さんッ!」
何だかやけに切羽詰ったっぽい声で呼ばれて振り向くと、そこには青と白のジャージを着た外はねの髪の人がいた。
「君が好きですッ! 俺と付き合って下さい!!」



「・・・とりあえず、嫌」





The ups and downs of life





The ups and downs of life
人生の浮き沈み、転じて七転び八起きともいう。
つまり頑張る彼と彼女の人生は山あり谷ありだということ。
まぁ努力次第でどうにかなるかもしれないけれどね?





「にゃんで――――――っ!?」
私の返事を聞いて、外はねの人が突然叫んだ。
言葉から察するとネコ科に属する人みたい。人間はヒト科の霊長類のはずなんだけど。
「何でも何も、私、あなたのこと好きでも何でもないんで」
はっきりそう言うと、外はねネコ科人間はガックリと肩を落とした。けれどすぐに顔を上げる。
「じゃっ、じゃあ他に好きな人とかは!? いる!?」
「特にいませんけど」
「ならっ・・・・・・!」
「『なら俺と付き合って』っていうのはナシですよ。好きでもない人と付き合うほど物好きでもないですし、時間を持て余しているわけでもありませんから」
そこまで言い切るとネコ科人間は敗れ果てたボクサーのようにその場に膝をついた。
この勝負、私の勝ち?
おぉ新しいチャンピオン登場! ヘイそこのラウンドガール! この後どう?
・・・なーんて馬鹿らしいことを考えていると、正面からクスクスという笑い声が聞こえてきた。
正面、つまりはネコ科人間の後ろ。
そこには男子生徒が三人ほど立っていた。



「まだまだっすね。エージ先輩」
三人の中で一番小柄で帽子をかぶっている男の子がそう言った。
おやまあ、知り合い?
ネコ科人間と同じジャージ着てるみたいだし、知り合いみたいだね。
あぁよかった。全く知らない人に見られたよりかは全然マシだわ。(まぁ今更そんなこと言っても遅いんだけどね)
知り合いなら言いふらさないだろうし、この後のネコ科人間のフォローもしてくれるでしょ。
っていうか後の二人のうち一人には見覚えがある。もう片方は知らない人だけど。
中二男子にしては高い身長、逆立ったツンツン頭は毎日教室で見てるし。
あぁそうだこの前の数学のテストで私と同じ点数とってたっけ。
「桃城」
「よぉ! わりぃなこんな場面に来ちゃって」
「俺たちは悪くないっすよ。こんな所で告白したエージ先輩が悪いんだから」
おぉ帽子少年、毒舌だね。ネコ科人間が更にダメージ受けてヘコんでるよ。
まぁ私もこんな所で告白されるとは思ってもいなかったけどね。
(ちなみにここは校庭のド真ん中だ。私が部活で荒れ狂う校庭を突っ切って下校している最中にネコ科人間に呼び止められたので)
視線が痛いよ。特に女子テニス部とか女子ソフト部とか女の子系の部活からのがキツイな。
このネコ科人間は意外と人気者みたいだ。
となると、それを振った私は必然的に女の子から睨まれる事になるのか・・・。
いやだなぁ。女の子大好きなのに。(この発言に特に深い意味はナシ)



「じゃあ、私はこれで」
「待って。一つ聞いてもいいかな?」
さっさと立ち去るが吉。そう思って行動に移したところ、やはり後ろからストップがかかった。
面倒くさいと思いながらも律儀に振り返ると、さっき登場時にクスクスと笑っていた人がこちらを見ている。
桃城より低い身長。むしろ私と同じくらい。
「それもすでに質問ですね」
「あぁそっか。それじゃ、あといくつか聞いてもいい?」
私の言った言葉に楽しそうにその人は笑った。・・・綺麗な笑みはどこか作り物ぽかったけど。
「なんで英二からの告白を断ったのか、理由を教えてくれる?」
・・・・・・英二ってのはたぶんこの今だヘコみ中のネコ科人間のことなんだろう。
理由なんてさっきも言ったじゃん。
「私はこの人のことが好きでも何でもないんで、お付き合いすることはできません」
「好きでも何でもないってことは、嫌いじゃないってことだよね?じゃあ試しにでもいいから付き合ってあげてくれないかな?」
「好きでもない人とお付き合いはできません」
「意外と古風なんだね」
「何とでも言ってくださって結構です。つーかいい加減にしてくれません? 誰が知らない人間と付き合うかっつーの」
・・・っとやばい地が出ちゃったよ。まぁ別に隠してるつもりはないから構わないけどね。
あー早く帰ってドラマの再放送見たいなぁ。
夕飯は何かなぁ? って母さん今日いないんじゃん。自分で作るのも面倒くさいし、夕飯はコンビニ決定。
さっさと帰ろ。帰りましょ。



・・・・・・・・・」
「・・・何? 桃城」
まだいたのか。つーかその顔何? その『信じられないものでも見ました』ってな顔は。
よく見ればその隣の作り笑顔美人も、帽子少年も、果ては座り込んでいたネコ科人間までが呆気にとられた顔でこっちを見ている。
・・・私、何かマズイこと言ったっけ?
「・・・君、さんだよね?」
「ハイ、そうですけど?」
「・・・僕のこと、知ってるかな?」
そう言ったのはさっき私と質問の押収をした作り笑顔美人。
はっきり言って差し上げよう。その質問の聞き方が自意識過剰だということを知らしめるために。
「すみません。はっきりきっぱり言って知りません」
にこやかな笑顔もつけてやったぞ!
作り笑顔美人はショックでも受けたのか押し黙ってしまった。
そのかわり今度は帽子少年がその帽子のつばを押し上げて聞いてくる。
「・・・俺のことは?」
おぉ帽子少年も美人さんだね。生意気そうな所が可愛いなぁ。
でもゴメン。
「知らない。君ほどの美人なら一度見たら忘れないと思うんだけどなぁ」
どっかで会ったことある? と聞けば帽子少年は首を横に振った。
そうだよねー、会ったら覚えてるって。だってこの帽子少年、受ける感じが黒猫にそっくりなんだもん。
私、猫好きだし、こんな美人な猫に会ったら絶対忘れないって!
「・・・・・・・・・じゃあ何!? ひょっとして俺のことも知らない!?」
ズサッとへたれこんでいたネコ科人間が立ち上がった。
その顔は真剣そのもの。この人は黒猫って言うよりトラ猫だな。あとは三毛とか。
「すみません。悪いんですけど、知りません」
私がそう言うとネコ科人間は口をポカーンと開いたまま止まってしまった。
・・・?
何?知らないと何か問題でもあるわけ?
「ちなみに桃城は知ってるから。一応クラスメイトだし」
「あぁ・・・そりゃあなぁ・・・・・・」
「この流れだと桃城にも聞かれそうだったから先に言ったまで」
「っていうか、・・・。お前本当に先輩たちのこと知らねぇのか・・・・・・?」
「知らない。っつーか知るわけないじゃん。私と全く関係ないんだからさ」
自分と関係のない人間のことまで覚えるほど記憶力は良くないし。
歴史とかって苦手なんだよね。あれ覚えるくらいなら数学や国語のほうが全然マシ。



「ブブッ」
誰かに吹き出されて振り向けば、作り笑顔美人が笑いながらネコ科人間の肩を叩いている所で。
「英・・・二・・・。名前も覚えてもらってないんじゃ、フラれても仕方ないよ」
笑いながら言っている作り笑顔美人。(今は本当に面白そうに笑ってるけど)
と、帽子少年がトレードマークの帽子を脱いで一歩前に出てきた。
「・・・越前リョ―マ、一年二組っす。部活はテニス部」
「あー君たちテニス部員だったんだ。じゃあそのジャージってテニス部のジャージ?」
「・・・・・・そうっす。これはレギュラージャージで」
「ふーん。一年生でレギュラーなんだ? 大変だね」
「別に・・・・・・」
黒猫ちゃんと楽しくお話をしていると、笑いも収まったのか作り笑顔美人が前に出てきた。
「僕は不二周助。英二と同じ三年六組なんだ。よろしく」
「どーぞヨロシク」
「僕もテニス部のレギュラーなんだ。このジャージを着てるのは皆そうだよ」
・・・ってことは?
「・・・桃城もテニス部だったんだ?」
「おいおい。ひでぇなぁ、ひでぇよぉ」
「悪いね。自分に関係のないことは覚えないことにしてるんで」
そんな中、作り笑顔美人に背中を押され、ネコ科人間が前に出てきた。
俯いていて表情は見えないけれど、赤茶けた髪の毛が綺麗に外はねに揺れている。
顔を上げた姿は、猫ではなくて肉食獣を思い出させた。
「・・・・・・俺は、三年六組、菊丸英二」
一つ一つの言葉を噛み締めるようにゆっくり言っていた・・・と思ったら。
「身長は171cm! あ、でも春に測ったヤツだからもっと伸びてると思うけど! 誕生日は11月28日! 五人兄弟の末っ子で、家族構成はじいちゃんとばぁちゃんととーちゃんとかーちゃんと兄ちゃんが二人に姉ちゃんが二人! 趣味はペットショップ巡りと歯磨きで、好きな食べ物はオムレツとエビフライとカキ氷! えっと、えーっと勉強ははっきり言って得意じゃないけど、家事は出来るよ! 料理とか裁縫とか家庭科の先生に褒められたし! あとテニスも出来る! 部活だと大石と組んでダブルスで青学ゴールデンペアとか言われてて! あ、大石ってのはね、俺の親友でテニス部で副部長やってんの! 俺が得意なのはアクロバティックなプレー! えっとアクロバティックってのはね、何か、えーっと何て言うんだろ? クルクル跳んだり跳ねたりしてボールを打つんだよ! あーなんか上手く言えないや! ごめんね! あとはえーっと・・・・・・!!」
「ハイもうそこまででいいです」
・・・・・・何か一気に疲れた気がする。
肉食獣は何処に行ったのよ。ニャーニャーうるさい子猫が一匹いるだけじゃないの。
「そこまでって、だって俺まだ言い終わってないよー!!」
「いや、いきなりそんな事言われたって覚えられるわけないし」
何か色々と気になる部分もあったけどね。
171cmだと私と5cmも身長が変わらないなぁとか、家族が多いんだなぁうちは両親に私一人だからその三倍の人数がいるんだなぁとか、お子様ランチみたいなのが好物なんだなぁとか、家事が出来るのはポイント高いなぁとか、クルクル跳んだり跳ねたりってそれは本当にテニスなのかなぁとか。
「でも、でもでもでも! どうにかしてちゃんに覚えてもらわなきゃ!!」
いや、無理ですって。聞いてます?
「だって覚えてもらわなきゃちゃんに好きになってもらえないじゃん!!」



・・・・・・・・・。



「・・・・・・菊丸英二先輩。三年六組」
私が呟くと、ネコ科人間もとい菊丸先輩は何度も首を縦に振った。
「・・・とりあえずは、それしか覚えられないんで。いいですよね?」
「うんッ! ホントはもっと覚えてほしいけど今はそれだけで全然オッケーにゃ!」
あぁ全く、この猫は・・・・・・。
「これからもっと俺のこと覚えて俺のこといっぱい好きになって! そしたら俺もう一回告白するから! 今度はちゃんと恋人同士になろう!!」
・・・・・・・・・・・・。
あぁこの猫はこんな衆人環視の中でそんなことを言いおって・・・。実現できなかったらどうするつもりだ?
明日からの学校生活が怖いなぁ・・・。
きっとこの猫に追い回されて、女の子に呼び出しくらって、廊下を歩けば後ろ指さされる日々が続くんだろうなぁ。
・・・・・・一体何処で間違ったんだろう?
「俺! 入学式の案内で見かけた時からずっとちゃんのこと好きだったんだよ! 絶対絶対諦めないかんね!」
・・・・・・・・・ありがとう。今の言葉で自分の犯した過ちに気づいたよ。
この青春学園なんてこっぱずかしい名前の学校に入ったのがそもそもの間違いだったんだな・・・。
やっぱり家から徒歩十分だからなんて理由で受験するべきじゃなかったんだ・・・。



後ろで手を振っているテニス部軍団を尻目に、チクチクと突き刺さる視線の中、私は校門へとまっすぐに歩いた。
もう何があっても校庭だけは横切らないと、心に固く留めながら。
あぁもういやだ。どうしよう?
あの猫にこれからずっとついて回られてしまうだなんて。
・・・・・・・・・そう言えば、私、猫好きだったんだっけ?
そうだよね。それなら大丈夫でしょ。
どうせトラ猫だか三毛猫だか知らないけど、たかが一匹の猫なんだし。
それより今はセブンかファミマのどっちで夕飯を買うかが大事だわ!





しかし私はすっかり忘れていたのだ。
『たかが一匹』の猫が、あの一瞬、肉食獣を思い出させたことを。
・・・つーか猫も基本的に肉食じゃん。
オーマイガッ!





2002年6月2日