真っ青な顔
「・・・・・・・・・・・お願い・・・」
頬にある殴られた痕
「・・・私、を・・・・・・」
視点の合わない空ろな目
「・・・・・・もう、いや・・・・・・」
切り裂かれた制服
「こんな・・・っ・・・嫌、もうやだ・・・帰りたい・・・・・・っ」
零れる涙
「・・・・・・・・・もう嫌、お願い、・・・・・・を」
――――――――――――何で



「私を、殺して」





何でその一言だけ、迷いない瞳で言うの





だらしのない服
「やめっ・・・・・・! 俺は、何も・・・っ!!」
組み敷かれた、すでに命を落とした少女
「何もしてないっ! だから・・・・・・!」
反り返った少年自身
「・・・・・・・・・やめろよ・・・なぁ・・・?」
苦しみだけに満ちた顔の少女
「・・・ぅなったらテメェも・・・!」
獣のように歯を剥き出した少年
「テメェもやってやるッ!!」
――――――――――――その罪



「死をもって償え」





脳天に刀を突き立てるの、迷いもしなかった





何が悪いかなんて、私が決めるわ





Bloody Marionette





両手に持っている銃。
それがこの三日でものすごく慣れ親しんでしまっていることに、自身で気づいて苦笑する。
クスクスと、思わず声が漏れてしまって。
その場にいた少年たちは、一人を除いて顔を歪めた。
「・・・・・・・・・何、笑ってんの」
少女へ銃を突きつけている椎名の呟きにも、少女は笑ったまま。
それはまるで、友人の笑い話を聞いているようで。
教室で、自分の席に座って、お菓子でもつまみながら。
好きな人の話、嫌いな先生の話、週末の遊びの予定。
楽しそうに話を交わす姿。
「ふふ・・・あのね、違うの。あなたが可笑しいんじゃないから気にしないで?」
「・・・・・・・・・・」
「三日前まで普通の女子中学生をしてたのに、何で今はこんなに銃が手に馴染むんだろうって思って」
「・・・・・・そんなの、おまえがそれだけ多くの奴を殺ったからだろ」
「うん、多分そうなんだろうね」
そう言ってまた、少女は笑った。
椎名はその様子に嫌悪感を顕にして、リボルバーを握る手に力を込める。
・・・・・・・・・どうして、笑っていられる?
衣服はすべて血に濡れて。
傍らには自分を好きだと言った男の死体があって。
数歩先には自分を殺そうとした男の死体があって。
両の手は、今にも二人の人間を殺そうとしていて。
それなのに、何故。



「一つ、聞いておきたいことがある」
不破の声に、少女は笑顔のまま顔を上げた。
「おまえ、は鳴海貴志と若菜結人を殺した。その理由は奴らが上条と小島に強姦未遂・強姦を働いたからだな?」
口元が大きくつりあがって。
赤い唇が、言葉を紡ぐ。
「そうだよ。女の子をいじめてたんだもん。当然でしょ?」
「当然かどうか、それは誰が決めた?」
「私。ぜんぶぜんぶ、私が決めたの」
目を細めて、首を傾げて。
柔らかく優しく、まるで聖母のように微笑んで。





「私が決めないで、誰が決めるの?」





「・・・・・・・・・・おまえが一番最初に殺したのは鳴海貴志か」
「さぁ? わかんない」
「判らない?」
「だって、名前なんか知らないし。大きくて髪の長い男だったよ」
「それが鳴海貴志だ」
「ふーん、名前なんかあったんだね」
「・・・・・・・・・・鳴海貴志の体を切り刻んだのも、おまえか」
「うん。私の支給武器が日本刀だったから、それで切ったの。やっぱりちょっと大変だった」
「・・・・・・・・・・上条は」
「上条麻衣子さんはね、その男に襲われててね、あいつ銃を上条さんに押し付けて『大人しくしてろ』って言って服を破いていったんだよ。上条さん、泣いてた。あいつ、楽しそうだった」
「・・・・・・・・・・・・」
「後ろからね、刀を刺したの。肉って硬いんだね。知らなかった。だけど体重を全部かけるようにしたら簡単に向こう側までいったよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「そのあと上条さんが『殺して』って言うから殺して、あいつはバラバラにしたの。本当は別の場所に捨てたかったんだけど、重くて無理で」
「・・・・・・・・・・・・」
「バラバラにして、窓から捨てようと思ったら、窓が開かないようになってるんだって初めて知って。だからカーテンで包んで上条さんから見えないところに置いたの」
「・・・・・・・・・・・・」
「上条さん、綺麗だった。可愛かった。強かったし、弱かった」
「・・・・・・・・・・・・」
「あいつ、汚かった。気持ち悪かった。乱暴だったし、卑怯だった」
「・・・・・・・・・・・・」
「許せないって、私の中の私が言ったの」
「・・・・・・・・・・・・」
「だから、殺したんだけど。それって悪いことなの?」



「・・・・・・・・・・結人、は?」
「だぁれ?それ」
「保健室の、・・・・・・・・・・保健室に、いた」
「あいつ、ユウトっていうの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「保健室でね、変な音が聞こえるから行ってみたの。そうしたらね、ベッドの上で誰かが動いていて」
「・・・・・・・・・・・・」
「服とかめちゃくちゃで、なんかね、動物みたいで。ハァハァって息ばっかり響くの」
「・・・・・・・・・・・・」
「揺すられていた小島さん、もう生きてなかった」
「・・・・・・・・・・・・」
「それなのにね、あいつ、小島さんに意地悪ばっかりしてるの。だからね、足を刺した」
「・・・・・・・・・・・・」
「そうしたらやっぱり動物みたいな声を上げてね。慌てて逃げるの。そのときにベッドから落ちたりしたんだよ。バカだよねぇ」
「・・・・・・・・・・・・」
「『俺じゃない』って何度も言うの。でもね、最後には私に向かってきたんだよ? 『おまえもやってやる』って言って」
「・・・・・・・・・・・・ぃ」
「だからね、思いっきり刀を振り下ろしたの。血がどぱぁって出て、制服が汚れちゃった」
「・・・・・・・・・・・・ぅいい」
「小島さん、泣いてた。苦しそうだった。痛そうだったし、悔しそうだった」
「・・・・・・・・・・・・もういい」
「あいつ、愚かだった。おかしかった。汚らわしかったし、醜悪だった」
「・・・・・・・・・・・・もういいって言ってるだろ!」
「殺してしまえって、私の中の私が言ったの」
「・・・・・・・・・・・・ゃめてくれ・・・・・・っ」
「だから、殺したんだけど。それっていけないことなの?」



誰もが口を噤んだ。
郭が泣いていた。
椎名がどうしようもなく顔をぐちゃぐちゃにしていた。
不破が、視線を床へと落としていた。
笠井は少女を見ていた。
少女は口元だけでいつもどおり笑って。
だから笠井も笑った。
いつも、教室で目が合ったときにするみたいに。



「そんなとき、笠井君と会った」
「若菜だっけ? そいつの声が聞こえて、保健室に行ってみたらさんがいたんだ」
「うん。えっと、首切ってたとき?」
「ううん、耳だよ。大変そうだったから手伝ったんだよね」
「うん。ありがとね、笠井君」
「どういたしまして」
「指とかいっぱいあるから一人じゃ大変だったし。笠井君がいてくれて良かったぁ」
「俺も、さんの役に立てて良かったよ」
「優しいよね、笠井君って。前も日直でノート運んでたときに手伝ってくれたし」
「フラフラしてて見てて心配だったから」
「ヒドイなぁ。転ぶほどドジじゃないよ?」
「判ってる。誠二がいたら誠二が手伝っただろうけど、あの時はいなかったし」
「いつもありがとね、笠井君」
「どういたしまして、さん」



何気ないクラスメイト同士の会話。
それに何ら、不自然な点はなかった。
ノート運びと死体処理を同列に話している他に。
何も不自然な点はなかった。



「・・・狂ってる・・・・・・・・・っ」
「――――――誰が?」
呟きにも二人は笑った。
「誰がどう、狂ってるっていうの?」





殺戮を推奨されるゲーム
殺した分だけ褒める大人たち
弱いものを力で押さえつける行為
死してなお陵辱を繰り返す悪意
躊躇することなく犯した殺人
手伝うことを決めた想い
両手にある大きな銃



何がどう狂ってると言うの



決めるのは、全部自分自身





だったらそれに従うしかないんじゃない?





「・・・・・・・・・というわけで、ごめんね?」
少女は引き金を引いた。



ドンドンッ
パラララララララララララ
―――――――――――ドォンッ



最初に二発で崩れ落ちた郭へ、少女は一瞥もくれずに左手も不破へと向けた。
そしてマシンガンを食らって腹に穴を開けた不破に、もう一発。
「――――――――――――っ!」
最後の最後で不破の指がトリガーを引いて。
笠井の肩が弾けとんだ。
そしてさらに引き金を。



床を蹴って血の溢れる腹を思い切り踏みつけた。
学校指定のローファーが、胃の中に埋まって。
断末魔を聞きながら、少女は笑う。
「バイバイ」
不破の優秀な脳みそが飛び散った。
・・・・・・・・・文字通りに。



「笠井君、平気?」
「・・・・・・・・・うん、大丈夫」
「そう、良かったぁ」
少女と同じように制服を赤黒く染めて。
けれど笠井は笑った。
左肩はもうあがらない。
ディフェンダーから転向しないといけないかな、なんて考えて。
右手の銃は手放さずに。
椎名へと向けたまま。
「ちょっと待っててね?」
マシンガンを抱えなおして、少女は先ほど仕留めた郭へと近づく。
いまだ小さく痙攣している死体に一撃を。
そして笑う。





そんな少女を弾丸が貫いた。





反射的に振り向いてマシンガンのトリガーを引く。
乱射されたそれはきつくリボルバーを握り締めていた椎名を直撃して。
そしてその隣。
笠井の左腕までをも引き千切った。



少女の脇腹から溢れる血が、足を伝って床へと落ちていく。
白い肌、赤く。
それを見た瞬間、目の前が真っ白に染まって。
椎名の心臓に、穴を開けた。
S&Wの銃弾がなくなってもなお
笠井は椎名を殺し続けた。



ドサッと膝をつく音に笠井はハッと顔を上げた。
教室の中央、力なく座り込んだ少女。
その下へと溜まっていく赤い血溜まり。
金属音を立てて、マシンガンが転がった。



さん!」
駆け寄ろうとして、笠井はバランスを崩した。
床に手をついてようやく気づく。
左腕が、ないことに。
それでもどうにか身を起こして。
右手の銃、もう必要ない。
指を離した。



「・・・・・・笠井君。ごめんね、腕、巻き込んじゃった」
少女は、右手で脇腹を押さえながら笑う。
「いいよ、そんなの。それより俺もごめん。あいつをすぐに殺っておけばさんが撃たれることはなかったのに」
少年は、右手を少女へと伸ばして謝る。
「大丈夫。弾は貫通してるみたいだし」
掌の隙間から、赤い液体が溢れる。
「俺も左肩はもうダメだったから気にしないで?」
二の腕の真ん中から、白い塊が見える。
「うん、ありがとう」
少女は笑って。
「俺こそ、ありがとう」
笠井も、笑った。





二人の血が床で混ざる。





ねぇ誠二。誠二がさんのことを好きなことなんて、っと前から判ってたよ。たぶんきっと、誠二が自分の気持ちに気づくその前から。中学に入てから、寮で、クラスで、四六時中一緒だったんだから。気づかないと思ってるんなら大したものだね。だから、誠二に言われたきは正直『やっと』言ったかって感じだったし。もちろん、笑って言ったよな? 『頑張れよ』って。それ、本当に心からの気持ちだったんだよ? 嘘じゃない。嘘じゃないんだ。嘘じゃないよ? 



小さく聞こえた声
空耳かと思った
無視するべきだと思った
このゲームで叫び声が聞こえたのなら、それはっと誰かが死んだ証
そこに近づくのは危険
乗ってる奴に出会う可能性が高いから
近づくのは危険



そう判っているのに近づいたのは、きっと何かに導かれて



ひたすら押さえつけてきた想いが、ここへ来て頭をもたげて



この、異常な状況で





扉を開けて君を見つけたとき偶然は必然に変わった





どうしてここにさんがいるんだろう。いやそれは確かにこのゲームに参加させられているからいても変じゃないんだけど。その手に持ってるのは何なんだろう。人のに見えるのは気のせいなのかな。あの顔、どこかで見たことあるような気がする。・・・・・・・・・あ、そうだ。誠二と同じU−14のメンバーだ。若菜、だっけ 確かそんな名前だったはず。そいつの頭が何でさんの膝の上にあるんだろう。何でその頭はボールたいに丸いんだろう。胴体どこに行ったんだろう。・・・・・・・・・あ、あれか。うわぁスゴイ血溜まりが出来てるし、あの白いのって骨? これはたぶん死んでるんだろうなぁ。ってことはさんが殺したってことなのかなぁ。武器はあの日本刀かな。銀色と黒の刀身が意外とさんに似合ってる。うん、下手なサバイバルナイフよりも日本刀のほうがさんにお似合い。その刀で若菜の首を切ったのかな。あの胴体に空いている穴、あれも刀で刺したのかな。痛かっただろうね、若菜。まぁでもいいや。でもさ、さん、とりあえず。カッターで耳を削ぐのは無理だと思うよ? その目は指で抉り出したの? 指が真っ赤。赤すぎてどこが指だかも判らないよ。その舌はハサミで切ったの? スゴイ、さんやるね。こんな行動力あるとは思わなかった。正直驚いたよ。でも首を傾げる表情も。俺を見る瞳も。濃緑の制服も。学校指定の靴下も。こげ茶色のローファーも。全部全部よく知ってるもの。俺の、知っている。知っている





さん





手伝う・手伝わない
手伝う・手伝わない
手伝う・手伝わない
手伝う・手伝わない




殺す・殺さない
殺す・殺さない
殺す・殺さない
殺す・殺さない






溢れる気持ちが心臓から脳まで伝わって俺を乱す
体中の血が黒になっても変じゃない
閉じていた扉
抑えていた蓋
もう戻らない
もう戻せない
俺の心は開かれた





「―――――――手伝おうか? さん」





誰に否定されたって構わない
俺のべては俺だけのもの



何度生まれ変わっても
何度このゲームに参加させられても
何度殺されそうになっても
何度殺しそうになっても
たとえそうだとしても俺は何度でもこの選択肢を選ぶだろう
俺のプライドを賭けた決意
否定したければすればいい



この想いはもう俺にも止められない





「ごめんね、さん」
唯一の右手で笠井は少女を抱寄せた。
この胸に、温かさを感じさせて。
最後に強く、抱きしめた。





「               」





少女の落とした銃で
血の足りない白い指引き金を引いて
さぁ行こう



「殺された人は天国に行けるんだって、知ってた?」



君を誠二の元へは逝かせない





見開いた目が濁っていくのが判る。
最後に映っていたのが俺で良かった。
それさえも、喜び。
力の抜けていく体を抱きしめた。
左腕がないから、少し辛かったけれど。
血に濡れた体、まだ温かくて。
消え行く命を感じられたんだ。





だからそのナイフが俺を貫いても気にないよ?
それが君の願いなら





誠二は地獄で待ってるって言うけれど、殺し殺され俺と君は天国に。
今度こそ一緒にいよう。
もう誰にも渡さない。





「・・・・・・・・・だぃ・・・・・・きら・・・・・・」
少女の遺言も、笠井の耳には届かなかった。





重なって臥す一組の男女
すべての出来事は終わりを告げた。















「ゲーム終了。男子10番と女子3番の相打ちにより優勝者はなし」















天国へ、さぁ行こう?





2003年3月14日