どうしよう。本当に、どうしたらいいのかしら。
こんなに胸が高鳴るだなんて、真選組にいたときじゃ考えられないわ。
あそこも違った意味合いでなら心拍数の早くなる場所だったのだけれども。
あぁ、本当にどうしましょう。



目の前にいる、桂小太郎さん。



素敵すぎて、頬が紅くなってしまいそう。





一度きりの人生だ好き勝手やって生き抜きやがれ





。22歳女子か・・・・・・」
提出した履歴書を眺めて、桂さんが仰られる。
その唇から名前を呼ばれるだけで、自然と心が温かくなるわ。
これってきっと素敵なことね。間違いなく、私が桂さんを好きだということ。
艶を放つなめらかな黒髪も、宵を思い出させるような色の瞳も、その形のいい鼻も眉も唇も。
ぜんぶぜんぶが素敵すぎるわ。あぁ、本当にどうしたらいいのかしら。
「しかしこれだけ若くて美しいなら、未来は間違いなく明るいだろう。それなのに何故、攘夷党に入ろうとする?」
桂さんは、私を見てそう仰った。
若くて、美しい。私の耳がおかしくなっていなければ、今そう仰られたはずよね?
美しいだなんて、そんなことを桂さんに言って頂けるだなんて!
嬉しい。沖田君に言われたよりも、ずっとずっと嬉しいわ。
桂さんに言われるんだったらセクハラも許せると思うの。土方さんじゃあ、許せないのだけれども。
あぁ、それより質問にお答えしなくちゃ。桂さんが待っているわ。
「私、十年前に天人によって両親を殺されたんです」
懐かしい過去を話したら、桂さんは何故か痛ましいものを見るように眉を顰めてしまわれた。
あぁでもそんなお顔もとても素敵。
「両親を失った私は、廃れさせるわけにはいかなかったので家業を継ぎ、十五の年にあった乱に参加いたしました」
「七年前というと・・・・・・島原の乱か」
「はい。どうしても天人を受け入れることが出来なくて、そのために攘夷派に籍を置きました」
「・・・・・・あの頃は、刀を持っているすべての侍が国のために戦っていた」
「私は、クナイでしたけれども」
「忍びか」
「はい」
どうしてかしら。桂さんとお話をすると、理由もなく笑顔が浮かんでしまうの。
それも猫被り用じゃなくて、素の笑顔だわ。お仕事じゃなくて私生活の。
ふふふ。こんな気持ち久しぶり。
「廃刀令が下されてからは何をしていた?」
桂さん、あぁ本当に素敵なお方。
だから正直に答えちゃう。

「武装警察・真選組で、くのいちとして働いておりました」

あらあら、私ったら本当に素直な子。



首元に突きつけられる刀の切っ先。
今にもそれを滑らしそうな桂さんは、何だかとても怒っているような、悲しそうな、張り詰めた顔をしていらっしゃって。
そんな顔も素敵。土方さんとはまた違った迫力があって魅力的だわ。
でも周囲にいる攘夷党のみなさんは、残念だけど好みじゃないの。だから刀を向けられるのは少し不本意。
私が好きなのは、桂さんだけ。浮気をするつもりはないわ。
「まさか、こうも容易に自白するとは・・・・・・」
あら、あらあら。桂さん、それは違うの。
「いえ、私はつい先ほど真選組を脱退してまいりましたので、今はフリーターの身です」
「そんなことを信じると思うか?」
「信じて頂きたいなぁ、とは思うのですけれど」
でもそれって無理なのかしら。踏み絵の代わりに隊服踏みとか、やってもよいのだけれども。
「私、攘夷党へスパイをしに来たわけじゃありません。その証拠に、真選組の情報を流すことも厭いませんよ?」
近藤局長はお妙さんに夢中すぎてストーカーをされているとか。
土方さんは瞳孔が開きすぎて子供には脅えられて、それでちょっと悲しんでいらっしゃるとか。
沖田君はどこでも寝ていて迷子届けを出されているから、保育所にいれば捕まえられるとか。
そんなことでよければ、知っている限り何だってお教えするのに。
「・・・・・・真選組は特殊警察とはいえ、幕府の指示通りにしか動かない。そんな奴らが機密情報など握っているわけがあるまい」
「あら、さすが桂さん。そうなんです、真選組は上の指示でしか動けないから、自分で考える必要はないんですよね。だからこそ秘密もなくて」
「だが、我々には秘密がある」
「じゃあその秘密、私には話さないで下さい。お仕事だけ与えて下さればいいですから」
そう言ったら、桂さんは何だかとても難しいお顔をされてしまって。
そんな顔も素敵、って口に出したら怒られるかしら? だって本当のことなのに。
真選組だと、沖田君は喜ぶのよね。土方さんは短気だから抜刀するのだけれど。
あの人、ちゃんと牛を摂ってるかしら。あぁ今更ながらに心配になってきたわ。
土方さん、ナイスバディのくせに女性には弱かったりするんだもの。あぁ、心配。
「・・・・・・貴様」
まだ喉元にある桂さんの刀が、心なしか緩んだ気がして。
「何故、そこまでして攘夷に拘る」
・・・・・・・・・・あら、あらあらあら。
私ったら、また言い忘れていたのかしら。これじゃあ真選組のときと同じだわ。
「ごめんなさい。こちらを先に言うべきだったみたい」
眉を寄せた桂さんに、ちゃんと。



「私、桂さんのことをお慕いしているんです。だから、お傍に置いて頂けませんか?」





人通りの多い街中を、ぶつからないようにして歩く。
手の中の鞄が心なしかさっきよりも重く感じるわ。下駄の鼻緒も何だか痛い。
ううん、それよりも痛いのはきっと心ね。しくしくと泣いている私の心。
酷いわ、桂さん。私はただ、桂さんの傍にいられて、桂さんのために働いて、それで桂さんに褒めてもらいたかっただけなのに。
それなのに、放り出されるだなんて。
『怪しすぎるからお断りだ』なんて、酷すぎるわ!
桂さんのお傍にいたいがために、真選組も辞めたのに。隊服だって、あの沖田君にあげちゃったのに。
あぁ本当、人生って上手くいかないものなのね。
「綺麗なお嬢ちゃん、浮かない顔してどうしたんだい?」
露天の女将さんが、お店越しに話しかけてくる。
私、そんなに悲しそうな顔をしているのかしら。
「失恋してしまったの。私じゃあの人の役に立てないみたい」
「あんたみたいな美人を振るだなんて、そりゃ信じられない男だねぇ! ほら、このクッキーでも食べて元気だしな」
「ありがとう、女将さん」
差し出されたクッキーは緑色で、抹茶のほのかな香りが鼻をくすぐる。
周りはお砂糖で飾られていて、口に入れるとあっさりとした甘さが広がって。
「あら、おいしい」
「そうだろう? ほら、こっちもお食べ」
素直に呟いたら女将さんは恰幅良く笑って、今度は胡麻クッキーを差し出してくれる。
あら、あらあらあら。このクッキーも美味しいわ。甘すぎなくて、何枚でも食べれそう。
ダイエットは乙女の夢だけれど、甘いものは乙女の源。遠慮なく紅茶のクッキーも頂いちゃった。
うん、何だか少し元気が出てきたわ。甘いものってとてもいい。
「女将さん、このクッキーを全種類と、そこのケーキもホールでもらえる?」
「あいよっ! 自棄食いかい? うちの菓子は糖分控えめだから、ダイエットなんか気にしないで食べなよ」
「そうなの? ふふ、良かった」
てきぱきと女将さんがクッキーとケーキを包んでくれる。
そうよね、失恋したからっていつまでもくよくよしていられないわ。もっと違う未来に向かっていかなきゃ。
「頑張りな! これはおまけだよ」
「ありがとう、女将さん」
マドレーヌまでおまけしてもらっちゃったわ。うん、私、これからも頑張らなきゃ。
真選組も辞めちゃったし、桂さんには断られちゃったけど、まだまだ方法はたくさんあるもの。
行く当てのないフリーターの身だからこそ、何でも自由に出来るんだから。
そう考えて、私は確かな足取りで一歩踏み出した。
両手一杯のお菓子たちが、甘い甘い空気を漂わす。
・・・・・・・・・買いすぎちゃったかしら。ちょっとだけ、重いわ。



ピンポーン
目の前のインターホンを押して、建物の中に鳴り響くのを待つ。
どきどきしないのは残念だけど、でもそれも仕方がないと思うの。
だって私の心は桂さんにしか反応してくれないみたいだから。
恋する女の子って本当に不思議ね。甘いもので出来ていて、それでいてリアリストな面も持ってるの。
だけどそれでこその女の子だと思わない?
「ごめんくださーい」
人の出てくる気配がないので声を張り上げたら、何だか大きな影が引き戸の向こう側に見えて。
ガララ、と音を立てて扉が開いた。
現れたのは、おおきな犬。
・・・・・・・・・・犬?
良く判らないけれど、まぁいいとして。
両手の菓子が重いなぁ、なんて考えながら、私は聞いてみた。



「すみません、坂田銀時さんっていらっしゃいますか?」



桂さんの傍にいられる方法なんて、本当はもっとたくさんあるのよね。
一番良いと思った手段は、ついさっき駄目だしされてしまったから、今度は少しだけ趣向を変えなきゃ。
ちょっとだけ傍迷惑になってしまうかもしれないけれど、これもすべて私の入党を断った桂さんが悪いんだもの。
立ち上がって食いついてこようとした犬を避けて、私は手に持っていた酢昆布を遠く放った。
追いかけていく犬が見えなくなると、建物は一気に静まり返る。
あぁ、両手に抱えている荷物が重いわ。だから、とりあえず。
「お邪魔しまーす」
勝手に『万事屋銀ちゃん』の中へ入った。
冷蔵庫はどこかしら? ケーキを仕舞っておかなくちゃ。





2004年7月11日