その人は、突然に俺たちの前に現れて言った。



「君たち、メジャーデビューしてみる気はない?」



――――――――――と。





スター☆誕生
(Bosque編)





その日は、その日はちょうど高校の文化祭の当日で。
軽音部に所属している俺たちはステージをこなして、満足感と高潮感に満たされていて、本当に、身体の奥底から熱くなっているようなそんな状態だった。
誠二はまだ足りないというようにマイクなしでも歌い続けるし、いつもはそれを止めるはずの渋沢キャプテンも今だけは止めずに笑っていた。
三上先輩は何気なくドリンクを片手に座り込んでいるけど、その指はまだ床を相手にキーを奏でている。
かくいう俺もどうしてもさっきの臨場感が抜けなくて。
熱狂的な瞬間、あの、音が空まで駆け抜けるような感触。
湧き上がる歓声、重なってさらに響く俺たちの音。
それはステージから降りて、控え室であるこの教室に戻ってきてからも続いていた。
なんだか夢見たいな心地がして、地に足がついてないみたい。
身体の芯から熱くて、すごく気持ちがいい。



そんなときに、その人は現れた。



「・・・・・・・・・・メジャーデビュー・・・・・・・・・・・・・?」
誠二の呆然とした呟きに、その人は笑って小さく頷いた。
そのまま手にしていたバッグから名刺を取り出して俺たちへと差し出す。
「私は。樋口プロダクションって知ってるかな? そこの職員」
「樋口プロって・・・・・・・あの、Blossomsとか、SAYの所属してる?」
「えぇ、そう。知っててくれたのね」
その人は・・・・・・・さんは、ニッコリと微笑む。
薄いブルーのスーツにメイクを綺麗にしているから判りづらいけど、なんだか結構若そうに見えた。
20歳・・・ちょっと、過ぎくらいかもしれない。
「え、ええええええ!? でも樋口プロって言ったら珠里じゃん! あのっ永遠のアイドル・小早川珠里!!」
誠二が顔を真っ赤にして叫んだ。・・・・・・うるさいよ、誠二。歌うのと同じ音量で叫ばない。
でもさんはそういうのに慣れているのか、苦虫を噛み潰したような顔で溜息を吐いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『永遠のアイドル』ってのは、言いすぎだけどね・・・・・・」
もう33過ぎたし、と呟くさん。
ちなみに『小早川珠里』というのは、樋口プロダクションで一番有名な女優(というか、アイドルなのかな・・・?)さんで。
確かに今年で33歳って聞くけど、全然そんな風には見えない人。
コマーシャルを見る限り肌は真っ白で綺麗だし、何より表情が生き生きとしていて若い印象を与える。
そういえば誠二は小早川珠里のファンだったっけ。
目がキラキラしてる・・・・・・・・・。
「キャプテンっ! 入りましょうよ! デビューしましょ!」
「――――――――――バカ代が」
三上先輩がペシッと誠二を捨てやった。正しい判断です。
名刺を指で挟んで、三上先輩はさんを見やってニヤリと笑う。
俺は思わず眉を寄せた。
・・・・・・・・・三上先輩は、他人を挑発して楽しむ人だから。
さん」
「えぇ」
「アンタ、いくつ?」
「レディーに年を尋ねるの? ・・・・・・と言いたいところだけど、今年で23よ」
「大学出たての新社会人じゃねぇか。そんなヤツにスカウトされて信じられると思うのか?」
うわ、三上先輩。キャプテンが真っ青になってますよ。
けれどさんは楽しそうに微笑んで、その真っ黒な髪をかきあげる。
「信じてもらえないと思うけど知りたいなら教えてあげる。私、樋口プロダクションに務めて今年で10年になるの。私の発言力は事務所内でもかなり重いのよ」
その言葉に、思わず俺たちは声を失くした。



その、勤続10年らしい22歳のさんは、俺たちを見回してゆっくりと笑ってみせた。
あまりにもそれが絵になっていて、思わずこの人が芸能界デビューした方が人気が出るかもしれない、なんて思ってしまったくらいに。
「バンドというのは個性のぶつかり合いが、いかに他人を魅了する音楽を作りあえるかにある」
声も、この人が歌うソプラノはよく響くんじゃないかと思う。
「複数で組むからには全員の感性と感覚が同じでなくてはならない。そんな相手を見つけるだけでも大変なのに」
よく四人も揃ったわね、とさんは笑う。
俺たちは思わず顔を見合わせてしまって。
渋沢キャプテンが戸惑ったように口を開いた。
「・・・・・・た、たしかに俺たちは同じ感性を持っていると思います。ですがまだ、メジャーデビューするほどの実力があるとは――――・・・」
「テクニックならいくらでも教え込める」
容赦ないとでも言えるような一言で、それは両断された。
腕を組んで言い放つさんは、やはり新社会人のようには決して見えない。
「必要なのは『他人を魅了する力』よ。私はそれが君たちにあると思っている。――ううん、確信している」
ハッキリと言い切った姿は自信と誇りに満ち溢れていて。



「自分たちの音楽がどこまで通用するのか――――――――試してみたくない?」



とても、綺麗に笑って。



「・・・・・・私は、その手伝いをしたくてここに来たのよ」



それからというもの。
さんに口説き落とされて(この表現が一番近いと思う)プロダクションに入った俺たちは、本当に「技術」を叩き込まれた。
それぞれ専門の指導者をつけられて、それはもう学校が終わってから深夜遅くにいたるまで。(とは言っても学生の俺たちだから、その日のうちには帰されたけど)
ちなみに両親たちは事務所に入ることを契約する日に社長という人が現れて、きっちりと説得してくれた。
40歳くらいの男の人で、なんというか英国紳士を思わせるような日本人の男性だった。
その人は契約だけ済ませるとさんにすべて任せて慌ただしく出て行ってしまって。
さんが事務所内でも重鎮だというのは本当みたいだ。俺たちの面倒も全部見てくれているし。
なんというかもう・・・・・・・・・本当に、お世話なりっぱなしで。
この恩を俺たちが返せるのかと言われたら、それはちょっと・・・・・・・・・。
「何言ってんの? あんたたちがデビューしてミリオンセラーでも出してくれればそれで十分よ」
「・・・・・・・・・・・・・いや、ですからそれが」
「最初から無理なんて言うもんじゃないわよ、竹巳」
ピシッとデコピンを食らわされた。・・・・・・・・・・形のよい爪の先がちょっと痛かったりして。
ざわざわと雑多な声が聞こえてくる中で、額が少しだけ熱い。
ニコリと、さんが笑う。



「行ってらっしゃい、Bosque」



ポンと背中を押されて送り出された。
光の、洪水の中へと。





2003年6月30日