『柏レイソルのルーキー・日生光宏、人気アイドルと熱愛発覚!?』
そんなニュースがスポーツ新聞とワイドショーを賑わせ、かの青年は一躍有名人になってしまった。コンビニまで行って買い揃えてきた新聞は、どれも一面に彼と人気グループアイドルの少女の並んでいる姿を写している。光宏はチームのジャージ姿だが、少女の方はサングラスをしており、いかにもお忍びといった感じだ。やるじゃない日生君、と感心していると、家の電話が鳴り出す。いつもはすぐに出る娘も今は立て込んでいるため、母が自ら受話器を取った。
「はい、ですが」
『あ、さん? 私、日生ですけれど』
「あら日生さん! 電話来るかなって思ってたのよー」
『ごめんなさいね、うちの光宏が』
「いいわよ。スポーツ紙にすっぱ抜かれるなんて、日生君もそれだけ有名になってきてるってことでしょ」
『相手がアイドルだからって理由の方が大きいと思うわ。・・・・・・ちゃん、どうしてる?』
「あぁ、うちの娘?」
コードレスの受話器を耳に押し当てたまま、母はリビングから繋がっているキッチンを見やる。オレンジのエプロンを身につけて、まな板に向かい包丁を握っている後ろ姿は常と変わらないが、かもし出している雰囲気が異なってていて、母としては笑わずにはいられない。
なら一心不乱に野菜をみじん切りしてるわよ。昔っから何か嫌なことがあると野菜を切り刻むのよねぇ。ちゃんと美味しく作ってくれるからいいけど、家中の食材が全部スープになっちゃうの」
それこそラタトゥイユもびっくり、と朗らかに笑えば、それに少し安堵したのか、電話口の光宏の母親も笑った。
『何でも、あのアイドルの子のお目当ては光宏じゃなくて同じチームの真田君だったらしいのよ。だけど真田君って硬派みたいで、とりあえず喋りやすそうな光宏に近づいてきたみたい』
「あら、アイドルも大変ねぇ」
『そんな瞬間を取られるんだから、まったく光宏も馬鹿としか言い様がないわ。ちゃんを悲しませて、あの子本当に何やってるんだか』
「でも今日の試合もちゃんと勝ったじゃない。ヒーローインタビュー始まるわよ」
先ほどからつけっぱなしだったテレビが試合の終了を告げている。件の真田一馬の先制ゴールと光宏の決勝点でレイソルが勝利した。お立ち台に登った二人は、やはり話題がある分だけ光宏にマイクが集中している。
『おめでとうございます、日生選手!』
『ありがとうございますっ』
『ところで日生選手、本日のスポーツ紙のニュースは本当なんですか!? サポーターの前で是非真相を!』
あはは言われてるわ、と母二人はそれぞれにテレビを見ながらコメントする。いつもは人懐っこい笑顔を浮かべている光宏だが、今は焦りが色濃くその顔に浮かんでいる。試合後だというのに疲れはないらしく、それどころか勝利の喜びもどこかに行ってしまっているらしい。今にも駆け出したがっている様子に、隣の真田が呆れている。
『あれはデマですっ! 俺はあの人と付き合ったこともないし、話したのだってあれが二回目くらいですよ! っていうか、この騒ぎで彼女に捨てられたらどうしてくれるんですかっ!』
『え! ということは、本命は他に!?』
『他にも何も、本命はたった一人です! 試合前に電話したら出てくれなかった・・・っ・・・これで振られたらマスコミのせいにしてもいいですよね!? マジでほんと、行かせてください! 真田ごめん、あとよろしくっ!』
言うが早いか、画面の中の光宏はお立ち台をジャンプして飛び降り、一目散にロッカールームの方へと駆け込んでいく。そのあまりの勢いにリポーターたちは唖然としていたが、半分は我に返って消えた光宏を追いかけていく。残りの半分、純粋にスポーツニュースを追っている記者たちは、「えーと」とか何とか言いながら真田にマイクを向けた。向けられた本人はチームメートの行為に溜息を吐き出していたけれども。
「あらら、真田君たいへーん」
『光宏・・・あの子はもう、皆さんに迷惑をお掛けして』
「それでも、どうやらうちの子に会いに来てくれるみたいじゃない?」
『それは当然よ。もしも電話で済まそうとしたら、私が光宏の首根っこを捕まえてさんのお宅に伺うわ』
「だけどうちの旦那、結構怒ってるみたいだから大変かもしれないわよー? さっきも会社から電話があって、『土下座してくるまでうちの敷居は跨がせるな!』とか何とか言ってたもの」
『うちの人は逆に「土下座してでも誤解を解いてこい!」って怒鳴ってたわ』
「あら、じゃあすんなり行きそうじゃない」
あとはうちの子の気持ち次第なんだけど、と母はキッチンを見ながら肩を竦める。買い置きしていた玉葱一袋がすでに消えている。今鍋に放り込まれた山吹色の物体はかぼちゃだろうか。キャベツもアスパラもナスも人参もセロリも何もかもが小さな立方体になって鍋の中に落ちていく。どばどばと注がれたのはトマトピューレらしく、塩と胡椒も適当。それでも必ず美味なものに仕上げるのだから、やはり娘の腕は素晴らしい。その努力してきた理由である光宏が、あんな風に自分以外の誰かと熱愛なんて言われた日には。
「・・・・・・日生君まで切り刻まなきゃいいけど」
いつも大人しい分、本気で怒ると怖いのよねぇ。そんなことを呟きながら、家の母は未来の義息子の命運を祈った。
まぁ、誤解とはいえ可愛い娘を傷つけてくれたのだから、少しくらいの罰は当然よねぇ、なんて考えながら。





決策は那の甲斐性






(鍋三つ分になった野菜スープを目の前で食べきってくれるまで、視線すら合わさなかったそうです。)



2007年8月11日(2009年5月23日再録)