黒い服と髪と瞳。
白い透き通る肌。
血を思わせる唇。
まるで天使のように愛らしく笑って、少女は言った。

『いい人柱になりそうね』――――――と。





Princess of the Ouroboros





一瞬で銃が向けられた。
に一番近いロイは動きを見せず、その変わりにホークアイが銃口を向ける。
ハボックも、先ほどまで笑い声をあげていたブレダやファルマンも。
いつもは穏やかな物腰をしているフュリーでさえ、今は険しい顔をして銃を構えていた。
可愛らしく笑う少女、へと向かって。

きょとんと、深い色をした瞳を丸くしながらが首を傾げる。
その拍子に黒髪が肩を流れ落ちて。
ロイは厳しい眼差しでそれを睨みながらも、やはり可愛らしいと思わずにはいられなかった。
けれどこの少女は敵。

ウロボロスの一員。

「手を挙げて」
ホークアイの声が緊張を走らせる。
今の一番すべきことは、目の前の少女をロイの傍から離すこと。
第二には捕縛か、あるいは殺害。
ゆっくりと撃鉄を起こす。
「もう一度言うわ。手を挙げなさい」
不思議そうにこちらを見ているにホークアイが再度言うが、それでも少女は動かなくて。
本当に、驚きもせずに周囲をゆっくり見回している。
ロイに視線を戻し、変わらない愛らしい微笑を浮かべた。
ガチャリとドアが開く。
赤いコートと大きな鎧が見えて、ロイは舌打ちしてい気持ちで声を張り上げた。
「来るな、鋼の!」
「え?」
いつものように東方司令部を訪れたエルリック兄弟は、今にも銃声の聞こえそうな張り詰めた雰囲気に戸惑いを隠せない。
真剣にこちらに向かって叫んでくるロイ。
その前にいる、黒いワンピースに身を包んだ少女。
不釣合いな現状にエドワードが首を傾げたそのとき、がゆっくりと振り向いた。
闇色の瞳が二人を捉える。
ローファーのつま先が、方向を変えて。

「逃げろ、鋼のっ! 彼女はウロボロスの一員だ!」

その声は聞こえていたはずなのに、何故か動けなかった。
近づいてくる愛らしさと、それを上回るかのような何かを感じて。
耳に残るような声が聞こえる。
「あなた、ひょっとして鋼の錬金術師?」
向けられる目線は、エドワードよりも少し低い。
大きな瞳がエドワードとアルフォンスをしっかりと捉えていた。
小柄な身体が、近づいてくる。
身を引きかけたエドワードの左足が機械音を立てたのと同時に、銃声が響いた。

赤い血がぶわっと視界に飛ぶ。

肘までの黒い手袋が焦げて破け、勢い良く血が跳ね上がった。
白いの腕を赤が伝って、派手に床の上へと零れ落ちる。
「―――動かないで。次は、頭を狙うわ」
ホークアイの声にもは反応を示さない。
血の溢れ出てくる右手を自分の目線に持ってきて、ただじっと見つめていた。
無表情な顔が興味深そうに自分の血を眺めて、そして。



「ぃたぁい・・・・・・」



ボロボロと流れ出した涙にそこにいた面々はぎょっとした。



黒い髪が震えて音を立てる。
間近で少女の涙を見てしまったエドワードとアルフォンスは目を見開いて固まってしまって。
慰めるべきなのか、それとも逃げるべきなのか。
判断に悩んでいる間にも、涙は大粒となって血と共に床へと零れた。
「・・・・・・いたぃ・・・・・・」
可愛らしい顔をくしゃっと歪めて泣き叫ぶ。



「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――っ!!!」



金切り声が東方司令部を襲った。
その余りの煩さに銃を捨てて耳を塞ぐ者多数。
さすがにホークアイは構えていた銃を手放しはしなかったが眉を顰め、発火布をはめていたロイは肩をびくつかせ。
うえぇぇぇぇぇと泣き出した少女は、殊更可愛かった。ぐしぐしと目元を擦る所作も、赤子のように愛らしくて。
そして少女は痛みに任せてその腕を振り上げる。



「いたぁいっ!!」



降ろされた拳は近くにあった机を直撃した。
小さな白い握り拳が、ミシミシと耳につく音を立ててゆっくりと机を二つに両断する。
乗っていた書類が散乱し、引き出し中の部品とともに床に広がった。
重い音と埃を舞い起こしながら、ぶち壊された机が崩れて。
残ったのは細くて小さな手。
それが何度も振り下ろされる。
「痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」
ドカッバキッグシャッガタンッ
叫ぶ回数に比例して拳が唸り、どんどんと周囲のものを破壊していく。
頑丈な机を一撃で、資料のぎっしり入った棚を一蹴りで。
ロイたちは顔を引きつらせて思わず引いた。
少女のあまりの暴力行為に。
可愛らしい泣き顔とは裏腹に、繰り出される激しい鉄拳に。
建物さえも素手で壊せそうな怪力をもって、は叫んだ。



「助けてっラスト姉様! グラトニー兄様!! エンヴィーお兄ちゃぁんっ!!!」



その瞬間、派手にガラスの割れる音がした。





2003年12月6日