四時間目の数学が自習になってさっさと出された課題を片付けた。
やることもなくなって教室中を見渡せば、ざわざわと騒いでる中にいつもの後ろ姿が見当たらないことに気づく。
クルクルの髪の毛で机に突っ伏してる姿が。
アーン? ジローのヤツ、自習だからってどっか他の場所に寝に行きやがったな。
自分だけ美味しい思いしてんじゃねぇよ。



もう一度クラスを見回して、ふと気づく。
いなくなっていたのはジローだけじゃなかった。





CUT





ジローは結局その時間中に帰ってくることはなく、俺は弁当を持って立ち上がった。
昼休みでうるさい廊下を歩いて屋上まで足を運ぶ。
鍵がかかってるがそんなんコツがあれば誰でも開けられるしな。
正レギュラーのヤツならみんな開けられるだろ。
「・・・・・・・・・あっれ? 誰だよ、先に来てるヤツ」
階段を跳ねるように上っていた向日が屋上へと通じるドアを見て変な声をあげた。
見ればそこにあった鍵はなく、ドアは誰でも入れる状態になっていて。
「何や、今日は先客がおるんかいな」
忍足の声にそういえば、と思い出した。
「どうせジローだろ。アイツ四時間目にいなかったからな」
「あーなんだ、ジローか」
向日が納得しながらドアを思いっきりぶち開けた。
その拍子にギギーッと鉄の扉らしい耳障りな音と、バコッと何かがぶつかるような音がして。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
俺と忍足の視線が一点に集中される。
開いたドアの隙間から、まっすぐに飛んできたもの。
「・・・・・・・・・・筆箱や」
「筆箱だな」
「しかもこれ、ジローのやで」
「ジローのだな」
これがストレートで飛んできて向日の額をクリーンヒットしやがったのか・・・・・・・・・。
ひっくり返ってる向日をまたいで、忍足がもう一度、今度は出来るだけ静かに扉を開け始めた。
目に眩しい直射日光が差し込んで、青い空が広がる。
そんな中にジローはいた。
ニッコリと微笑んで。
何故か、起きてる状態で。
今度は手にノートを持って。
「うるさくしたらまた当てるからねー?」
・・・・・・・・・微妙にいつもとどこか違うジローがいた。



そのジローの膝に頭を乗せて、眠っている女がいやがった。



絶叫して叫びそうだった向日を忍足が身体を張って止めて、その後で来て驚きの声をあげる宍戸と鳳は樺地に言って黙らせた。
どうやっても音の立つドアをものすごく慎重に閉めて。
アーン? 何でそこまで慎重になってるかって?
そんなんジローに聞きやがれ。あの、いつもと微妙に違うジローに。
俺はとりあえずジロー(と女)から少し離れた位置に座ろうと思って、だがその途中で思わす足を止めた。
ジローに膝枕されたまま寝ている女に見覚えがあったからだ。
「・・・・・・・・・・
「え? 跡部、あの子のこと知ってんの?」
微妙ジローが恐ろしいのか、向日がヒソヒソとした声で話しかけてくる。
そんな声じゃなくてもこの女は起きねぇんじゃねぇのか?クークーとよく寝てるし。
「クラスメイトだ」
「跡部と一緒ってことは、ジローとも一緒?」
「当然だろ」
俺とジローは同じクラスだからな。一緒じゃなかったら何だってんだよ。
忍足と宍戸と鳳は何やらこそこそと集まって・・・・・・・・・じゃんけんをしてやがる。
「あ、あの・・・・・・・・・・芥川先輩」
「なーに、鳳?」
じゃんけんで負けた鳳が大人しく嫌な役目を引き受けたらしい。忍足や宍戸、それに向日が固唾を呑んで見守っている。
「その・・・・・・・その女性は、芥川先輩の・・・・・・・・・・・・・・・・えっと・・・・・・」
忍足が後ろからどつくぞ。さっさと聞きやがれ、鳳。
「カノジョかってこと?」
「っは、はいっ! そうです!!」
チョップを食らう前に鳳が助かったといった感じで頷いた。それでも小声なところはさすが、といったところか。
微妙ジローはいつものように、だが試合でもめったに見せない笑顔で微笑んだ。
いつもとは少し違う、本当に嬉しそうな顔で。
「うん、俺のカノジョ」
頷きやがった!



派手に驚きたいのだがうるさくすれば微妙ジローに何をされるか判らない俺たちは、内心で絶叫したり転がったりと大変だった。
(実際に忍足はジローを指差して大口開けて何も言わずに叫んでたし、向日は驚きのあまりムーンサルトさえするのを忘れた)
確かに、これを驚かずに何を驚けと言うんだ・・・・・・・?
あの・ジローに・女
ジローに、女。
ジローに。
「い・・・・・・・・い、いつから付き合ってんだ・・・?」
「んーとね、一ヶ月くらい前」
「そ、そうか・・・・・・・」
宍戸が勇敢にも尋ねた。その度胸は褒めてやる。
「なぁ、どっちから告白したんだよ?」
向日、回復早いな。だったらもうちょっと考えたゲーム運びを覚えやがれ。
「んー・・・・・・・・・・どっちだろー?」
「・・・・・・・・・・わかんねーの?」
「うん」
何でか満足げに笑うジロー。今日はマジで微妙だな。
今度は忍足が楽しそうに近づく。
「なぁなぁジロー。その子・・・・・・・っちゅうの?」
「呼び捨て禁止」
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」
「呼び捨て、禁止」
・・・・・・・・・微妙どころの騒ぎじゃねぇ。
「・・・・・・・・・・・・そ、そのさんってどんな子なん? ジローが選ぶくらいやから可愛ぇんやろ?」
それでもへこたれないあたり、忍足はかなりのミーハーだな。
「うん、めちゃくちゃかわいー。あ・・・・・・やっぱ普通かも。でも俺にとっては一番かわいーの」
「・・・・・・・・・・ものすごい台詞吐いてるぞ、コイツ」
「恋は盲目って言いますからねぇ」
宍戸と鳳がヒソヒソと会話を交わす。
ジローはニコニコと嬉しそうに笑って喋り始めた。
「大人しくってね、目立たなくって、でもすごくしっかりしてて、だけどおっちょこちょいで、見てて楽しいし、一緒にいると嬉しーんだぁ」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」
何だかものすごく惚気を聞かされているのではないかと思う。実際そうに違いないだろう。
「あの日もねー、跡部に出すはずのラブレターを間違って俺の下駄箱に入れちゃってね、もうすごいミス。でも俺は嬉しくってー」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「「「「「「!!??」」」」」」
「だってさんには跡部とつきあうつもりなんてなかったけど、跡部はあの日はフリーだったからさんに告白されたらつきあっちゃうだろーから、そんなのやだなーって思って間違い手紙も渡さなかったのー」
「ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょお待ってや、ジロー!」
「んー? なーに、忍足」
「えっと・・・・・・・・・ちょお、待っとってな?」
やはりニコニコと心底嬉しそうな顔で笑うジローに、忍足がどうにかストップをかけて。
そしてクルリと振り返り円陣を組む。
「な、なぁ今のってどう解釈すればええん?」
「え、っていうか今ジローの奴、さんは跡部にラブレター出したって言ってなかったか?」
「・・・・・・言ってたな。間違ってジローの下駄箱に入れたって言ったぞ、アイツ」
「・・・・・・・・・さんて人、おっちょこちょいな人だって、言ってましたね」
「・・・・・・・・・つーことは何か、樺地」
「ウス」



は俺のことが好きだったってことか!?



「今さら跡部が気づいたところで譲る気はないけどねー」
の髪を丁寧に撫でながら、ジローはいつもとものすごく違った笑顔で言いやがった。



「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」



青空の下、今まで眠ってたが動き出す。
ジローが嬉しそうに目を細めた。
「・・・・・・・・・まだ、寝てていーよ?」
その髪を撫でる指先が信じられないほどに優しくて、思わず目を見張る。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「プリント? だいじょぶ、ちゃんと終わらせたから」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「うん、おやすみ」
今日のジローは微妙どころか完全なるエイリアンだ。
が一言も発してないのに会話を成立させやがった。(しかもはもう寝てやがるし)
風に飛ばされないようにノートの間に挟んであるプリントは、たしかに全部ちゃんと終わらせてあった。
紛れもなくジローの字で、もう片方はのものらしい字で。
答えがところどころ違うのは、きっとお互いに自力で解いたからなのだろう。
あの、ジローが。
あの授業中は寝まくっていて提出物はおろか挙手だって一度もしたことのない教師陣の悩みの種(というかすでに諦められている)ジローが!
「あ、明日は嵐や・・・・・・・っ!」
「いいいいいや、今すぐに雪が降るって・・・・・・・っ!」
「は、早く逃げましょう宍戸さんっ!」
「あぁ! それがいい・・・っ!」
エイリアンなのはおまえらもか。
バタバタと食べかけの弁当をまとめて屋上から早足で、けれど忍者のように足音を立てずに去っていく。
それほどまでに今日のジローが怖いか・・・・・・・・・・。
あいつらにしては見事なくらい丁寧に、音を立てずに扉を閉めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
俺も戻るか・・・・・・。
樺地に弁当を片付けさせているところにジローから声がかかった。
「ねーあとべー」
振り向けば、まだを膝枕した状態で、その髪に手を添えていて。
見上げてくる瞳と、目が合った。
――――――――――息を、呑む。



さんに手ぇ出したら、許さないから」



コートにいるときにも見せたことのない顔で、ジローは言った。
・・・・・・・・・咽が、音を立てた。



五時間目の予鈴が鳴る直前に戻ってきたジローとは、なにやら楽しそうに話をしていた。
眠そうじゃないジローってのは何か違和感があって仕方ねぇ・・・・・・・。
ボーっと見ていたらジローと目があって、思わず眉をひそめた。
けれどそれは一瞬のことで、ジローは再びに話しかけられて嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「・・・・・・・・・・ったく」
判ってる、手は出さねぇ。そんなに俺が信じられないのか、おまえは。
に笑みを浮かべているジローは、背中で俺に向けて殺気を放っていて。
どうしようもない、と肩を竦めかけた俺は教室の前のほうで繰り広げられた光景に目を丸くした。
がジローをポカッと叩いたのだ。
そしてそのまま後ろを振り返って。
ごめんね、跡部君
口元だけが謝罪を述べて、少しだけ笑ってから再びジローへと視線を戻す。
ふてくされた顔をしているジローに何か言って。
そして二人して頬を緩めて笑う。
――――――――――ったく。



「・・・・・・・・・・・・・・・人の獲物を盗ってんじゃねぇよ、バーカ」



本当に小さく呟いた言葉にいきおいよく振り返ったジローを見て、やっぱりコイツはエイリアンなのだと確信した日だった。





2003年6月21日