同日都内、向日家の様子。




あなたの人生いただきます。(おまけ)





「ただいまー」
正面の店先ではなく、裏手の私的な玄関から入ってきた向日は、そのままリビングを突っ切って店側へと顔を出す。主である父親は今日は大手企業への納品のため不在で、店を切り盛りしているのは母親だ。電池と電球を袋に入れて客に渡し、ありがとうございました、と頭を下げて見送った後に振り返る。その顔は向日によく似ており、親友の忍足をもってして「岳人の女顔はママさん譲りなんやなぁ」と言わしめた華やかな顔立ちである。
「おかえり、岳人」
「ただいま。あのさ、侑士と跡部が来てるんだけど、何か食い物ない?」
「ああ、それならさっきちゃんが持ってきてくれたケーキがあるわよ」
「マジ!? よっしゃ!」
「ジロー君に頼まれて作ったののおすそ分けですって。後でお礼を言ってね」
「オッケー! 全部食っていい?」
「お姉ちゃんにばれないうちにね」
ガッツポーズをして飛ぶようにキッチンへと引き返していく向日は、ジローと同じく幼馴染として件の少女、の料理の美味さを知っている。おふくろの味であり一生食べたいと思わせる料理を提供している惣菜屋の娘。同じ商店街に店を連ねる者同士、生まれたときから一緒に育ってきたという本格的な竹馬の友だ。向日もジローと同じく、の料理が世界で一番美味いと思っている。母親の料理はある種別枠だが、他人でに勝る味はきっとこの世に存在しないだろう。それだけあの幼馴染の作る料理は美味いのだ。鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開ければ、ちょこんと鎮座している真っ白な箱。片手で持てるサイズのそれは小さめだが、三人で分けるにはちょうど良いだろう。ぶっちゃけ向日としては、このケーキを出すのは結構嫌だったりする。自分で食べ切ってしまいたいのもあるし、この料理の美味さを知った忍足と跡部が幼馴染に何かしらのちょっかいを出したりしないかと心配でもあるのだ。後者は友人を信じたいところだが、友人だからこそ疑ってしまう面もある。まぁ、跡部だし。っつーか跡部の舌を満足させられる菓子なんか、うちにはこれしかねーし。諦めて向日はケーキを箱ごとトレーに載せて、他にナイフと皿とフォーク、麦茶を注いだグラスを三つ用意し、自分の部屋へと向かった。外から声をかければ忍足がドアを開けてくれる。向日お気に入りの赤いソファーに優雅に腰かけながらCDを眺めていた跡部が、ちらりと視線だけでこちらを見やる。ローテーブルの上にトレーを載せ、向日は胸を張って言ってやった。
「今日のケーキはマジで美味いから! 跡部が今まで食ってきたやつよりも美味いって断言できる!」
「あーん? どこの店だ?」
「内緒! はい、オープーン!」
どこぞのジローと無意識に同じ台詞を言いながら、向日はケーキの箱を開けた。そして広がるめくるめくスイーツの世界。忍足が伊達眼鏡を外して感動の涙を拭うまであと五分。跡部が「俺の家で召し抱えてやる。パティシエはどこのどいつだ?」と向日に迫るまで、あと六分のことだった。





ごちそうさまでした!
2011年10月16日