その日はたまたま仕事が早く終わり、帰ってきた父親は、リビングのテーブルの上に写真がばらまかれているのに気づいた。
「・・・・・・何だ?」
見てみれば、そこに写っているのは自分の息子ばかりで。
笑っている姿、勉強している姿、果てはサッカーをしている姿。
友達と写っているのもたくさんあるが、そのすべての写真に、息子がいる。
アルバムの整理でもしていたのか、と首をかしげたところに、リビングのドアを開けて本物の息子が入ってきた。
「あ、お帰り。父さん」
「あぁ、ただいま、光宏」
「ちょうど良かった。ちょっと手伝ってくんない?」
そう言って、息子はリビングのソファーに座って。
優に百枚はあろうかという写真を指差して、爽やかに笑った。



「この中で、俺が一番カッコよく写ってるヤツを探してほしいんだけど」



うちの息子はナルシストだっただろうか、と思わず父は考えてしまった。





正しい男女交際の仕方(高校生編)





夕飯のテーブルで、当然のように野菜を抜いて食べる息子に、父は思わず溜息をつきそうになった。
普通に育てたはずなのに、どうしてこの子は野菜が嫌いなんだろうか。
妻の料理は美味しいし、特にトラウマがあるわけではないのに、光宏は徹底して野菜を嫌う。
それでは成長期の身体に悪いぞ、と思ったとき、ちょうど妻が口を開いた。
「光宏、ちゃんと野菜も食べなさい」
「いーよ、嫌いだし」
「そう言ってずっと食べないつもりなの?」
「食べるよ。五年後には」
やけに具体的な数字が出てきて、夫婦共々首を傾げたら。



「だって俺、五年後にはと結婚するから」



ずいぶんな人生設計を、いきなり口にされて呆けるしかなかった。



日生家は、この春から家族でブラジルに移り住んできた。
仕事の関係上で国内を転々としていたが、その転勤収めに海外任務を言い渡されて。
これで落ち着けるから、と最後に引き受けたのである。
ブラジル支店の支店長を、三年間。
ちょうど高校受験に差し掛かっていた息子には、一人暮らしをして日本の高校に通うことを勧めた。
遠距離でずっと会えていない息子とその恋人をこれ以上離しておくのは気が引けるし。
両親は当然息子がその提案を受け入れると思っていたのに。
『何で? 俺、ブラジルについてくけど』
あっさりさっぱりと返してきた息子を思い返して、夫婦は思う。



ひょっとしたらこの三年間は、息子を手放すための準備期間なのかもしれない、と。



「・・・・・・・・・ちょっと待て、光宏」
父は硬直からどうにか解けたが、息子は相変わらず野菜以外の夕食をもぐもぐと食べている。
チラッと隣を見てみれば、妻は驚きつつも溜息を吐いて、半ば諦めている様子だ。
しかしやはり、ここは親として聞いておかねばならない。
「おまえ、結婚するのか?」
息子は、今年で16歳になるはずだ。ということは、21歳になるときには結婚をするということか?
「するよ。と」
「・・・・・・・・・あのな、結婚っていうのは料理を作ってもらうことだけじゃないんだぞ? 二人で協力し合って生きていくためにだな・・・」
「分かってるって。俺、ちゃんとのこと好きだし」
サラリと言う息子の教育を間違っただろうか、と父は思わず遠くを見てしまった。
息子の手紙&宅急便事情を知っている母は、もうすでに放っているようだけれども。
「だって俺が食べれるのっての料理した野菜だけだし。それにも俺がプロサッカー選手になれたら結婚してもいいって言ってくれてるし、俺は元々プロになるつもりだから丁度いいじゃん?」
「・・・・・・おまえ、プロになるのか?」
「なるよ。それで金を貯めて二年でマンションを買うんだ」
「・・・・・・・・・」
「関東圏にあるJリーグチームに入団して、練習場と駅と商店街に近い、新築じゃなくてもいいから住みやすいマンション。とりあえずは2LDKあればいいかなって思ってるんだけど」
「・・・・・・・・・」
は短大に進むっていうから、そこを卒業した後で入籍になると思う。あ、そうだ。指輪も買わなきゃ」
「・・・・・・・・・」
「子供はしばらくいいや。今まで一緒にいられなかった分、と二人でいたいし」
どこまでも人生設計を話し続ける息子の声を、父はどこか遠くに聞きながら。
「だから俺、五年後には野菜も食べるようになるから、心配しなくていいよ」
そんな話をしていたんだっけ、と思わずにはいられない。
何だが話がものすごくずれている、と父は思った。



怒涛の夕飯をどうにかやり過ごし、父はリビングでぐったりとソファーに沈んだ。
よもやまさか、今年16歳になる息子からあんな人生設計を聞かされるとは。
教育が悪かったのだろうか、と父は思わず自分の息子に対する接し方を振り返った。
いやいや、そんなに悪い態度をとったことはないはず。甘やかしたり優しくもしてきたが、その分ちゃんと叱るところは叱ってきた。
とはいえ光宏は出来た息子なので、怒ることはほとんどなかったのだが。
今も件の息子は、鼻歌を歌いながらキッチンで食器を洗っている。
「ねぇ、あなた。これなんてどうかしら?」
「ん?」
明るい声で、テーブルを挟んだ向こう側から妻が話しかけてくる。
渡されたものを手にとって見れば、それにはシュートを決めた直後なのか、ユニフォーム姿で全開の笑みを浮かべている息子の姿。
「後は勉強している姿なんかもいいわよね。いくら光宏がサッカー選手になるといっても、やっぱり学生のうちは勉強も必要だもの」
そう言って再び写真を掻き分け始めた妻を、夫は呆然としながら見詰めた。
手の中の写真と目の前の妻を見比べて、恐る恐る口を開く。
「・・・・・・その写真は、どうするんだ?」
まさか、と背中に冷たい汗を感じながら尋ねてみれば、案の定。
「もちろん、さん家のお嬢さんに送るのよ?」
「・・・・・・・・・・何故」
「光宏がね、『いつでも自分の写真を持っていて欲しい』んですって」
可愛いことを言うわねぇ、あの子。
朗らかに笑う妻を見て、今更ながらに父は思った。
光宏の性格は間違いなく妻似だ、と。



母の勧めにより写真を三枚選別した息子は、それを大切そうに封筒の中へと仕舞いこむ。
厚さから見たところ、きっと二・三枚の手紙も共に入っているのだろう。
鼻歌を歌いながら糊で封をする息子はとてもとても上機嫌で。
思わず父は尋ねてしまった。
「・・・・・・光宏・・・その、さんとやらの写真はあるのか?」
一瞬の間の後、パアアアッとリビングが輝いた。



この後日生家の父は、可愛らしい少女の写真を見せられながら、息子の惚気話を延々と聞く羽目になる。





2004年9月26日