ポカポカと暖かいお天気。
白い雲がいろいろ形を変えながら青空を漂っていて。
風も少しだけある、爽やかな日。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっと。



どうして私の目の前にいるのは芥川慈郎君なんでしょうか。





NG





えっと、あの、すみません。
・・・・・・・・・状況を整理してもいいでしょうか・・・?
たしか、たしか私は今日の放課後、今のこの時間、彼をここに呼び出させて頂きました。
ちなみに彼というのは芥川君のことではありません。



跡部景吾君のことなのです。



用件はもう見当がおつきでしょうが、私は跡部君に懸想しておりまして。
平たく言えば・・・・・・・・・好き、なのです。彼を。
あぁ、でもちゃんと判っています。跡部君のように華やかな人には私のように地味な女の子は似合わないと。
判っていても止められないというか、より一層惹きつけられてしまうというか、何と言いますか。
とにかく、私は跡部君が好きなのです。
でも付き合いたいとは思わないのです。
このことを友人に言いますと「どうして!?」と言われるのですが、これもまた私の中では自然な流れなのです。
跡部君のことは好きですが、お付き合いしたいとは思わないのです。
その瞳に一瞬でいいから私を映してもらえれば。
彼の長い生のうちに、私の姿を一瞬だけでもいいから存在させてもらえれば。
それだけで私はいいのです。



まぁ正直に言いますと、跡部君の隣にいられるほどの自信と根性がないのですけれどね。



えっと、つまりはそういうわけでして。
本来ならばずっと遠くから見つめているだけでいいやと思っていたのですが、人というのは欲深いものでして。
向日君が跡部君にポカリと頭を叩かれているのを見ていいなぁと思ってしまったわけです。
いや別にマゾなわけじゃありませんし、男の子である向日君に焼きもちを焼いたところで仕方ないのですが。
ですが、ねぇ?
跡部君の興味を一瞬でいいから私に向けさせてみたいと思わせるにはその行為は十分だったわけですよ。
人間というのは本当に欲深い生き物です。



というわけで、私は告白して振ってもらってそれはそれで楽しい恋に区切りをつけようと思って跡部君を呼び出したのです。
そうしたらなぜか目の前にいるのは跡部君じゃなくて芥川君なのです。
実は廊下でぶつかって中身が入れ替わっちゃったなんてオチはないですよね?
えーっと・・・・・・・・・それがないということは、これは一体どういうことなのでしょう。



青空の下で、芥川君は今にも眠ってしまいそうです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「芥川君、芥川君は何か用があってここにいらしたんですか?」
「・・・・・・・・・んー・・・そー・・・」
「そうなんですか。誰かと待ち合わせですか?」
「・・・・・・んー・・・」
「私もなんです、奇遇ですね」
「・・・・・・・・・んー」
「・・・・・・(会話が終わってしまいました・・・・・・)」
「・・・ねー・・・・・・さん・・・・・・」
「はい?」
「・・・あのさぁ・・・・・・」



「ラブレターにはぁ・・・・・・ちゃんと相手の名前を書いたほうがいいと思うよー・・・・・・?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?



「・・・それとさー・・・・・・・・・跡部の下駄箱は俺のいっこ右なんだよねぇ・・・・・・・・・」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



えっと、それは、つまり、あれですか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・芥川君がここにいるのは間違いじゃないという話で。
私のラブレターが跡部君には届いていないという話で。
――――――――――すなわち。



私はお約束なミスを起こしてしまったということなのですね・・・・・・・・・?



芥川君はポケットから薄い空色の封筒を取り出して、眠そうな顔で困ったように笑いました。
「・・・・・・・・・内容は、読みやすくて良かったんだけどねー」
やっぱりですか。私、国語が得意科目ですから。(ちなみに苦手なのは物理です。あれはもうサッパリです)



拝啓
突然のお手紙で申し訳ありません。
このたびお話したいことがありまして、筆を取りました次第です。
もしよろしければ本日の放課後、新校舎屋上まで足をお運び頂けないでしょうか。
お待ちしております。
かしこ

3年A組 



「・・・・・・・・・・・・最初はキョーハク文か果たし状かと思っちゃったぁ。だって全然そういう雰囲気じゃないんだもん」
「とりあえず来て頂くことを最優先に書いたらこうなってしまったのです。さすがに自分でもどうかと思ったのですけれど」
「・・・・・・・・・でもサッパリしてていいと思うよー? ズラズラ長く書かれても読む気なくなっちゃうし」
「封筒と便箋は空色で爽やか感をアピールしてみました」
「・・・・・・うん、それもバッチリ。跡部が好きな色はゴールドだけどねー」
「探したんですけれど、さすがになくて。ここは無難な色を選択したのです」
「・・・オッケーオッケー。バッチリバッチリ」
芥川君がニコニコ笑います。



「というわけでそれ、返して下さいな」
「ダーメ。だって跡部は彼女と別れたばっかだからさんの告白オッケーしちゃうもん」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「・・・・・・・・・それは、困りますね(お付き合いするのは目的じゃないですし)」
「でっしょー? だからさ、俺とつきあおーよ」



何か今、幻聴が(どうしよう、この若さでボケが始まってしまった)。



さんが跡部のことスキなのは知ってたけどー、でも跡部は女グセ悪いし、飽きたらすぐにポイだよ? だったら俺のほうがお得だと思わない?」
芥川君が首を30度傾けてニッコリ笑います。お日様みたいな笑顔です。
ふわふわの色素の薄い髪が青空に映えています。何というか、可愛い人です。
猫みたいに眠るのが大好きで、授業中でもいつもうとうとしていて先生方も注意するのを諦めたくらいです。
(ちなみに私と芥川君は同じクラスです。そして跡部君も同じクラスです。それなのに下駄箱を間違えた私はリサーチ不足としか言えません)
ダメです、私。現実逃避していても時間が過ぎていくばかりです。
今日のお夕飯はお母さんがコロッケだって言ってました。好きなんです、お母さんの作るコロッケ。だから早く帰らなくては。
あぁダメです。これも現実逃避です。



「まぁどのみちさんのラブレターを受け取ったのは俺だから、俺がサンの彼氏になっちゃうんだけどねっ」



・・・・・・・・・えっと、あの、跡部君、どこにいますか?(今日は部活がない日だからテニスコートにはいないと思いますが)
告白なんてもういいですから目の前にいる芥川君だけ引き取って下さい。お願いします。



「というわけでー、これからよろしくっさん!」



そんなにニコニコ笑われても。
「私は芥川君とお付き合いするつもりはないので。この度はとんだご迷惑をおかけしました。どうか水に流して頂けると嬉しいのですが」
「しししーっ! 流さない! だってさんは今から俺の彼女だもんねっ」
「いえ、ですが芥川君とお付き合いする理由が私にはありませんし」
「ラブレターくれたじゃん?」
「あれは跡部君宛ての手紙です。芥川君にとっては本当に失礼なことをいたしました。どうかお許し下さい」
「じゃー俺とつきあって!」
「えっと、ですからですね」
ぐるぐる回り続ける言葉のループ。
芥川君、あなた理解不能です。(しかもいつの間にか覚醒してしまったのですね。しまった)



どうしよう、どうしましょう、どうしたらよいのでしょう。
跡部君に告白するつもりが芥川君にラブレターを出してしまって、そして付き合うことになってしまいそうです。
私、押しに弱いんでしょうか。それとも猫に弱いんでしょうか。
というかたぶん、自分で犯したミスに動揺していてちょっと冷静な判断力を欠いているのだと思います。
でなければこんなに疲れている自分を肯定することが出来ません。



「ねーねーつきあおー?」
「いやですから、私にその気はないと」
「俺といっしょだと楽しーよ? 氷帝のお昼寝スポット全部教えちゃう!」
「いやそれは魅力的なんですけどね」
「跡部といるより楽しーよ?」
「いやそれも実は否定できないんですけどね」
「なら決まり!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?



「これからよろしくお願いしますっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ですから、芥川君」
「よーろーしーくーねっ!!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「よろしく、お願いします」



これもきっと何かの縁でしょう。
なんだかものすごく、ものすごく奇妙な縁な気がしなくもないですけれど。(そしてそれはたぶん間違ってないと思いますし)
でもとりあえず芥川君はいい人のようですし。笑い顔が可愛いと思いますし。
何より私が跡部君のことを好きだと知っていて「付き合おう」と言う彼の性格に不可思議さを感じましたし。
たぶん、大丈夫なのでしょう。



彼はとても嬉しそうに青空に溶ける笑顔で笑いましたから。



今日からどうぞよろしくお願いいたします。





――――――――――そういえば。
そういえば何故に芥川君は私が跡部君のことを好きだと知っていたのでしょう。彼の口ぶりからすると手紙を受け取る前から知っていたようですし。
どうして判ったんでしょう。あの宛名のない手紙が跡部君宛てだと。
それに芥川君は私が跡部君のことを好きだけれど付き合いたくはないということを知っているようでした。
この話をしたのはごく限られた友人。しかも学校外の場所だったのですけれど。
彼女たちにも「どう見てもが跡部君を好きなようには見えない! そのポーカーフェイスは一体なんなの!」と言われてますし。
表面には、出ていなかったと思うんですけれどね。
どうして気づいたんですか?芥川君。



・・・・・・自意識過剰な推測を立ててしまいそうなので、明日にでも否定してもらいましょう。
そう考えて私は眠りにつくことにしました。



今日はいくつもミスを犯してしまったような気がする一日でした。





2003年6月1日