「おはよう、ちゃん! 何聞いてんの?」
「あ、おはよ藤代君。これは昨日買ったCD。洋楽なんだけどね、好きな歌手なんだ」
「洋楽かぁ・・・。俺、全然聞いたことないかも」
「そうなの? 良かったら貸そうか? 英語の意味が判らなくても歌なら楽しめるだろうし」
「・・・・・・いいの? でもちゃん買ったばかりじゃん」
「いいよ、私は昨日のうちにMDにも落としたし。じゃあこれ、ハイ」
「―――――ありがと、ちゃん」






Bloody Marionette





「・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・」
この三日で薄汚れてしまったシャツに赤い花が咲く。
丁度、三つ。



大きな音を立てながら藤代の体が沈んだ。
笠井の位置から、ガラス戸が見えた。
自分と同じ濃緑のブレザー。



割れた隙間から覗いた目がやけにハッキリと見えた。



そして覗く銃口。



パララララララララララララ
藤代と笠井たちを離すかのように、マシンガンが火を噴いた。
不破や椎名、郭に真田、そして笠井も思わず近くの机や椅子を盾に身を伏せて。
のぞいていた銃口が消える。
沈黙の後、扉がほんの少しだけ開いた。



「・・・・・・・・・・・・・・・ちゃん・・・」



藤代が血の溢れる唇を震わせる。
少女は、そこに立っていた。



細い指が大きく扉を開ける。
踏み出した足、靴下は半分以上赤黒く染まっていた。
スカートも、ブレザーも、シャツも、みんな染まっていて。
指定のリボンは見当たらなかった。
肩からは不釣り合いな大きな銃を提げていた。
スカートには小さな銃が挟んであった。
デイバッグからは身の丈の半分ほどはありそうな日本刀がのぞいていた。



真っ黒な髪。
真っ白な肌。
真っ赤な唇。



汚れた服。
固まった血。
表情のない顔。



少女は、一歩踏み出した。



大きな銃はいまだトリガーに指がかけられたままで、いつでも周囲を攻撃できそうだった。
実際に、そうするつもりなのだろう。
少女は藤代以外の面々に銃を向け、教室へと足を踏み入れる。
足音も立てずに、静かに倒れている藤代へと近づいて。
血の染み込んだスカートを翻して、膝をついた。



「ごめんね、藤代君」
少女は、声だけで済まなそうに謝った。
表情は変わらない。
「一息で殺してあげられなくて、ごめんね」
少女の言葉に、藤代は笑った。
その口から溢れた血を、少女が拭う。
「・・・・・・・・・ごめん」
藤代は、もう一度笑った。
「いー・・・よ。ちゃんと、話、できるし」
「話?」
「ぅん・・・・・・俺、このまぇ借り、た、CD。・・・鞄の中」
「わざわざ持ってきてくれたの?」
「・・・・・・・・・ん・・・」
「ありがとう、藤代君」
少女は、声だけで笑った。
藤代は、血を垂らして笑った。
「・・・すご・・・よか・・・った」
「本当? じゃあ今度アルバムも貸してあげる。私のすごく好きなやつ」
「・・・・・・ありがと・・・」
二人は、笑った。



右手の指はトリガーにかけられたまま。
左手の指は藤代の血を拭っている。
「痛い?」
「・・・・・・そ、でもな・・・。感覚とか・・・・・・なぃ・・・っぽ・・・ぃ」
「そう。良かった」
穏やかな声音の少女に、藤代はだんだんと霞んでいく目を細めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・ちゃん・・・」
「なぁに?」
「・・・ぉれと・・・・・・・・・つきあわ・・・・・・な・・・?」
やっぱり、藤代は笑った。
もう、笑顔も見えないけれど。



「・・・・・・・・・すき・・・ぃ・・・・・・だ、よ・・・・・・・・・」



ずっとずっとずっと。



「・・・す・・・き、だ・・・・・・・・・た・・・ょ」



―――――――――――ずっと。





泣きそうな顔で笑った少女に、目を見張った。





「・・・・・・・・・そうだったんだ」
「・・・・・・ん・・・」
「ごめんね、気づけなくて」
「・・・・・・・・ぅうん・・・」
「ありがとう」
「・・・・・・・・・ん・・・」
「嬉しいよ、本当に」
「・・・・・・・・・」
「でも無理かもしれない。だって藤代君は天国で、私は地獄に行くから」
「・・・・・・じゃ・・・ぉれも・・・・・・じご・・・・・・」
「一緒に行ってくれるの?」
「・・・・・・・・・」
「ありがとう。じゃあ待っててね」
「・・・・・・・・・ん・・・・・・」
「ありがとう、藤代君。本当にありがとう」



二人は、笑った。



「またね」



――――――――――銃声が一発響いて。





藤代の死に顔はとてもとても満ち足りたものだった。





・・・・・・・・・そっと、少女の左手が動く。
見えずとも開いたままだった瞼を、優しい仕草で下ろした。
頬をなぞり、血に染まった唇をなでて。
とても綺麗に、少女は笑った。



自分が殺した死体を愛でて、少女は無表情に微笑んだ。





2003年3月11日