけど先生方が戻られるまで、おそらく一晩、私たちは学園を守らなくてはいけない」
平坦な声音がじわりじわりと戦火の訪れを感じさせる。三年生に残ってもらったのはその話をしたかったから、と話す彼女が自分たちを戦力として見込んでいるのが分かり、三年生たちは背筋を震わせる。寄せられる期待への歓喜と照れ、そして初めて手にかけることになるかもしれない人殺しへの恐怖。完全に顔を強張らせる彼らに、困ったように彼女は目尻を細めた。
「大丈夫、戦いは私の仕事。あなたたちの手を汚させやしないわ」
「でも、先輩ひとりじゃ無理です!」
「ひとりじゃないわ。少なくとも、上級生たちは戦うでしょう。天女様を守るために、天女様のために、彼らは間違いなく戦うわ」
それが後輩の、学園のためじゃないことが悲しいけれど。そう零して、彼女は続ける。
「人数がいる彼らの元に、敵を集中させるように画策するわ。私は四方に散る残党の相手をする。あなたたちには援護をお願いしたいのだけど・・・」
「やります。何でも言ってください」
「ありがとう」
彼女を中心として車座を組む。三年生はまだ本格的な戦場実習を踏んだことがない。だが、彼らは優秀である。そして現況は彼らに覚悟を齎した。色に溺れ、忍者としての矜持を喪った先輩たちに代わり、自分たちが後輩を、学園を守らなくてはならないのだ。誰もが話を聞き洩らさないよう、真剣に耳を傾ける。
「一週間で準備をしましょう。何より警戒すべきは火を点けられること。富松君、学園に桶はいくつあるかしら」
「かき集めれば百はあるはずです」
「それに水を溜めて学園内に点在させましょう。火薬倉庫と保健室、それと図書室を重点的に」
「拠点はどこになるんですか?」
「おそらく学園長の庵ね。三反田君、怪我人の手当ても庵の近くの教室で行うことになるから、いつでも持ち出せるよう備品の用意を」
「わ、分かりました」
「図書の能勢君には私から話して、重要な本だけは前もって庵に移しておきましょう。いざ強襲されたら、おそらく小隊を組んで動いてもらうことになるから、その際にすべてを統括する人物を決めておきたいのだけど」
先輩じゃ駄目なんですか?」
「私は動き回ってしまうもの。もちろん指示は私が出すけれど、それを皆に伝えて指揮を執ってくれる人が必要だわ」
それを、と彼女はひとりの三年生に視線を据えて言った。
「浦風君、あなたにお願いしたいの」
「えっ・・・お、俺ですか!?」
「ええ」
まさか自分は指名されるとは思っていなかったのだろう。彼女だけでなく周囲の同級生たちの視線を集めてしまい、藤内が声を裏返す。戦場で自分が指揮を執る。そんな大それたことを出来るわけがない。自分は立花先輩ではないのだ、と思ってしまった瞬間に嫌気が差し、顔が歪んだ。情けないが首を横に振るしか藤内には出来ない。
「無理です・・・! 俺より、俺なんかよりも孫兵の方がいいです! 孫兵の方が優秀だし・・・!」
「僕には無理だよ。人よりも毒虫たちを優先するから」
「そうね、だけど伊賀崎君が優秀なのも事実だわ。だから伊賀崎君、あなたには単独で動く権利を与えます。いざとなったときは飼育小屋の生物たちも逃がしてあげて」
「元よりそのつもりです」
許可を得て満足したのだろう。孫兵の顔がほんの少しだけ安堵に緩んだ。でも、俺は、と未だ断りを紡ごうとする藤内を、じっと彼女は見つめる。その眼差しは優しく藤内から言い訳を奪った。
「あなたはもっと、自分に自信を持つべきだわ」
伸ばされた手が、ゆっくりと藤内の頭を撫でる。白く細い指先はくのたまの武器らしく美しいもので、けれど良く見ればうっすらと傷も刻まれている。大丈夫、大丈夫、と彼女は藤内を励ます。
「図書室に通い詰めるほど予習をしているでしょう? 作法委員は策を立てるのも上手だし、何より事態に対して万策を期そうとする姿勢は戦場において大切よ。浦風君、あなたの能力は私が保証します」
先輩・・・」
唇を噛み締めて、目尻にじわりと涙を滲ませた藤内の背中を、隣から左門が強く叩く。
「大丈夫だ! 私も協力する!」
「俺も。一緒に頑張ろうぜ」
「左門、三之助・・・」
両側から肩を掴まれ、藤内がうっすらと頬を高揚させてふたりを見やる。そんな様子に数馬と作兵衛も力強く笑みを向けた。
「僕も救護班として頑張るよ」
「俺も用具委員として応戦する」
だから頑張ろう、と三年生の誰もが藤内に声をかけた。これから向かう先は実習ではない。初めて経験する戦場で、一歩間違えれば自分の指揮で彼らは命を危険に晒すかもしれない。その恐れは藤内の身体を震わせる。だが、寄せられる信頼に応えたい。だからこそ彼は拳で瞼を拭い、彼女に向き直った。
「や・・・やります! 先輩、ご指導よろしくお願いします!」
「ありがとう。皆で一緒に頑張りましょう」
「はい!」
藤内だけでなく、すべての三年生の声が重なった。天女様が学園にやってきて、唯一良かったと言えることがあるとしたならば、それは下級生の絆を強めたことだろう。特に三年生は下級生と上級生の間に挟まれ、牽引する力が備わっていなかった。だが、今回の戦を経て、きっと彼らは大きく成長するに違いない。そのための道を切り拓くのが先輩である自分の役目だと、は心中で自負した。
「小隊などの詳しい説明は明日します。追って二年生、一年生にも知らせましょう。今夜からはいつ何時何があってもいいように、最低限の装備は枕元に準備して寝るように」
はい、と頷く後輩たちに、彼女は優しく微笑みかける。
「大丈夫、あなたたちは私が守るから」
それは忍術学園がとある城の忍軍に強襲される、一週間前のことだった。





落乱の傍観夢の数は他ジャンルの比ではないと思います。たくさんある・・・。
2011年8月13日