その人と出会ったのは約一年前。私となっちゃんが小学校六年生になったばかりの頃。
長い髪に整った顔。どこのモデルさんだろうと思っていたら、その人はいきなり私たちを指差して言った。
「僕はドグラ星の王子。地球の平和を守るためにやって来た正義の使者だ!」
ヤバイ系かよ、ってなっちゃんが呟いた。

「おめでとう! 君たちは選ばれた、栄光の戦士なのだ!」





Here come Flower angels!





パシャッパシャッとフラッシュが光る。カメラマンさんがにっこり笑ってシャッターを切る。
「いいねーナツちゃん、ちゃん、二人ともいいよ!」
褒められて、思わずなっちゃんと笑い合う。髪で結ばれているおそろいのリボンが揺れて、その瞬間にまたフラッシュが光った。
!」
なっちゃんが私の手を握って、嬉しそうにくるくると回りだす。楽しくなって思わず歌いだすと、スタッフさんたちも一緒に笑った。
最後にはセットのお花畑の中に倒れちゃって、それでもカメラマンさんは続けてシャッターを切り続けてる。
撮影の時間はあっという間。どんな雑誌のお仕事でも二時間あれば終わっちゃう。それが私は少し残念。
「じゃあ、使うものが決まったら事務所に届けるからね」
「はい、お願いします」
「その洋服、良かったら持って帰ってってメーカーの人が言ってたわよ。二人にすごくよく似合うものね」
「そうですか? ありがとうございます」
「この後はどうする? 時間があったら近くのカフェでお茶でも」
スタッフさんの一人がそう言って誘ってくれたとき、携帯の着信音が鳴った。同じメロディーが、色違いの二つのバッグから、一緒に。
なっちゃんの顔が一瞬だけものすごく嫌そうに歪められたけど、すぐにパッと笑顔に戻る。
でも、でもね、なっちゃん。私はなっちゃんの双子の妹だから判るんだけど、本当はすごくすごく怒ってるでしょう?
「ごめんなさい。何だか用事が入っちゃったみたい」
「そっか、残念。じゃあまた今度ね」
「はい、今度は是非」
ごめんなさい、と謝って、まだ鳴り続けてる携帯の入ったバッグを持って。
スタジオを出た途端、なっちゃんは私の手を引いて、すごい勢いで走り出す。
「仕事中はコールすんなっつってんだろうがっ・・・・・・あんのバカ王子!」
あぁ、なっちゃん。ここはまだ施設内だから。地を出すのはもうちょっと後の方がいいと思うの。



私ことと、双子の姉のナツは、今年で12歳。
小学校に通いながらキッズモデルの仕事をしていて、ありがたくも人気は結構ある方、です。
そんな私たちには、もう一つ秘密があります。
とっても大変で、絶対に誰にも言えない、秘密のそれは。



「待ちなさい! そこの中年男!」
なっちゃんの声に、暗い路地裏にいた太ったおじさんが、びくっと肩を震わせる。
手首を握られて、今にも泣きそうな顔をしているのは若い女の人。ダメだよ、女の人に暴力振るっちゃ。
「痴漢だけでは飽き足らず、セクハラ以上のその行為! たとえ東京地裁が許しても、このフラワーエンジェルズが許さない!」
「男の人の力は、殴るためにあるんじゃありません。女の人を守るためです!」
「宇宙の女性の権利の力、とくと思い知るが良い!」
なっちゃんとぎゅっと手を握り合って、もう片方の手を二人して、男の人に突き出す。
「「エンジェルストーム!」」
手の平から現れた光が、まっすぐに男の人に当たって吹き飛ばす。
気絶したその人から解放された女の人は、すごく喜んで私となっちゃんに歓声を挙げた。
「あっ・・・ありがとうございます! フラワーエンジェルズ!」
―――そう、これが私たちの秘密。



ナツとの双子姉妹は、実は宇宙の女性を守る正義の味方だったのです。



女の人を助け出して、ちゃんと変身を解いて、なっちゃんと手を繋いで家に帰ってきて。
ご飯も食べ終わってお風呂にも入って、後は寝るだけになってようやく携帯が鳴った。
この着メロはバカ王子さん専用。なっちゃんが嫌そうに充電器から取り上げて、通話ボタンを押す。
「遅いんだよ、ボケ王子」
そんなことを言うなっちゃんは、雑誌の特集では『天使の魅力』なんて言葉がつくくらい可愛い。
でも性格は、片割れの私に言わせても、結構な猫かぶりさんだと思う。なっちゃん自身、外では可愛い女の子、家では地って使い分けてるみたいだけど。
『今日はご苦労だった、フラワーエンジェルズ。さすが僕の見込んだ正義の味方なだけはある』
「こんばんは、バカ王子さん」
「あんた、仕事中は呼び出すなっつってんでしょ? こちとら正義の味方の前に一個人なわけ。それくらい気を使え、バーカ」
『僕としては君のような二重人格者をチャイドルとして崇め奉っているロリコン共の気が知れないな。なるほど、地球上のオスは概してマゾだということか』
「はっ! あんたも調教してやろうか?」
『楽しそうな申し出だが、遠慮させてもらおう。これでも僕自身、自分のことはマゾよりもサドだと思っているのだ』
なっちゃんはバカ王子さんのことがすごく、それはそれはものすごく嫌いらしい。一度しか会ったことがないのに、驚くくらい嫌ってる。
私たちはいつも、バカ王子さんとは携帯で連絡を取っている。変身しているときはブレスレットを通してだけど、日常ではモデルの仕事もあるし、ブレスレットはしてられないから。
『さて、今日は君たちに新たな任務を与えよう』
「ふざけんな。こっちだって忙しいんだっつーの」
『実は僕は常々男女平等社会の素晴らしさというものを感じていて、とりあえず女性の権利を守るべく君たちフラワーエンジェルズを作り出したわけだが、それでは面白くないと思い対立する男の味方も作ってみた』
「男の?」
「正義の味方?」
『そう、その名も正義の戦士、原色戦隊カラーレンジャー!』
「うわ、ダサっ!」
『大概失礼だな、君は。少しはリリーエンジェルを見習いたまえ』
「うっさいなぁ。だから可愛いの。あたしがみたいになったら気持ち悪いに決まってんじゃん」
「なっちゃん・・・・・・」
あぁ、そんなことを自信満々に言わないで。なっちゃん、外見は本当に天使みたいに可愛いんだから。
確かに双子だから私もなっちゃんも顔はソックリだけど、なっちゃんは華がある感じで、私は癒し系だってよく言われる。
だからなっちゃんが普通に女の子っぽく話したとしても、何もおかしいことはないと思うのに。
「で、そのカラーレンジャーとかいう馬鹿っぽい奴らが何だってわけ?」
『あぁ、彼らと君たちフラワーエンジェルズに、対決してもらおうと思う』
ピキッていう音は、たぶんなっちゃんの堪忍袋に切れ目が入った音。
『名付けて、フラワーエンジェルズVSカラーレンジャー! 地球上の生物を決める世紀の大戦、かかあ殿下VS亭主関白!』
「ふざけんじゃねぇ! ぶち殺すぞバカ王子!」
なっちゃんが近くにあったぬいぐるみを、思い切り携帯に投げつけた。
あんまり叫ぶと、お母さんたちが心配して見に来ちゃうよ。だからなっちゃん、もう少し落ち着いて?



みんなが寝た、夜遅く。
クローゼットの中に隠しておいた靴を取り出して、私となっちゃんは窓から抜け出す。
ベランダからお隣の屋根を伝って、アスファルトへと降り立って。
手を繋いで、走り出す。
遠くで何かの爆発する音がした。
「―――
「なっちゃん」
頷きあって、天に腕を突き出す。ブレスレットが月光に光った。
「「フラワーパワー!」」
金銀の光が私たちに降り注ぐ。



流れていた髪が大きなリボンで結ばれ、なっちゃんはまっすぐに、私はくるくるに。
コートがどこかに消えて、ニットとスカートが動きやすいミニスカートのワンピースに変わる。
両手と腕には長い手袋。足はロングブーツ、胸には大きなペンダント。
アニメでよく見るような、変身する女の子の典型的な衣装に早変わり。
なっちゃんは鮮やかな薔薇色に、私は澄んだ真珠色に。
変身して、ポーズ。
「情熱に開花、ローズエンジェル!」
「清楚に開花、リリーエンジェル!」



「「華麗に見参、フラワーエンジェルズ!」」



ビルの上にいる私たちを、道路にいるカラーレンジャーさんたちが見上げてる。
バカ王子さんに聞いていた通り、赤・青・黄・白・黒の五色。体格から見ると、年は私たちと同じくらい?
青い人・・・ブルーさんが、私たちを指差して叫んだ。
「うわ、ダセッ!」
「あんたら単色に言われたくないね!」
「えぇ!? すごいかっこいいじゃないか! 僕たちもやろうよ、決めポーズと決め台詞!」
「誰がやるか!」
「褒められても全然嬉しくない!」
ローズエンジェルが思いっきり怒りながら言い返してる。
レッドさんは羨ましがってくれてるみたいけど、私たちも判ってるの。たぶんあなたたちも判ってると思うの。今この格好は自分たちの趣味じゃないって。
王子さんの趣味なんです。他人を巻き込んで迷惑をかけるのが大好きな、バカ王子さんの趣味なんです。
「あんたらを負かして正体を暴けば、あたしたちはあのバカ王子から解放されるのよ!」
ローズエンジェルが私の手を引っ張って、カラーレンジャーさんたちへと突き出した。
「というわけで、あたしたちのために死んでちょうだい!」
「ふざけんなっ! 俺たちだっておまえらを倒して正体暴けば、あのクソバカ王子から解放されんだよ!」
「行け、赤川! リルボム食らわせてやれ!」
「えええ〜!? 何でいつもこういうときだけ僕なんだよぉ!」
「俺としては、女の子を攻撃するのはちょっと」
「まとめて黙れ! 行くよ、リリーエンジェル!」
つられるままに、呪文を唱えた。
「「エンジェルストーム!」」
迎撃準備が整ってないらしく、慌てているカラーレンジャーさんたちの中。
ブラックさんが、何か考え込むように腕を組んで呟いた。
「・・・・・・敵は同じなわけですから、共闘するという考えは無理でしょうか」
あぁ、その意見、もうちょっと早く言ってほしかった。カラーレンジャーさんたちが吹き飛ばされてしまうその前に。



なっちゃんの苛立ちが強かったのか、エンジェルストームはカラーレンジャーさんたちを見えなくなるくらい遠くまで飛ばしてしまった。
これじゃ彼らが気を失っていても正体が暴けないよ。判ったのは一つだけ。
レッドさんが「赤川」と呼ばれていたこと。帰ったら電話帳を引いてみよう。



こうして長きに渡るかもしれないフラワーエンジェルズとカラーレンジャーの対決は始まってしまった。
たぶん、絶対にバカ王子さんの暇つぶしだと思うんだけど・・・。
いつかブラックさんとお話しする機会が会ったら、共闘する方法を一緒に考えてみたいな。





バカ王子さんの手引きで、週に一回くらいのペースで行われる対決・・・・・・というより子供の喧嘩みたいなやりとりは、私たちが小学校を卒業しても決着がつかず、今もそのまま持ち越されてる。





「なっちゃん、リボン曲がってるよ」
「本当? 直して直して」
立ち止まって向かい合って、なっちゃんの首元のリボンを直す。ブラウスの襟も一緒に直すと、なっちゃんが「ありがと」って笑った。
腕時計を見て確認すると、入学式まで後20分を切っている。
「時間ないね、急がなくっちゃ」
「全部あのバカ王子の所為だね! それとカラーレンジャー! あいつらいい加減にやられろっつーの!」
「な、なっちゃん、ここ外だから押さえて押さえて」
少しずつ大人になってきている顔を、なっちゃんは思い切り歪めた。可愛い顔が怖くなってる。
手を引っ張られて、遠くに見える校門に向かって走り出す。
「次に会ったときは絶対にぶちのめして、あのダサい衣装を剥いでやるっ!」
なっちゃん、私たち最近結構有名になってきたんだから。猫かぶりはするならちゃんとした方がいいの・・・。
そんなことを思いながら一生懸命走っていると、たぶん同じ新入生だろう男の子たちの集団を追い越した。
「―――馬鹿野郎! てめぇ、赤川!」
聞こえてきた名前に思わず振り向いたら、黒い瞳と目が合った。小柄な男の子。
「・・・・・・っ・・・!」
頬が熱くなるのが判る。どうしよう。私、判っちゃった。あの人だ。
あの人が・・・・・・ブラックさんだ。



「うっわー・・・・・・今の双子、すっげぇ可愛くなかった?」
「マジか? 赤川締めてて見逃した」
「な、な、百池。今の子可愛かったよな?」
「あぁ、可愛かった。たぶんあの子かな、祖父さんの言ってた子」
「理事長? 何て言ってたんだよ」
「今年、俺たちと同じ一年に双子のモデルが入学するって。ほら、今月号のCamCamの表紙飾った子」
「んなこと知らねーよ」
「おい横田、赤川マジで落ちるぞ」
「黛はどっちの子が好みだった?」
「・・・・・・そうですね」



「個人的に今一番興味のある異性は、フラワーエンジェルズのリリーエンジェルなので」



故に手を引かれていた方です、という続きを彼は言わなかったらしいけれど、その理由を私はずいぶん後になってから聞いた。
何でもブレスレットを通して聞いているバカ王子さんに知られたくなかったんだって。
うん、私もそう思うよ、黛君。



だって敵同士が恋に落ちるなんてシチュエーション、あの人はとっても面白がりそうだものね。





2006年3月9日