ぽくぽく、とぽっくり下駄独特の足音を鳴らしながら、少女は走る。
二つに結ばれている金色の髪がふわふわと揺れ、紫の瞳はきらきらと前を見つめ、手の中には大事そうに紙袋を抱えて。
店の立ち並ぶ大通りを抜け、長屋の密集している住宅街へと足を踏み入れて入り組んだ道を器用に辿る。
地元の住人でさえ迷ってしまいそうな細道を抜けて、行き着いた先は至って変哲のない普通の長屋。
下駄を脱いで上がりこみ、その中に並ぶ扉の一つをこんこんこんこんこん、と叩くと中から返事が返された。
声だけで嬉しくなって、は満面の笑顔で扉を開ける。

「はろーあいむばっくほーむ、だーりん!」

そう言うなり飛びついてきた幼女を、高杉晋助はキセルを吹かしながら受け止めた。





異星人交差点【えいりあんくろすろーど】





ごろごろごろ、とまるで猫のようにじゃれ付いてくるを、高杉は放置して好きなようにさせる。
ふわふわの金髪が胸元で少しくすぐったかったが、慣れているので払い除けるまでもない。
見下ろせば見える派手な着物は、高杉の古い着流しを与えたものだ。
毒々しい華の舞っているそれはの金髪と紫眼に良く映える。
高杉は己の嗜好に満足そうに笑い、着物の肩を軽く撫でた。
「遅かったじゃねぇか。どうした?」
問えば、高杉の胸元から顔を上げ、けれど抱きついたままは笑う。
「あいでぃどぅのっとふぁいんどざぷれいすおぶあふぁーましー」
「あぁ、江戸は初めてだからな」
「ばっとかいんどぱーそんずとぅっくみーぜあ」
「へぇ、よく攫われなかったな。おまえみたいな異人は珍しいから売れるだろうに」
「びこーずぜいあーしんせんぐみ」
そこでぴたりと、高杉の手が止まった。
片手に持っているキセルから立ち昇る煙が部屋の中を静かに漂う。
隻眼の眼で見下ろされても、は笑みを浮かべたまま。
高杉が一度顔を背け、ゆっくりとキセルを味わうのを黙って待ち、再び向けられた眼差しに嬉しそうに笑う。
「どいつだった」
「ひじかたあんどおきた」
「重鎮だな。殺してきたか?」
はふるふると首を横に振る。
高杉の視線を受けて、子供の愛らしい笑顔で。
「びこーずゆーうぃるびーぼありんぐいふあいきるぜむ」
だって、私が彼らを殺したらあなたが退屈するだろうから。
子供らしかぬ言葉に高杉は緩く笑った。そしての金糸を撫でる。
上出来だ、と褒められて照れくさそうに首をすくめる様子は紛れもない子供なのに、毒々しい着物が幼女に良く似合っていた。



巻いていた包帯を解き、当てていたガーゼを剥がす。
露になった左目の様子には悲しそうに顔を歪めた。
「だーりん・・・・・・はーと?」
「別に痛かねぇよ。さっさと巻け」
「やー」
薬を塗り、新しい清潔なガーゼを張って、先ほど買ってきたばかりの包帯をくるくると巻く。
小さな手はその行為に慣れていて、微塵も手間取る様子を見せない。
鏡を取り出して差し出せば、高杉は気のない様子でそれを受け取り一瞥する。
ぽいっと放られた鏡を受け取って、は机の上に戻した。
「桂のところに行ってくる」
立ち上がった高杉が着物を脱いだので、新しい着物を籠から取り出し彼に差し出す。
火皿の灰を落としたキセルと幾ばくかの銭、そして笠。
刀を腰に差した高杉にそれらを渡し、長屋の玄関口まで見送りに出る。
草履をつっかける様子を板張りの廊下の上で見つめながら。
「・・・・・・ぷりーずびーけあふる、だーりん・・・」
ぽつん、と零された小さな声に高杉は笠の下から視線を寄越し、を見やる。
そして手を伸ばし乱暴にその金糸をかき混ぜた。
大きくて力強い手には嬉しそうに紫の目を細めて笑う。
「夕飯作っとけ」
それだけ言い残して出て行く高杉の後ろ姿を見送りながら。



「いってらっしゃい、ませ、だーりん」



振り返らないで上げられた右手に、花の様に笑った。





2004年9月23日