ぷかぷかと球体が発生しては空中に浮き上がっていく。幻想的な雰囲気を持つ島が、今は喧騒に埋め尽くされていた。悲鳴や叫びがそこここから発されては、人々が次々に島を離れようと港に向かって走りゆく。47番GRの前に船を着け、甲板からのんびりとそんな様子を眺めていた少女は、右往左往する人々に深い溜息を吐き出した。
「麦わらのルフィが天竜人を殴り飛ばしたって・・・。共犯にキッドとローとか、それちょっと有り得ないわよね。うちのキャプテンは、そりゃあ螺子が外れてるけど、そういうところは馬鹿じゃないはずだもの」
有り得ない。再度繰り返す彼女に、同じ船に乗るクルーのひとりが慌てて尋ねる。
「ど、どうしますか!? 船を出しますか?」
「キャプテンたちを置いてくわけにはいかないでしょ。コーティング作業が終わってないから魚人島にも向かえないし、でも大将が来るのは確実だから島は軒並みチェックされるだろうし。一応、いつでも出航できるように準備しておいて」
「分かりました!」
何人ものクルーが彼女の言葉を受けて散っていく。その一方で扉をぶち開けて船内から別のクルーが飛び出してきた。短い距離だろうに息を切らして駆け寄ってくる仲間を、少女は訝しげに振り返る。
「どうしたの?」
「そ、それが今、連絡があって・・・! 船長たちが3番GRで戦ってると!」
「戦ってる? 誰と?」
「バ、バーソロミュー・くまです! 王下七武海の!」
「七武海!?」
甲板のクルーたちが、またしても驚愕してざわつく。どうして七武海が、といくつも声が上がるが、少女は険しくしていた眉を解くと、軽い動作で手摺りにひょいと飛び乗った。騒動で巻き起こっている風が少女の白い横顔を撫ぜていく。ブーツが目線の高さに来ていることに気づき、クルーたちがぎょっとする。
「迎えに行ってくる。いつでも出られるようにしておいてね」
「ま、待ってください! 副船長は絶対に上陸させるなと、船長が・・・っ!」
「非常事態でしょ。大丈夫、へまはしないから」
船をお願いね。そう残して、ふわりと跳躍したかと思うと少女の姿はあっという間にマングローブへと降り立った。手摺りに群がって引き止めようとするクルーたちに手を振って少女は駆け出す。その背では、円にいくつもの螺子を差し、歯を見せて笑うジョリー・ロジャーが輝いていた。





ハートのハァト!





正直な話、キッドにとって現状は想定外の事態でしかなかった。船にコーティング作業を施している間、暇潰しとして訪れてみたヒューマンオークションショップで、麦わらの一味と出会った。それはいい。かねてからキッドは「麦わらのルフィ」に興味を抱いていたし、彼が噂通りのいかれ具合かどうか自分の目で確かめてみたいと思っていた。結果は、中々どうして。天竜人を躊躇うことなく殴り飛ばした度胸と突き抜けた精神は予想以上。惜しむことなく夢を口にする横顔さえ誇らしさに溢れており、キッドはそんなルフィを敵ながら気に入った。だから海軍を相手に立ち回ることになっても後悔はしていない。だが、今この状態は予想だにしていなかった。よもやまさか海軍大将だけでなく、王下七武海までシャボンティ諸島に来ていたとは。
「ちっ・・・面倒だな」
バーソロミュー・くまの繰り出すレーザーを交わし、トラファルガー・ローが呟いた。成り行きで共闘することになってしまった相手に、キッドとて舌打ちする。前には七武海、後ろからは海軍。どちらが倒しやすいかと言えば当然ながら後者だが、引き返すことなどプライドが許さない。元より強者に挑んでみたいという心持ちもあり、キッドは己の能力を遺憾なく発揮していた。だが、腐っても王下七武海。口と手から発されるレーザーの威力は強烈で、迂闊に近づくことが出来ない。厄介だな、とキッドがローと同じ感想を抱いたときだった。
「食らえ、この暴君っ!」
甲高い声と共に、くまの巨体が揺らいで吹っ飛んだ。太いマングローブの幹へと突っ込み、がらがらと音を立てて木肌が崩れる。くるりと回転して地面へと着地したのは、砂埃の白さに紛れてしまいそうな程に色素を欠いた影だった。目を凝らしてみれば、胸と尻の曲線から女だということが窺える。誰だ、と問いかける前にキッドは答えを得た。振り向いた女が身につけていたのは、つなぎだった。この場にいる白熊とふたりの男と同じ、飾り気のない作業着である。左胸と背中に歯車のようなジョリー・ロジャーを掲げているところからも、この女がロー率いる「ハートの海賊団」の一員であることは間違いなさそうだった。案の定、帽子の下で眉を顰め、ローが女に声をかける。
・・・何でここにいる。船で待機してろと言っただろう」
「キャスケットから通信が入ったの。天竜人を殴り飛ばした上に王下七武海と戦闘とか、ちょっともういい加減にしてよね」
「天竜人を殴ったのは俺じゃない。麦わら屋だ」
「キャプテンのことだから、どうせ笑いながら見物してたんでしょ」
「あぁ、それは否定しねぇ」
「ん、もう!」
女は腰に手を当てて如何にも「怒っています」というポーズを作るが、迫力はない。キッドの目から見ても女は年若く、まだ二十歳にもなっていないだろう。つなぎの見せるラインは十分に女性的なものだったが、それよりもキッドの目を引いたのは女の髪型だった。頭の高い位置に、大きな団子がふたつ載っている。ファッションに興味のないキッドにはそう表現するしかなかったが、まさにその通りなのだ。それこそハートの海賊団のクルーらしい白熊のように、髪が丸く形作られ耳のようになっている。あるいはデフォルメされた鼠か。木々の合間から降り注ぐ光を浴びて七色に輝き、まるでシャボン玉のようだと思ったところで色は銀色なのだと気づく。大きな瞳は琥珀だ。造形は整っており、愛らしさと美しさの境を行き来している。少なくとも見た目はいい女だと思うが、この海では綺麗な女ほど性質が悪いのが通説だ。どうせトラファルガーの船に乗っている女だ、いかれた奴なんだろう。キッドはそう判断し、くまへと視線を戻した。巨体はゆっくりと起き上がり、額を押さえて沈黙している。
「っていうか、キャプテン・キッド!」
「・・・あぁ?」
「うちのキャプテンを危険な目に遭わせないでくれない? ただでさえ螺子が外れてるんだから、これ以上好き勝手されると私たちクルーが困るのよ」
大股で近づいてきた女は、気丈にもキッドを見上げて文句をつけてくる。ち、と舌打ちしてキッドは顔を背けた。
「俺は何もしてねぇ。むしろ邪魔してきたのはトラファルガーの方だ」
「だからってねぇ・・・!」
「うるせぇ女だな。いい加減に黙れ」
来るぞ、と言うよりも早く女は背後を振り向き、立ち上がったくまへと注意を向ける。長い刀を肩に預け、ローは左手を地面へと向ける。描かれた小さな円は、先程も見せられたローの能力の一端だ。
、ベポ」
「「了解、キャプテン!」」
呼びかけに答えた次の瞬間、女はキッドの傍から駆け出していく。別方向から白熊がくまに向かって走り寄ったかと思うと、右手のレーザーが発されるよりも先に懐へと入り込み、その顎を蹴り上げる。生まれた隙を着いて女が足を掬い取り、前に倒れようとしていたくまの背を後ろから思い切りへし折った。海老反りの形に巨体が歪み、地面に叩きつけられた振動がキッドの元まで伝わってくる。外見に似合わず女は戦闘員らしい。再び地に伏せたくまから距離を取り、女はローに向かって声を張り上げる。
「っていうかキャプテン、可笑しいんだけど!」
「何がだ」
「私、ここに来るまでにも暴君を見たわよ? 24番GRで怪僧と戦ってたもの!」
「何だと・・・? それは本当か?」
「この私を疑う気?」
「そうじゃねぇ」
女の言葉に、ローが左手の動きを止めて顎へと手をやる。キッドとて、今の情報には耳を貸さざるを得なかった。バーソロミュー・くまが、他の場所でも目撃されている。どういうことだ、と呟いた視界では、背骨を折られたに違いなかったくまが、またしてもゆっくりと身を起こそうとしていた。キッドの部下が炎を吐き出し、ローのクルーが拳銃を向ける。当たればそれなりにダメージを受けているようだが、それも微々たるもののようだ。そのタフさは王下七武海たる所以だろうと考えていたが、まさか違うのか。どうなってやがる、と眉を顰めるキッドに、右腕に等しいキラーが声をかけてきた。
「キッド、あれは固すぎる」
「あぁ? どういうことだ」
「斬ったときの感触が人間のものではない。血は出ているが、まるで機械を相手にしているみたいだ」
「機械?」
キラーとの会話が聞こえたのだろう。ローもこちらを見ており、キッドを一瞥したかと思うと立ち上がるくまへと視線を戻す。なるほどな、と納得したように横顔が頷いた。
「だからの怪力が効かないのか。精密機械なら応えてそうなもんだが、よほど装甲が厚いのか・・・」
「キャプテン! 俺とが行くよ」
「あぁ、任せた」
再び白熊と女がくまに向かっていく。今度は放たれたレーザーを左右に分かれて交わしたが、両腕を開いてくまはふたりを追及してくる。距離を詰めるのは難しく、決定的な攻め手が見つからない。キャスケットを被った男が二丁拳銃で支援し、ペンギンと帽子に書かれた男が刀でもって切りかかる。しかし振り回された腕に逆に一撃を食らい、吹っ飛んだ男を女が地を蹴って受け止めた。大の男を軽々と抱えて、反動に腰もつかない。ローの怪力という評価は正しいらしく、キッドは感心して女を眺めた。
「いい度胸してんじゃない・・・!」
赤く形の良い唇を吊り上げて、女は一気にスピードを上げてくまへと突っ込んだ。自分に向けられていた左手を腕ごと掴んだかと思うと、足を踏ん張って抱え込み、思い切り全身を使って捩じ上げる。腕に釣られるようにしてくまの身体も回転しようとしたが、逆方向へ足払いを仕掛けられたことによってバランスが崩された。みし、と何かの割れる音がして、女が全力で腕を捻じり取る。もぎ取られた肩から溢れ出たのは、血よりもパーツの方が多かった。それこそ螺子や鉄板、コードからなる機械部品だ。紛れもない、このくまは改造人間。キッドをはじめとするその場の誰もが理解したとき、くまの右手が女を襲った。見開かれた琥珀の瞳がレーザーを浴びて金色に染まる。次いで酷い爆発が地面を抉った。
!」
ローの珍しく焦りを帯びた声が響いた。吹き飛ばされた細い身体がキッドの足元に落ちてくる。つなぎは所々焼けて破れていたし、白く透き通った肌には傷も出来て血が流れていたけれども、どうにか致命傷は避けたらしい。小さく身動ぎして、女は地面に手を突いて身を起こそうとする。キッドの眼下で、銀色の髪が七色に煌めいた。大きな団子のうちのひとつが解け、重力に従い落ちていく。
、髪・・・っ!」
遠くで白熊が叫び、痛みに顔を歪めていた女が一瞬遅れて自分の頭に手をやった。細い指先が隠すが、もう遅い。キッドからははっきりと、そこにあるものが見えてしまった。気の強い瞳が恐怖に脅え、女の顔が明らかに固まる。美しい銀髪の合間、女の頭に生えていたのは瞳と同じ琥珀色の、紛れもない―――角、だった。

北の海には、様々な伝説があるという。そのひとつをキッドは唐突に思い出していた。一年中雪の降り注ぐ閉ざされた僻地に、その種族はひっそりと住むという。肌は雪よりも白く、髪は銀色。瞳は薄い黄金色をしており、性別に関係なく誰をも魅了する美しさを秘めている。男は雄雄しく逞しく、女は気高く艶めかしい。その拳は山を砕き、その蹴りは海を割る。人間にあるまじき怪力を有する彼らは、人ではないとされていた。絶滅に瀕した種族であり、捕獲するのは難しい。だからこそオークションに賭けられたとき、底値は人魚を上回る。強く美しい彼らは一億ベリーを下らない。
頭に二本の角を持つ、異形の種族を人々はこう呼んだ。北の海が産んだ化け物―――「鬼」と。

まさか、とキッドは目を見開いたが、それよりも女の反応が彼女が「鬼」であることを明らかに示していた。崩れてしまった髪形から現れた角を必死に隠そうと、その手のひらで懸命に押さえ込んでいる。白い頬は脅えに青褪め、甲高く喋る唇からは声にならない悲鳴が漏れている。眼差しが重なれば、女は大仰に肩を震わせた。一瞬前までの強さが掻き消え、恐怖が女を支配している。おい、とキッドが声をかけようと開いた唇にさえ絶望を瞳に弛ませ、女は己の身体を抱くようにして縮こまった。
「キッドの頭!」
!」
飛んできた声がキッドを現実に引き戻す。視界の隅をレーザーが煌めき、キッドは舌打ちすると同時に目の前の女を引き寄せた。硬直していた身体がキッドの胸に転がり込み、その背後をくまのレーザーが走り抜ける。余波を受けて地面を転がることになったが怪我はない。身を起こそうとしたキッドは、腕の中にいる女が呆然と自分を見上げてきていることに気がついた。琥珀の瞳が限界まで瞠られ、キッドをじっと見つめてくる。ふくよかな唇が戦慄き、その奥で蠢いた舌が血に染まっているわけでもなかろうに、いやにキッドの目に付いた。掴んでいる腕が傷の覗く素肌だとやっと気づいた。滑らかなその手触りに。
「ROOM・・・・・・シャンブルズ」
声がしたかと思うと、キッドが掴んでいた腕はただの石ころに変わっていた。女はローの傍らに移動しており、剥き出しの二の腕を掴まれている。ふたつとも解けてしまった髪の上に、ローが自身の帽子を脱いで押し付けた。頼りない肩を押して女を白熊に任せ、刀を担ぎ直す様はどこか不機嫌そうにキッドには見える。愉悦を浮かべることの多い唇が、今は平たく結ばれている。帽子がなくて明らかに見える表情は、酷く不愉快そうだった。
「いい加減に仕留めるぞ。手伝え、ユースタス屋」
「出しゃばるんじゃねぇよ、トラファルガー。てめぇは黙って見てろ」
「俺に命令するなと言ったはずだ。ROOM」
間髪入れずに唱えたかと思うと、ローの左手から生み出された円が巨大化してキッドとくまをも範囲内に収める。身の丈ほどもありそうな刀で宙を一閃し、距離のあるくまの右腕が切り落とされる。次の瞬間にはそれがキッドの鋼で巨大化した腕に付属しており、その重みに思わず唇が吊り上った。相手が機械なら、どう考えても能力の相性はキッドの勝ちだ。くまが随分とダメージを受けていたことも手伝い、戦闘は海軍が追いついてくる前にあっけなく片付いた。



トラファルガー・ローの噂というのは、あながち嘘でもないらしい。キッドのように民間人に被害を与えたり、ルフィのように天竜人を殴り飛ばしたりなどとは性質が異なる。首だけになったくまの目を抉り出し、舌を抜き、機械と肌を素手で引き剥がしたりなど拷問紛いのことをしてから、ようやく一刀してやる様はえげつないとしか言いようがない。楽しそうなローの様子に「胸糞悪ぃ」と吐き捨て、キッドは先を行くために止めていた歩みを再開させた。随分と時間を食ってしまった。早くしなければ、それこそ海軍大将と顔を合わせることになってしまう。いくぞ、とキラーたちを促したときだった。
「待って・・・っ!」
高い声がして足を止めると、少し離れた場所から女がキッドに向かって立っていた。くまを刻んでいたローが、更にその後ろからこちらへ顔を向けてくる。琥珀の瞳に最初ほどの強さはないけれど、それでも先程の怯えを含んだ弱さもなかった。ぐ、と握りこまれている拳がキッドの目に付く。女はキッドを睨み付けるようにして問うてきた。
「・・・・・・さっき、何で私のこと庇ったの? 化け物だって、鬼だって分かってたでしょ? それなのに何で助けたりなんかしたのよ。傷をつけたら後で捕まえたときに売れなくなるとでも思った?」
言葉は挑発的で、唇は歪んだ笑みを浮かべているけれども、女の目は正直だ。馬鹿馬鹿しい。向き直り、キッドも女を睨むように見下ろした。
「そんなに売られてぇなら自分でヒューマンショップにでも行きゃあいいだろ。自虐趣味があるならな」
女の目が見開かれる。鬼は美しい一族だというが、黙って微笑んでいるよりも、今の血と傷に塗れた女の方がそれらしいとキッドは思う。最初に食って掛かってきた気の強さは、意外にも嫌いじゃなかったのだ。
「鬼だとか人魚だとか関係ねぇ。この海にいてジョリー・ロジャーを背負ってる以上、てめぇは海賊だ」
「・・・っ・・・」
「海賊は強さがすべてだ。それだけの話だろ」
どうして咄嗟に女の腕を引いたのかなど、キッドにだって分からない。反射的な行動に意味は持たせないことにしている。それ以上の追求を振り切るために、キッドは女に背を向けて歩き始めた。キラーをはじめとした部下たちもついてくる。ぷすぷすとくまだったものが最後の煙を吐き出しており、遠くでは海軍が未だ諦めていないのか壊した橋の代わりになるものを探しているようだった。
「ユースタス・キャプテン・キッド!」
「・・・・・・まだ何か用かよ」
いい加減に面倒くさい、と声に含んで振り向けば、女は何故か顔だけでなく耳や首まで真っ赤になっていた。腰を超えるほどの長い髪と琥珀の瞳が良く映えて、けれど両手で帽子を掴み、ぐいと引き下ろして目元まで隠してしまう。キッドからは、ぱくぱくと懸命に動こうとしている女の唇しか見えなかった。
「あ・・・あ、ありがとう・・・」
思わず目を瞬いている間に、女は脱兎のごとく逃げ出している。一瞬だけ垣間見えた横顔は、キッドの髪のように赤かった。
「だ、だけど次に会ったら敵だからね! あんたたちなんて、ハートの海賊団が簡単に潰しちゃうんだからっ!」
聞き捨てならない台詞を吐いていったが、引き止めて反論する気が浮かばなかった。何だありゃ、と小さく呟けば、隣で部下が肩を震わせながら笑いを堪えているのに気づく。女を迎え入れたつなぎの集団は別のGRに移動するため歩き出し、キッドも今度こそ最後だと彼らに背を向けた。背後からローと女の遣り取りが聞こえてくる。
「まさか惚れたのか」
キッドを取り囲んで歩く部下たちが振り向き、真っ赤だな、あの女大丈夫か、などと口々に囁いた。
「え!? 、そうなの!?」
「ちょ、そ、そんなこと、あ、ああああるわけないし! 馬鹿言わないでよ、ロー!」
「だろうな。惚れたら殺す」
「ど、どっちを!?」
ぎゃあぎゃあと姦しい声が遠ざかっていく。キッドが肩を竦めていれば、隣で沈黙していたキラーが含むように聞いてきた。
「まさか惚れたのか?」
「さぁな。でも」
顔だけで振り向けば、ちょうど向こうも振り向いていたらしい女と遠目に目が合った。琥珀の瞳が慌てたように逸らされて、左右に視線を彷徨わせた後、そっとキッドに向けてはにかんで綻ぶ。傷だらけの風体だが、その様は素直に美しいとキッドは思った。
「・・・悪くねぇんじゃねぇの」
呟けば、キラーは僅かに頷いた。そんな遣り取りなど聞こえない距離だろうに、円が足元を覆ったかと思うとキッドの腕が切り取られ、刺青の入ったローのそれと交換される。自分の意思で動かない右手は逆向きで、キッドに向けて中指を立て、次いで親指を下に向けてきた。トラファルガー殺す、と怒気を含んで誓ったキッドに、キラーも今度は何も返してはこなかった。
それは11人の超新星がシャボンティ諸島に集った、白ひげと海軍の全面戦争前の、ほんの小さな出来事だった。





ローとヒロインとベポは幼少の頃からの幼馴染。ハートの海賊団結成時のメンバーです。
2009年12月14日