出会いは唐突かつ劇的なもの。コレを運命といわずに何と言う?
すべては神様の思し召し!





武蔵森的少年少女





「キャー! 三上くん待って〜!」
「三上先パ〜イ!これ受け取ってください!」
「・・・・・・・・・ッ!」
本来走ってはいけないと言われている廊下をひた走る少女たち。
彼女たちの前にはまるでその集団のリードマンのように走っている一人の少年がいる。
彼の名は三上亮。武蔵森中等部が誇る美少年のうちの一人である。
三上は今必死だった。所属しているサッカー部の試合でもこんなに全力で走ることは全くと言ってないだろうに。
それほどまでに懸命に、後ろからついてくる集団に捕まらないよう彼は命がけで走っていた。
ドンッ
「悪ィ!」
曲がり角でこちらに向かって歩いてきていた生徒にぶつかったが、彼はそのスピードを緩めることなく謝罪一つを残して走り抜けた。
「「「待って〜! 三上くーん!」」」
甲高い声とともに少年を追って廊下を走り続ける集団。
それは私立武蔵森学園中等部の、とある昼休みのことだった。



「大丈夫か? 三上」
人気のない裏庭の大きな木の陰で、渋沢は息を切らせて走ってきた親友に冷えた烏龍茶を差し出す。
三上と呼ばれた少年は声もなくそれを受け取り、一気に半分近くまで飲みきるとやっと息をついた。
「・・・っんだよアレは! うじゃうじゃうじゃうじゃ群がりやがって!」
「今日は調理実習のクラスが多かったからな。仕方がなかったんだろう」
「俺は甘いモンが嫌いなんだよ! あんな菓子なんか持って追いかけられてみろ!最悪だぞ!」
「まぁまぁ落ち着け」
そう言って渋沢が学食で買ってきた二人分のパンを取り出す。
「ほら、三上」
「・・・サンキュ、金は後で払うから。俺はコロッケパン貰うぜ」
「じゃあ俺はサンドイッチにするかな」

「ふぅむ、焼きそばパンはないのか。まぁアレは学校で一番の人気メニューだからな、買えなくても仕方がないだろう。それでは私はマーブルケーキを貰うぞ」

三上の後ろからにゅっと手が伸び、パンの山の中から白と茶色のパンを選び取った。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
2.5秒の沈黙の後に三上と渋沢がものすごい勢いで後ろを振り向く。
そこには一人の女生徒が立ちながらマーブルケーキにかぶりついている所だった。
「・・・うむ。中々」
三口でそのパンを食べ終えると、少女は口元を払いながら感想を述べる。
「・・・・・・・・・・・・『中々』じゃねぇッ!」
コロッケパンを手にした三上が叫びながら立ち上がった。
少女はそんな三上を不思議そうに眺め、口を開く。
「『中々』では駄目なのか? それでは『まだまだだね』でどうだ?」
「・・・・・・・・・全然ッよくねぇ!!」
呆気にとられて渋沢が二人を見上げる中、三上は少女に食って掛かる。
「ってめぇ! 何、人のパン勝手に食ってんだよ! あぁ!?」
「繁華街でぶつかったヤクザ紛いのあんちゃんのような台詞だな。捻りが足りない。52点」
「誰が採点しろって言った!? てめぇ俺の昼飯どうしてくれんだよ!」
三上がそう叫んだ途端、少女の周りの空気が氷点下にまで下がった。
「その台詞。そっくりそのままお返ししよう」
少女が言葉を言い終えた瞬間、三上の体が宙を舞った。
コロッケパンを持ったままの手首を捕まれ、カッターシャツの襟を取られて、次の瞬間ものすごい音を立てて背中から落ちる。
訳も分からず見上げた視界には自分を見下ろしているさっきの少女と、目を丸くしてこちらを見ている渋沢が映っていて。
ジンジンと痛む背中に、三上はようやく自分が少女に投げ飛ばされたのだと気づいた。
「・・・ってめぇ!」
「まだ判らないのか?」
起き上がろうとした三上の腹に少女が馬乗りになる。
スカートから白い足が覗いて、男としては美味しい体勢に三上の思考が一瞬鈍る。
しかし少女はそれを見逃すことなく、三上の考えを読んだように婉然と微笑んでそっと彼の首に手を這わせた。
「三上、亮」
鈴のような声に名前を呼ばれ、三上は唾を飲んだ。ゴクリと喉が鳴る。
少女は艶やかに笑ってその手に力を込めた。



「っふざけんじゃねぇよ! テメェの所為で俺の弁当が無駄になったじゃねぇか! 甘いモンが嫌いだぁ!? そんなん受け取るだけ受け取って焼却炉にでも捨てときゃいいんだよ! テメェが走り回って俺にぶつかったおかげで俺の弁当は廊下に転げ落ちるしあの女共は踏んづけて行きやがるし! どうしてくれんだってそれは俺の台詞だろーが! この時間じゃ学食行ったって何も残ってやしねぇんだよ! てめぇのパン貰った所で何か文句でもあんのか!? あぁ!? 何なら勝負するか!? オラ立て! 何とか言えや!」



「いや、あの、・・・三上、締まってるから・・・」
「あぁ?」
渋沢に言われて見れば、三上は少女に思いっきり首を絞められ真っ青だった。
「・・・っち。弱えぇな」
少女は面白くなさそうに三上の半死体を芝生の上へと投げ捨てる。
そしてやっと昼食時間。



なんだかんだの騒ぎがあったため昼休みはとっくに終わり、もう午後の授業は始まっている。
しかし人目につかない裏庭で昼食をとり続ける者、三人。
さん、二年生か」
緑茶を飲みながら渋沢が少女の名前を反復すると、少女はピザパンを食べながら頷いた。
「俺は渋沢克朗。三年四組だ」
「知っている。サッカー部のキャプテンだろう。好きな食べ物は鯖の味噌煮と豆大福で趣味はF1観戦、特技は料理。そっちは同じサッカー部の三上亮。好きな食べ物は寿司で趣味はインターネット、特技は円周率50桁までの暗記」
名指しされた三上は自身に唯一与えられた昼食のコロッケパンから顔を上げて驚いた顔で少女を見る。
「お前・・・何でそんなこと知って・・・・・・?」
「情報は金になる時代だからな。知っていて損は無い」
「・・・・・・・・・」
サラリと言われ、三上は何も言えずにげんなりとした顔で、再びコロッケパンをちびちびと食べ始める。
少女はそんな三上を見ながら言う。
「何をちまちま食べているんだ? さっさと食えばいいだろう。見ているこっちがイライラしてくる」
「ざけんな! 俺にとってはたった一つの昼飯なんだよ! ゆっくり食ったっていいじゃねぇか!」
「だからそれは私が食べるはずだった弁当を無駄にした君が悪いのだろう?」
言い返しては少女に一刀両断され、三上はやるせない気持ちでコロッケパンにかぶりついた。
これ以上少女に反抗して、唯一の昼飯さえも取り上げられたら堪らないと思ったのだ。
「まぁアレだな。今後は迫り来る女子達から逃げずに菓子を受け取るべきだな」
「あぁ、確かにその方がいいだろうな」
「・・・・・・それが出来りゃあ苦労しねぇよ・・・」
少女と渋沢が話す横で三上がぐったりと肩を落とす。
少女はそんな三上を見向きもせずにジュースを飲み(ちなみにこのジュースも三上のオゴリ)、
「それなら勝手に苦労すればいい。明日は三年一組がチョコレートケーキ、二年八組がクッキー、一年三組がカップケーキと調理実習が目白押しだからな」
「ゲッ・・・・・・!」
少女の台詞に三上があからさまに顔を歪ませた。
渋沢は少女の情報網に感心して頷いている。
「すごいな、さんは。他のクラスの時間割も把握してるのか」
「別に必要だったから覚えただけだ。私は平穏な学校生活を望んでいるからな。そのためには全教師の行動と性格を把握しておく必要がある。如何に目をつけられることなく乗り切るかが勝負だ」
「「・・・・・・・・・」」
アッサリと言い切られ、三上も渋沢も言葉をなくす。
「あ、じゃあこの時間サボッたのはまずかったんじゃないか?」
渋沢が心配そうに言うが、少女はフルフルと首を横に振る。
「一時間や二時間、十時間や二十時間の休みなど問題ない」
「いや、問題あるだろ」
意外と常識人な三上がきっちりとツッコミを入れる。
「別に、クラスメートが何かしらの理由をつけて教師に報告しているだろう。私は周囲の者と穏便な関係を築いているからな」
「・・・・・・・・・あっそ」
三上が疲れたように相槌を打つが、渋沢は思い出したように口を開く。
さんは七組だって言っていたが、・・・もしかして藤代や笠井と同じクラスか?」
「あぁ、そうだが」
「じゃあ何か・・・。藤代や笠井もお前と穏便な関係を築いてるってのか・・・・・・」
「勿論だ。笠井にいたっては席も隣だからな。親しくなっておく必要が多分にある」
「そうかよ、隣かよ・・・・・・」
話すたびに三上がげんなりと力を無くしていく。
しかし少女は気づいていないのか、気づきながらも無視をしているのか、話を続ける。
「笠井は賢くて機転も利くとてもいい友人だ。今は実に良い関係を築けている」
「確かに笠井は気の利く性格をしているからな」
「まさに私と笠井は、藤代も心地よく住めるであろう犬小屋を築いているのだ」
「って藤代は犬かよ!? しかも犬小屋を築くような関係って何だ!?」
「冗談だ。真に受けるな」
少女がそう言い、三上ががっくりと地に伏したところで五時間目終了のチャイムが鳴った。
「さて、そろそろ戻らねば」
少女がすくっと立ち上がり、スカートを軽くはたく。
「それでは御馳走になった。明日も精々苦労するがいい、三上亮」
「もういい・・・・・・お前と話する方が疲れる気がする・・・」
「それは良かった。明日の女子達はラッキーだな。三上亮に受け取ってもらえるとは」
「・・・・・・・・・」
三上が黙り込むと少女は表情を変えずに別れを告げる。
「それでは三上亮、渋沢克朗。ごきげんよう」
「あぁまた会おう、さん」
「・・・・・・俺はゼッテェ会いたくねぇ・・・」
「そんなことを言ってると神様は君に試練をお与えになるぞ。気をつけることだな」
「テメェはキリスト教徒かよ・・・」
「いいや、私は仏教徒だ」
サラリと答えて少女は校舎のほうへと歩き出した。
残されたのは、上級生二人。



「面白い子だな」
「面白いっつーか、疲れる・・・」
渋沢と三上は二時間続けてサボりに決めたのか、裏庭の木陰から動かずに先ほどの少女が去っていった方へと目を向ける。
いきなり現れたかと思ったら昼飯を横取りされるし、投げ飛ばされるわ締められるわ散々だったと三上は嘆く。
ほんの一瞬、自分の上に乗ったまま笑った少女にドキッとしたのも事実だけれど。
その後の行動があんまりにもあんまりだったため、あれは嘘だったのではないかとさえ思えてしまった。
「変なヤツ・・・・・・」
呟いた言葉は三上にとっての真理だった。



それは私立武蔵森学園中等部の、とある午後のこと。





2002年6月9日