むかーしむかし、『侍の国』と呼ばれた国がありました。
そこは刀を握ってまっすぐ前を向く。そんなカッコイイ侍さんたちで溢れている国でした。
しかし宇宙で元気に活動しているエイリアンこと天人さんは、そんな国がとても気になっていました。
仲良くなりたいなぁ、お話がしてみたいなぁなんて、まるでクラスメイトの女の子に恋する少年のように思っていました。
だけど侍さんの国は鎖国なんてしてるから、どうすればいいのか判らなくって。
そして結局は大砲を一発ぶちこんで、強制的にお知り合うことにしたのです。
でもそれって、侍さんたちにとっては迷惑この上ないですよねぇ。
天人さんはとてもとても強引で、侍さんたちも最初は抵抗していたのですが、今は諦めて言いなりになっています。
一部では、今でもイヤイヤしているみたいですけれど。
でも反抗されればされるほど燃えるっていうのは、男の基本ですからねぇ。
まぁとにかく、そういうわけで。



「近藤局長。私、真選組を辞めさせて頂きますね」



あぁ、今日も空では異郷の船が飛び交っているわ。





一度きりの人生だ好き勝手やって生き抜きやがれ





私の名前は。真選組に所属している忍者です。女の子だからくのいちかしら。
年はピッチピチの22歳。若いだけじゃなくてそろそろ落ち着いた華やかさも手に入れ始めるお年頃。
だから今が勝負時なの。旬なのよ、私。今が旬なの。お解かりかしら?
「や、ややややややや辞めるぅ!?」
あら近藤局長、まだそんな話をしていらっしゃっるの?
辞表だって提出したじゃありませんか。とは言ってもたった今だけれど。
そう思ってみてみたら、局長の隣にいる土方さんがビリビリと私の辞表を破っていらっしゃって。
あら、ひどいわ。その紙、文具屋さんで一番高いのを買ったのよ? 今までお世話になったからせめてもの御礼にと思って。
それを破いちゃうだなんて、土方さんったらひどすぎる。だからきっと瞳孔も開いているのね。
「待ってくれェ、! 一体俺たちのどこが不満なんだ!?」
「あらそんな。不満なんてちょこっとしかありませんよ?」
「でも結局あるんですねィ」
「それはまぁ、私だって聖人君子じゃありませんもの」
男の人ばっかりの職場だし、くのいちは私だけだからお仕事はたくさん回ってくるし。それなのにお給料は上がらないし。
公務員ってやっぱり考えものね。それとも住み込みだから悪かったのかしら?
あぁ、こんなことなら頑張って試験勉強でもしてお役所勤めにするんだったわ。
「・・・・・・・・・
「何で御座いましょう、土方さん?」
瞳孔を閉めたいのですか? そのお手伝いはちょっと無理ですわ。
この人はネコ科ね。とてもとても肉食獣だわ。でも煙草の吸いすぎは肺に悪いから止めたほうが良いと思うの。
それとカルシウムももっと摂った方がいいんじゃないかしら? だって土方さんったら、二言目には「斬る」ですし。
せっかくのナイスバディがそれじゃあ台無し。
「てめぇ、辞められると思ってんのか?」
「あら、土方さんったら。入隊のときに実技だけじゃなくて学科試験もあったでしょう? 人権は公務員にも保障されているんですのよ」
「真選組は特殊部隊だ。フツーの幕臣と同じわけねぇだろ」
「あらあら、何を仰るネコ科さん。職業選択の自由は天人さんが憲法第二十二条で保障してくださっているじゃありませんの」
「だからそれは一般人の場合だって言ってんだろうが」
「私は身も心も一般人ですけれど、それが何か?」
こんなに可愛らしい女の子を捕まえて、異人だとでも仰るのかしら? そうしたら裁判沙汰ね。セクハラで訴えなくちゃ。
土方さんにセクハラですって。あらあら、それじゃ真選組の名誉が台無し。土方さん、お言葉にはお気をつけあそばせ。
私だからこそ、こんなに寛容に収められているんですから。
「でもさん。何だって急に辞めるなんて言い出したんですかィ? 土方さんがセクハラでもしやがりました?」
沖田君は今日も爽やか。瞳孔も開いていないし、キラキラとしたオーラがとてもお素敵。
「あら、沖田君。土方さんのセクハラはいつものことでしょう?」
「そうですねィ。土方さんは存在自体がセクハラでさァ」
「おいてめぇら、そこになおれ。この俺が介錯してやらぁ」
「うふふ、土方さんったらカルシウム」
「牛乳でも飲みやすか? ほら、こんなところに牛が」
「やだわ、沖田君もセクハラ」
私を指差しながら牛だなんて、これだから男性職場はセクハラの嵐。
そんなところで今まで頑張ってきた私に少しくらいは目こぼしして頂けないかしら。
お役目は十分果たしたと思うし、貯金もたくさん積もりに積もって、今は一軒家も即金で買えちゃうのよ?
だからこれからはそれを私自身のために使いたいの。
人生はたった一度きり。だとしたら欲望に忠実に生きてみたっていいでしょう?
そんなことを考えていたら、いつのまにか土方さんが刀を持って立っていらっしゃった。
瞳孔は相変わらず開き気味。ネコ科なのも変わらないのね。イヌ科のあなたにもお会いしてみたいのだけれど。
「―――
低い声はとても好きよ。山崎君とかを怒ったりするときの声も掠れていて色っぽい。ずっと聞いていたくなっちゃうわ。
だけどごめんなさい、土方さん。短気なところは嫌いなの。
「どうしても真選組を辞めるってなら、俺を倒してから行きやがれ」
あぁもう短気は嫌いっていったばっかりなのに。カルシウムよ、カルシウム。
仕方ないから牛の代わりをして差し上げましょうか、土方さん?



「勝負は一本勝負。相手を気絶させた方、それか『参った』と言わせた方が勝ちだ」
屯所の道場で、土方さんが仰られる。
この場所に入るのも今日で最後かと思うと名残惜しいわ。だって、たくさん修行した思い出があるもの。
それこそ血と汗と涙。すべてのエッセンスが蔓延した場所だったわ。
「あああぁぁぁぁぁぁあ!」
さん、行かないで下さい! 俺たちを捨てないで!」
さんがいなかったらこの先、俺たちはどうやって副長から逃れればいいんすかぁ!?」
「沖田さんをどうやって起こせばいいんですかぁ!?」
「局長のストーカーを誰がどうやって止めるんすかぁ!?」
「〜〜〜〜〜〜うるせぇぞ、てめぇら!」
「「「さぁぁぁぁぁぁん!」」」
隊士のみんな、頑張ってね。そうとしか言えないわ。
今まで頑張ってきた私は、これからは私がやりたいことのためだけに生きることにするの。
そのためには真選組を出なくてはいけないの。だって今が旬なんだもの、私。
これから迎える全盛期で幸せを掴み取らなくちゃ。
「俺が勝ったら、てめぇは真選組に残る。てめぇが勝ったら好きにしろ」
好きに? 好きに。好きにしてもいいの?
あらあら、なんて心惹かれる素敵なお誘い。そうね、それじゃあ沖田君を頂こうかしら。
爽やかな美青年。実はとてもとても好みなの。だから、土方さん。頂けるなら頂きたいわ。
土方さんは腰に下げている刀を抜いて、鞘はぽいっと放り投げる。
だから私も隊服の内側からクナイを一本取り出した。小さいけれど使い慣れているくのいちの武器。
甘く見ないでね、土方さん。だって私、強いんだから。
「始め!」
近藤局長の声が響く。



向けられる刀は真剣。本当に斬れるという意味で真剣。本気という意味で真剣。
それを私はひらひらと避ける。男の人と同じ隊服ってとても便利。着物ってとても動きづらいもの。
だから真選組は気に入っていたの。今でも大好きなの。本当よ?
! 本気で来い!」
ネコ科な土方さん。瞳孔は開いてるけど、でもとても好き。
低い声とナイスバディなところが堪らなくて、でも短気なところは正直嫌い。
だけどね、総合的に言えばとってもとっても好きなのよ?
さん、頑張ってくだせえ」
美青年な沖田君。爽やかできらきらしていて、とても好き。
腹黒いところは正直嫌いだけど、でも格好良いところはとても好きなの。
寝るのが大好きで仕事もさぼりがちだけど、でもとってもとっても好きなのよ?
・・・いやいやトシ・・・・・・っ! あぁぁ俺はどっちを応援すべきなんだぁぁぁ!!」
「副長、頑張って下さいー!」
さんを行かせないで下さいー!」
「どうか思い止まって下さい、さーん!」
近藤局長も、ミントンの山崎君も、他の隊士たちのみんなもとってもとっても大好き。
だけどね、だからこそ。



輝いているみんなを見ていたから、私も自分の夢を叶えたいって思ったのよ。



クナイを逆手に握り替えて、私は一歩踏み出した。
刀なら土方さんには負けちゃうけれど、速さなら忍びの方が上。基本中の基本。いろはのい。
急に懐に飛び込んできた私に、土方さんは息を呑む。
私はそんなあなたに最高の笑顔を浮かべて見せて。
クナイが鈍い音を立てて、刀を弾き飛ばした。
これにて御仕舞い。



「今までお世話になりました」
頭を下げて挨拶をすると、近藤局長は泣きだしてしまった。
声を上げる男泣きはとても男らしいわ。この局長の魅力に早くお妙さんが気づいてくれると良いのだけれど。
「いつでも帰って来い! 真選組はおまえの家だ!」
「ありがとうございます。どうか局長もお元気で」
・・・・・・っ!」
私の手の中には鞄が一つ。隊服も脱いで着物に着替えて。あら本当に動きにくくて大変なのね。
いつもは結んでいた髪も今は下ろして簪をさしている。こういう格好も何だか久しぶりだわ。
これからは旬なんだから、いつでもこういう格好をしていなくっちゃ。
「落ち着いたら手紙くだせえ。待ってやすから」
「うん。沖田君も元気で。隊服の処分もよろしくね」
「もちろんでさァ」
笑う沖田君はとても素敵。だけど腹黒いから隊服を何に使うのかは聞かない方が良さそうみたい。
私としては如何わしいお店に売ろうかとも思ったのだけれど、それはみんなに止められてしまったから。
山崎君や他のみんなも泣きながら見送ってくれている。あぁもうみんな、本当に元気でね。
局長や土方さんや沖田君には負けないでね。離れていてもずっと応援しているわ。
「・・・・・・さっさと行きやがれ、大馬鹿野郎」
土方さん、カルシウムカルシウム。
もう一度深く頭を下げてから、私は歩き出した。
後ろから聞こえてくる声は名残惜しいけれど、でも私も夢に向かって進まないといけないもの。
今が旬。これからが盛りだから。
さーん」
沖田君の呼びかけに、くるうりと振り向いてみた。
「聞き忘れてたんですけど、何で真選組を辞めるんですかィ?」
あら。あらあらあらあら。私ったら言い忘れていたのかしら。
それはまた、とんでもない粗相をしたまま去ってしまうところだったのね。良かったわ、ちゃんと言えて。
少し距離のある向こう、真選組のみんなに向かって私は声を張り上げる。



「嫁ぎたい方が出来たの! だから辞めるの!」



またね、と手を振ってから歩き出した。
何だか悲鳴みたいな声が聞こえたけれど、空耳だったと思うわ。





胸がとてもどきどきしてる。あぁ恋する女の子ってきっとこういう感じなんだわ。地に足がついていなくてふわふわしてる。
震えそうになる指先を叱咤して、小さなボタンをそっと押す。
ピンポーン、という機械の音が建物に響いて。



「ごめんくださーい。桂さん、いらっしゃいますか?」



自分のための人生を、一歩踏み出してみる私。
扉の向こうに現れた気配に、とてもとても幸せになるわ。
あぁ、真選組を辞めて良かった。





2004年7月4日